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鼻先で笑う筆先

新しい季節はいつも、匂いからやってくる。
玄関を出ると、昨日はなかった空気に満ちていて。
雨上がりみたいにムッとした草の匂い。
誰かが去ったあとの日焼け止めの残り香。
早起きした夏休み、足を踏み出した朝の香り。

信号待ちで肌が焼けていくのを感じていると、何かが腕に留まった。
とっさに振り払ったそれは、ぽいとアスファルトに放り出されたフタホシテントウだった。
ざらついたコンクリートの上を、ちいさな赤と黒のエナメルがのろのろと移動していく。

モンシロチョウはやけに低空飛行。
道脇の雑草に留まっては、ふらふらと行ったり来たりを繰り返す。
およそ蜜などなさそうな草ばかり。
急な夏の訪れに戸惑うのは人だけでは無いのかもしれない。

久しぶりに、筆を動かす。
思い立って、いつもは使わない、太めの筆を出してみる。
細い線を描くためには、細い筆を使う。
そういうものだと思っていた。
ところが、いたずらに運んだ太筆の先からは思わぬ細やかな線が延びる。
君には無理だろう、そう思っていたのに。
いつだったか、一時だけ教えを乞うた人に言われたような気がする。
やりようだ、と。
何を使うかではなく、どう使うか。

季節はいつも順番通り。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。
持ち替えるべきなのは、心持ちということか。


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