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「料理と利他」を読んで「名前のない仕事」について思った

私は小説を書いているけれど、作品にこめるメッセージは「私という個人が発するものだけれど、どこか普遍に通じていなければならない」と思っているふしがある。

1冊目の本が書店に並んだときも「自分で書いたはずなのに、何か大きなものに『書かされた』ような気がしないでもない」と感じた。という言い方はちょっとおおげさだけれど、宗教用語には「お筆先」という言葉があるらしい。

まあ、言ってみれば「神がかり」として言葉をつづるということらしいが、そこまで宗教に詳しくない私でも「お筆先」の言わんとする意味はなんとなく体感できる。

「このシーンのこのモノローグ、どうやって自分のなかから出てきたのだろう」とあとから考えて首をひねったりするが、作者の計算以上のなにかが「物語の執筆」において働くとき、その作品がぴしっと締まったりすることはままある。

料理研究家の土井善晴さんと、政治学者の中島岳志さんの対談本「料理と利他」を先日たいへん面白く読んだのだけれど、そのなかでこのようなくだりが出てきて、とても納得した。

土井さんはプロの料理人を目指しているときに「家庭料理の料理学校を継ぎなさい」と道を示され反発していたが、そのときたまたま京都で民藝について大きな功績を遺した人物、河井寛次郎の記念館に行ったのをきっかけにはっきりした気づきがあったそうだ。

その気づきとは、民藝というのは日常で使われるものだけれども、それらの使用に収れんされるような日々の暮らしを真面目にこつこつ営んでいくなかで、おのずから「美しいもの(くらし)」が生まれてくるのだと。

美しいものを追い求めることは、プロの料理人になることだけが道ではなかった。むしろ自分がいちど下に見ていた家庭料理を研究していくことでも美は追えるのだ、という気づきだったと土井さんは語る。

土井さんのこのような話題に、中島さんはこのように補足する。

河井寛次郎らがなぜ民藝に価値を見出したのかといえば、芸術家というのは美しいものを作ろうというある意味作為的な行動によって、制作をすると。しかし民藝のように、使われることを目的として大量生産されているものは、美を追い求めるというはからいというよりは、庶民が実直に仕事をして作り出すものだと。しかし、そこにあとから美がやってくるのだと。

中島【――とするならば、あとから美がやってくると先生がおっしゃられたように、なにか美しいものを自分の名前でつくろうといった作者性よりも、自分の無名性というんですかね、そういう中で淡々と仕事をしてできたもののなかに、阿弥陀の本願という阿弥陀仏の力がやってきて、他力というものが現れる。だから民藝というもののなかに本当の美しさが現れるんだというのが、彼らの共通した観念だったと思うんですね】(本文より)

また、このようなくだりも心に残った。

中島【(土井さんが)味噌づくりのマイスターの雲田賽さんについてこうおっしゃっていて。「『良き酒、良き味噌は人間が作るものではない、俺が作ったなどと思い上がる心は強く戒めなければならない』と口癖のように言う実直な人柄」だったと】

土井【だから、自分というものをなくすというところに日本の文化があって】(本文より)

仕事というのはなんにしろ、自分の作為以上のなにかがときとして働き、そのことを知り、自然に沿って、また自分の力だけでできたのではないという謙虚さを持って作られたものは、おしなべていいものであるのかもしれないなと感じた。

もちろん「文責」という言葉があるように、本や小説作品は、書いた側に一切の責任があると思っていいジャンルだ。

だが、その「執筆仕事」のなかには、時代の息吹のようなものや、私個人の生きてきたなかでの「こころざし」のようなものを忍ばせなければならない。

それは、もしかしたらこつこつ書くことを続けるなかで、作品におのずと宿るものなのかもしれないと思った。

私は最近、紙飛行機を折り空に飛ばすような気持ちで祈っている。

「私の書くものが、どうかただしいメッセージをこめられていますように」

という祈りだ。ただしい、という言葉を使うと語弊があるが、これは社会的正しさなどではない。自分の心が「ただしい」と信じた価値観を、物語に載せて発表できますように、という意味だ。

そのただしさが、どこか普遍に通じたらいいとも願うが、それはだいそれた思いすぎるかもしれない。それよりは、誰かが持つ誰かのただしさと共鳴して、その人の心を揺らせたらと思う。

無名の仕事――その人の「銘」が刻まれない仕事はこの世に数多くあって、むしろそっちのほうが大半で、でもそこに宿っているのは誰かがこめた想いだ。

私の本や、作品にこめた言葉も「あれ、誰が言ったメッセージだっただろうね?」と忘れられるぐらいがいい。作者の名前が残らなくても、本にこめた祈りが、どこかの誰かに通じていたらいい。

「料理と利他」ミシマ社 おすすめします。






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