NightOwl+上田聡子「春花秋月」制作秘話インタビュー
2022年のホワイトデー、作家「上田聡子」とアコースティックユニット「NightOwl」のコラボ作品『春花秋月(しゅんかしゅうげつ)』がリリースされた。
四季になぞらえた4つの掌編をまとめたブックレット、そしてそれに呼応する楽曲と小説の朗読が収録された2枚組CDのセットという構成だ。
小説からのインスパイアで作られた曲、そして曲から着想を得て書かれた小説をそれぞれ2作含む、作家と音楽家たちのマリアージュともいえる『春花秋月』。
小説と楽曲をリンクさせる企画が流行の兆しを見せているが、本作では上記のように「朗読」を含むのが大きな特徴となっている。
これはNightOwlの作詞とボーカルを担当する川瀬ゆう子氏が、かねてより上田作品をライブで朗読していることに因んでいる。
まだデビュー前だった上田氏の作品に惚れ込み、俳優でもある川瀬氏が朗読を希望してラブコールを送ったのがきっかけというのはファンの間では有名なエピソードだ。
この『春花秋月』ではそんな作家とアーティストの出会いが、ひとつの作品群として実を結んだものといえるだろう。
今回のリリースに伴い上田聡子氏、川瀬ゆう子氏、そしてNightOwlの作曲を担うギタリスト・吉田健太氏の御三方にお話を伺った。
春・夏・秋・冬の各パートごとに掌編の所感を述べ、小説や楽曲の制作秘話、そして歌唱・朗読の際の裏話などを以下にご紹介したい。
(※各氏の呼称は以下、「聡子」「ゆう子」「健太」。敬称略)
――「春」のテーマである小説『桜湯』。年の離れた二人の女性の交流を軸に、「澪先生」が過去のお見合いにまつわる桜湯についての思い出を語るという静謐な掌編ですね。
恋になる予感をはらみながらも実ることのなかった一瞬の邂逅を、見合いの席で供された桜湯に絡めて描写した物語は本当に美しかったです。
聡子「『春花秋月』で最初にできたのがこの小説でした。で、これをゆう子さんに読んでもらった時に、“春夏秋冬になぞらえた作品にしませんか?”って提案したんです」
ゆう子「もともとは文字数の目安だけでテーマを決めずに、お互い4作ずつ自由に作ろうって。でも四季を題材にっていう聡子さんの提案に大賛成で」
――これは先に小説が完成して、そこからイマジネーションを受けて作曲されたのですね。原作の持つ、少しひんやりとした空気感が醸し出されているように感じました。
健太「はい、聡子さんの作品を読んで自然にフレーズが浮かんできました。春らしいやわらかな曲になって、たとえばリップクリームのCMなんかのテーマにもなりそうです(笑)」
――朗読では年齢差のある二人の女性の演じ分けが印象的でした。澪先生の大人の女性としてのゆとりや知性、人生経験の奥行きまでも感じさせますね。歌詞についても、追憶の中にいる誰かの幸せを祈るという視点が胸に迫りました。
ゆう子「心の奥にしまいこんでいる人に“あの人は元気かな。幸せに暮らしているかな”と思いを馳せる歌ですね。普段は取り出しもしない思い出が、春になって少し溶けて滲んでくるという……」
――なるほど。この『桜湯』と『はるごころ』は、『春花秋月』の方向性を決める作品になったといえそうですね。
――「夏」を表わす小説『海を泳ぐヒトデ』。キルト作家として成功した旧友を、取材記者として10年ぶりに訪ねるという構図がドラマティックな作品ですね。中学時代には目立たなかった比南子がひそかに強く明確な夢を持ち続けていたことに対して、主人公の恵理が抱いた焦りや嫉妬。
友人の夢を素直に応援できなかった自分自身を嫌悪し続けた恵理が、再会した比南子にようやく心から祝福を送れるという、カタルシスあふれる作品でした。
健太「これは曲が先のパターンですね。春花秋月のコンセプトができる前に作ったのですが、うまいこと“夏”のイメージにはまってくれました」
聡子「おわりよければすべてよし(笑)」
――NightOwlのジャジーな曲の中でも、軽妙洒脱なチャールストンを思わせるナンバーですが、ここから小説『海を泳ぐヒトデ』の作風が生まれたことには意外性を感じられたとか。
ゆう子「“おっ、こう来たか!”と思いました(笑)でもよくよく読み込むと、おとぎばなし調に仮託して描いたというメッセージをしっかり汲んでいただいて」
健太「芯の部分を的確に読み解いてくれましたよね」
――実は聡子さんから、この曲がどのように作られたのかを知りたいというリクエストがありました。
健太「僕には珍しく、ふいにサビから浮かんだ曲だったんです。これを膨らませてAメロ、Bメロと作っていった時に、よりサビを際立たせるために直前で転調するという作業を加えました。そのキーの変化によって、“風景”が変わったと感じています。音が飛ぶので歌う方はめちゃくちゃ難しいのですが、ゆう子さんが頑張ってくれています」
ゆう子「私のキーだと転調であんまり上げるとサビが高くなりすぎちゃうので、あの音に抑えるという冷静さが必要でした。結構な勢いで連続していく曲なので、歌詞とメロディに慣れないと歌えない、ということに苦しみました(笑)」
健太「レコーディングとライブで、歌い方を分けた方がいい曲ともいえますね」
ゆう子「おとぎばなし調ですが歌詞の内容はファンタジーではなくって、“まわりと違うから、だから何?”という言葉をあてました。“♪~So What~!?”って歌うのすっごい気持ちいいんです(笑)」
――朗読では恵理と比南子の二人を少女時代と10年後、そして再会後の各ステージで見事に演じ分けられ、圧倒されました。これを聞かれたたくさんの方にも、きっと伝わったかと思います。
一方でFamily Mouse(Ba.大島孝夫・Ds.小川幸夫[GAAA]・Key.大久保治信・Sax.Juny-a)の皆さんの演奏もすばらしく、呼吸もニュアンスもぴったりでしたね。
健太「本来、春花秋月はアコースティックでやるつもりでした。でもライブでバンドに入ってもらったら思いのほか色んなアイディアを出してくれて。これはバンドでやらねばと」
ゆう子「演奏がね、ほんっとにかっこいいんです。ギターはもちろん、ベースもドラムもピアノもサックスもみんなよくって」
健太「ベースラインかっこいい曲だよね」
ゆう子「そう、特に私ベース好きで……。あっ、これ書かなくていいですよ(笑)」
――歌いこなすまでの苦労がありつつ、“夏”のテーマにふさわしいエネルギー溢れる一曲となったのですね。
――「秋」の小説のテーマは“別離”。恋愛へと発展させることを選ばなかった男女の、友情から別れまでを描いた切ない作品です。
学生時代からの親友だった男女が社会人となってからもビジネスパートナーとして過ごすものの、結ばれることなくその関係も解消していくお話で、友達以上・恋人未満のもどかしさが巧みに描写されています。
健太「これも曲が先のパターンでしたが、メロディーラインがわーっと出てきて、慌てて録音の準備をしました。でもタイトル決めではゆう子さんと結構やりとりしてね。最初は“乾いた手”なんてどうかって」
ゆう子「それはイヤだってね(笑)」
健太「じゃあ、“あれやこれや”にしようって」
ゆう子「それもヤだって(笑)」
――でも最終的に決まった『フォトグラフ』というタイトルは“エモい”ですよね(笑)
ゆう子「歌詞はもともと写真そのものを意図していたわけではないんですが、このタイトルによって思い出の情景が“写真”ともリンクしましたね」
聡子「“夏”ではアプローチをひねりましたが、これはほぼ曲の通りに小説を書いた、という感じです。で、わたしの中ではゆう子さんの朗読で“うるせえ、田村に、俺の気持ちがわかるかよ”っていう柳瀬のセリフがMVPでした(笑)」
――振り絞るような柳瀬の叫びは、すごい迫力で心に響きましたね。レコ発ライブでJuny-aさんに代わってサックスを担当された、山崎ユリエさんも隣で“怖かった”とおっしゃったとか。
ゆう子「朗読だと、ナレーションである地の文での冷静さとのバランスが必要なので、柳瀬のセリフはもし舞台だったらまた違ったニュアンスになります。それはもう一人のキャラである田村にしても同じで、この小説はお芝居にしても面白いと思います」
聡子「わたし、ゆう子さんの男性ボイスの大ファンで……(笑)春・夏とも女性視点の語りだったので、秋の小説の柳瀬でぴりっと締めてもらいました。『フォトグラフ』を元に小説を書くとき、恋人同士のお話と設定することもできましたが敢えて外して、そうではない男女としてみました」
ゆう子「普段はあまり直接的な恋愛を歌詞に書かないんですが、曲のイメージから今回はストレートに恋人同士の別れを想定したんです。でも聡子さんの小説はそれを巧みに捻ってきたので、すげえ、さすが!って思いましたよ」
聡子「“間違えずに 微笑んだままそっと手を離そう”っていう歌詞の“間違えずに”の入れ方がすごくいいです!」
ゆう子「うれしい(笑)」
――「冬」の小説は上田作品の真骨頂ともいえる「食べ物」「食卓」を描いた温かな掌編。
帰省の折、体調を崩していた一人暮らしの母に手料理を振る舞う青年。それは恋人から習ったレシピで、その一皿をきっかけに結婚を考えていることを自然に打ち明けます。やがてくる暖かな季節と幸せな予感に満ちたラストに、心が満たされました。
健太「実は小説をもらった時、どうアプローチしようか悩みましてね。そこで、自分自身を主人公に重ねてみたんです。田舎に置いてきた母親に恋人を紹介する……これを想像すると、温かくポジティブなリズムが出てきました。最初はもっとミディアムスローなど、冷たいニュアンスを入れるべきかとも思いましたが、自身に当てはめて考えるとこの曲になりました」
聡子「“秋”がしっとりした曲調でしたので、“家族のテーブル”の元気なリズムはとてもバランスがいいですよね」
ゆう子「締めの曲、って感じもしますしね!」
健太「これに歌詞をつけてもらって、僕の中では“煮物の歌”になりまして」
ゆう子「それは私のせいでしょー!(笑)※」
(※レコ発ライブで間違えて1番も2番も「煮物の味が僕は大好きで」と歌ってしまった)
――「冬」のイメージに対して、今度は楽曲が作家のイマジネーションを上回ってきた感じですね。
ゆう子「私も最初は小説の内容から、もう少ししっとりした雰囲気をイメージしていました。ところがこうした明るい曲調の音源があがってきたので、このテーマの歌詞にはもっとも悩みましたね。でも途中で“あっ、プロポーズか!”と思い至って。そっちの方向の未来性を見定めてからは楽になりました。最後、レコーディングの時に今の感じになったんだっけ?」
健太「そうだね」
ゆう子「楽器の人たちが、“これクラシックなロックじゃね?”って言いだして。すごいかっこよくなって」
聡子「ゆう子さんが“♪~シュビドゥワ”って言って(笑)」
ゆう子「私も初めて“シュビドゥワ”言ったよ!(笑)普段は私がコーラス作るんですけど、この曲では健太さんに是非にってお願いして。そしたらシュビドゥワって」
健太「令和にシュビドゥワ(笑)」
聡子「シュビドゥワかわいい(笑)」
ゆう子「ライブでもやって。シュビドゥワが育ちましたな」
聡子「小説は春も秋も別れの物語だったので、冬はちょっとハッピーエンドにしました」
健太「ほっこりしたよね」
ゆう子「うん、いいおわり!」
――これから来る明るい未来への予感に満ちた、あたたかな読後感でページを閉じられる作品でしたね。
楽曲にも心が和んで元気になる力があり、朗読もまた異なる男声・女声パートで魅せてくれました。個人的には美苗の“少し眠たいようなやわらかな声”の再現度がツボでした(笑)
――もっとずっとお話を伺っていたいのですが、これで最後の質問です。
『春花秋月』がリリースされたばかりですが、ファンとしてはさっそく「この次は??」と期待してしまうのではないでしょうか。
続く第2弾のプロジェクトは、いかがでしょう?
聡子「はい!」
健太「第2弾!」
ゆう子「進行中です!」
どうやらこれからも、上田聡子とNightOwlのマリアージュに立ち会うことができそうだ。
今回取り上げた、巡る季節になぞらえた『春花秋月』という小さな宝箱のような作品。
紙の本、曲、朗読、このすべてをぜひ五感で堪能してほしい。そして四季のサイクルが示すように、何度も繰り返し味わってみてほしいと願う。
インタビュアーであることはすっかり忘れて、私も上田聡子とNightOwlのいちファンとして、今後の活躍が楽しみで楽しみで仕方がないのだ。
帯刀コロク・記
――以上、帯刀コロク氏によるインタビューをお送りしました。
本投稿を機に、NightOwl+上田聡子「春花秋月」にご興味をお持ち下さったら、嬉しいです!
「春花秋月」は、朗読と楽曲による二枚組CDと、歌詞と小説によるブックレットでできています。セットでもお買い求めいただけますし、CDのみ、ブックレットのみの販売も承っております。
春花秋月の発売告知note(簡単な小説のあらすじが載っています)↓
音楽と、小説と、朗読。
NightOwlさんとインスパイアし合って制作したこの4つずつの作品は、私にとって心から宝物といえるものとなりました。
春の小説に出てくるひとを思い浮かべながら、春の曲を聴き。
夏の小説のドラマが、夏の曲を惹きたてて。
秋の小説の二人の幸せを祈りながら、秋の歌を口ずさみ。
冬の小説の温もりを感じながら、冬の歌を味わう。
物語に出てくる彼ら・彼女らをまぶたに描きながら、それぞれの曲を聴くという、とても得難い体験ができたように思います。
楽曲、すごくいいです。朗読、心に残ります。小説、がんばりました。
だから、多くの方に本作品を手に取ってほしいです。
どうぞよろしくお願いいたします。