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母と娘のふたり旅。(茨城県笠間市)


母との旅は、いつも母の思いつきからはじまると言っても過言じゃない。
ある日「今度の休みに笠間に行かない?」と誘われた。
聞けば笠間では「菊まつり」なるものが開催されているらしい。

菊かぁ……
心のなかで独りごちる。

菊は身近な花だけど、いつも自分とは縁遠いもののように思っていた。
けれど去年、父が亡くなって、菊に触れる機会が多くなったし、父の友人が手紙に書いてくれた漱石の菊の句が思いのほか心にしみて、次第に菊の花を好きになっていた。

「じゃあ、いこっか」と返事をして、あれよあれよと行く場所が決まる。
調べてみると、笠間には稲荷神社の他、美術館や民俗資料館、陶芸、城跡と見どころが多い。
でも車を運転できない私たちはあちこち回ることができないので、今回は「モンブラン」「稲荷神社」「日動美術館」「道の駅かさま」に目的地をしぼって行くことにした。


当日はAM10:30頃、笠間駅に到着した。
頭のなかで勝手に笠間は大きな駅だと思いこんでいたので……ホームから見える景色が一面野原だったときはびっくりしたけれど、行く方向が反対側だったのでひとまずホッとする。

まずは……駅前の洋菓子屋さん「グリュイエール」に入り、笠間の栗を堪能することにした。

店内にはすでに人がいて、ケーキをテイクアウトしていく人と、カフェの順番待ちをしている人が混在している。
私たちは30分ほど待って、目当てのモンブランにありつけた。


濃厚な栗と、中はかためのクリーム。
土台はサクサクのパイ生地……とても美味しかった。


温かいお茶とモンブランで小腹を満たした私たちは、大満足で稲荷神社に向かう。笠間駅からはバスも出ているようだけど、本数は少ないし、距離にして1.5kmほどみたいなのでのんびり歩くことにした。

私は家を見るのが好きなので、知らない街を歩くだけで結構たのしい。
母は自称「どこにでも住める人」なので、あたりを見渡して、どんなお店や施設があるかをしっかりチェックしていた。

30分かからないくらいで門前通りに到着。
通りにはお店があり、たくさんの観光客がいて、活気がある。
私たちはモンブランを食べたばかりだけど、これから稲荷神社と日動美術館を続けてまわりたかったので、おそば屋さんの「松尾屋」に入った。

外観も雰囲気があっていいなーと思ったけれど、店内はしっかりと年期がはいっていて、渋くて、もっと良い。
さらにお茶をもってきてくださったお店の方が、母よりも年上の女性で、お盆を揺らしてお茶を少しこぼしながら運んでくる。
女性が無事にお茶を運ぶ様子を、思わず母と息をのんで見守ってしまう。
ゆっくりと、丁寧に、テーブルにお茶を置いてくれる動作がたまらなく良くって、一気に心をつかまれてしまった。


こういうお店が好き。
湯飲みも、かわいい。


メニューの中でも「いなりそば」というが大きく書いてあって、名物みたいだったけど、まだ胃の中にモンブランが残っているので、さらっといただけるざるそばを注文した。

海苔のいい香りが食欲をそそる。
少し太めでつるつるした喉ごしの、美味しいお蕎麦だった。


ざるそばを食べて、その後もちょこちょこ寄り道をしながら、やっと稲荷神社へ。境内のあちこちに菊の花があって、豊かな菊の香りがした。手水舎にはお花が浮いていて、とてもかわいい……のだが、その手水舎自体がすごい木彫りで思わず凝視してしまう。柱にまで……彫りが施してあって、頭上には干支の彫り物がある。興奮しながら、母と干支を探した。


手水舎。
灯がついたときも、きっと綺麗なんだろうな……と想像する。


拝殿は太く立派な材木に鮮やかな朱塗りがとても美しかった。
(写真は人が多く写ってしまったので割愛。)
なんだか……受けた印象としては、すごく暖かい感じがする。
稲荷神社って、場所によってはどこか冷たい雰囲気があったりするけれど、ここはそういう感じが全然なくて、あったかい。
まるで人がくることを、ものすごく歓迎しているみたいだった。


境内に飾られたたくさんのお花たち


拝殿側から楼門。
ここも菊の花で飾られている。


小さな傘がいっぱい。

居心地がよくて、おみくじをひいたり、散策したりで……
ゆっくりしすぎてしまった。

そろそろ美術館も行かなくちゃ、と少し慌てて神社をあとにするも、結局行き着くまでに気になるお店がちらほらあって、しっかり寄り道をしてしまう……。
時間さえも思い通りにならないのが旅の醍醐味だといえば、聞こえが良すぎるだろうか。

休憩所にもなっている笠間歴史交流館。
色とりどりの菊が美しい。
館内は無料で、笠間城に関しての資料などが展示してあった。


なにはともあれ……ついに日動美術館へ。
道の駅かさまに行く周遊バスの時間まで、あと一時間ほどしかない。
母は「ちゃちゃっと見れば平気よ」と言うけれど、企画展をする建物と、フランス館と日本館と、建物が3棟あって、どう考えても無理だろうなーと思う。

でも、せっかく来たので、帰りは遅くなってしまうけど次のバスに乗ることにして、ゆっくり美術館を見ることにした。


日動美術館施設内。
野外彫刻庭園の銀杏が、見事に色づいていた。


館内の企画展では、藤田嗣治展を行っていた。
実際に藤田さんの絵を見るのは、たぶん初めてだったと思う。

その中で印象に残っているのは、藤田さんの5人の妻にも焦点を当てて、藤田さんの変わりゆく結婚生活と、その時に描いていた絵を紹介していたものだ。
藤田さんの絵は、人を描いていても生身の人の肌というよりは、彫刻の肌のように温度が感じられないと思った。触れたらひやりとしそうで、暗くて、儚くて、独特な風合い。

ちょっと怖いとさえ感じた。

それすらも、この人にしか描けないものなんだろうな……。


建物の通路や、窓から見える景色さえ絵画みたいだ。


一度、屋外へ出て、彫刻と紅葉を眺めてからフランス館、日本館を見学する。その中で夢中になって見たのは、日本館にある「パレットコレクション」だ。
実際に使用された絵の具のついたままのパレットたちが、ずらーっと綺麗に展示されている。もちろん画家の名前も記載されているのだが、私が勉強不足のためにほとんど知らない画家さんだった。

けど、見ていてめちゃめちゃおもしろい。
パレットは大きさも人によって全然違うし、残っている絵の具の色も違う。
部屋の壁にパレットが飾られている光景は圧巻で、来て良かったと思った。


左がフランス館、右が日本館。

さすがに歩き疲れたので……
美術館内の喫茶店に入って、軽食を頼んで休憩する。
次のバスの時刻を確認しながら、停車駅を見ていると、次にくるバスが道の駅かさまに寄る最終バスだということに気がついた。

つまり、次のバスで道の駅には行けるけど、帰りはバスがないってことだ。

え、自力で帰る……?
最寄り駅まで歩き……?
むりむり。

栗菓子とか、お酒とかあれもこれも……!!
道の駅で買い物しようとウキウキしていた計画が完全に崩れていった。

絶望する私に、母はタクシーを利用することを提案してくれたが、ここまでタクシーを一台も見かけていない。
タクシーをあてにしてつかまらなかったら最悪だし、そこまでの金額をかけてするほどのことじゃあ……ない、よ。たぶん。

と、自分を納得させて、今回は諦めた。

笠間ではまだ陶芸美術館も行っていないし、きっと、またいつか来ることになるだろう。だから、その時に行けばいい。

というわけで、今回はおとなしく帰ることにした。
笠間駅に向かう途中、八百屋さんで大きな生栗を買い、菓子屋さんで気になった栗菓子を大量に買いこんで……なんとか気持ちも落ち着いた。

結局、一度もバスを使わなかったのですごく疲れたが……
翌日は買ってきた栗を母とふたりで黙々とむいて、作った栗ごはんが最高だったことは言うまでもない。


おわり。

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