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東と西のおばあちゃん

昔から、齢を重ねることへの恐れはあまりなかった。なぜなら、物書きの世界というのは年配の書き手で、ものすごい方がじゃんじゃんいらっしゃるからだ。私も三十を数え、漫然と齢をとるだけではそういうかつて憧れた人たちに、到底届きはしないこともわかってきたけれども、それでも自分自身、ハタチやそこらのときよりは、ずっと生きやすくなっているし、確かに積み上げてきた、といえるものもそれなりにある。

そして私自身、小学生のときは両親が共働きだったため、母方の両親の家と父方の両親の家に交互に帰宅していたこともあり、非常におじいちゃんおばあちゃん子として育った。

そのせいか、もの書きの世界でも、素敵な年配の方にはつい惹きつけられてしまう。齢をとった人というのは、太い年輪の大樹のごとく、ご自身のされてきた生き方が、実りに実っている時期だ。いつか朽ちる日を迎えても、落とした実がさらに新しい若芽を生むのだ。

そんな年配の書き手さんの中でも、日本と西洋――東と西に、私の憧れのおばあちゃんたちがいる。残念ながらお二人ともお亡くなりになってしまったが、今日はそのお二人について書いていきたい。

東のおばあちゃんは、佐藤初女さん(1921-2016)という。1992年より青森で「森のイスキア」という悩みや苦しみを抱えた人を受け入れる癒しの場を主宰し、手作りのおむすびをはじめとした自然に沿った食事を提供することで、人々の痛みに寄り添った。カトリックの信者だったそうだ。

初女さんの活動は龍村仁監督の「地球交響曲第二番」によって、広く世に知られることになった。それから、晩年まで、講演会を各地で続け、イスキアにも多くの方を受け入れていたらしい。

そのほかにも、田口ランディさんのエッセイや、NHKの番組などで、初女さんに出会うたび「ああ、なんてすっきりとしたたたずまいで、日々のことをきちんとされているのだろう」と感じた。薄い紫に染めた髪、少し腰を曲げながらおむすびや白和えをつくる姿は、とても印象深いものだった。神様と通じる生き方のように思えた。

初女さんのおむすびは、とても特別らしかった。食べるとふわっとくずれて、お米の甘さが口に広がるらしい。特別なにぎりかたがあるそうだ。

私が食の大切さに興味を持ち出したのも、初女さんが大きなきっかけだった。晩年、アメリカ国際ソロプチミスト協会賞、ミキ女性大賞、国際ソロプチミスト女性ボランティア賞など多くの賞を受賞された方だ。

いつか青森まで行ってお会いしてみたいと思いながら、二の足を踏んでいるうちに亡くなられてしまったことはとても残念だ。でも、日々の中で、初女さんの本を読んで感じたことを、生かしていきたい。

西のおばあちゃんは、ターシャ・テューダーさん(1915-2008)だ。ご存知の方は、どのくらいいらっしゃるだろう。園芸がお好きな方はぴんときたに違いない。

ターシャさんは、絵本作家として若くから活躍したあと、絵本を売ったお金で50代半ばからアメリカのバーモント州に広大な土地を買い、18世紀風の農村の生活を意識した(今でいえば18世紀風コスプレである)自給自足の一人暮らしを始める。

家具職人の息子に18世紀風の家を手作りしてもらい、30年かけて素晴らしいお庭をつくった方だ。コーギー犬と一緒に暮らしたその家を「コーギー・コテージ」と呼び、果実でジャムをつくったり、身近な草花や動物をスケッチしたり、庭のテラスでお茶を愉しんだりしていたそうだ。小花模様のドレスにエプロンをつけてかいがいしく庭の手入れをする姿は、本当に物語の中から出てきたみたいだった。

その生きざまは、今年の4月に公開された映画「ターシャ・テューダー 静かな水の物語」にまとめられているらしい。この記事を書こうと思ってから、こんな映画があることを知ったので、ぜひ見たいと思う。

このお二人の活動を知ったことで、私の心に指針ができた。ちっぽけな私の人生だけど、きっと何かしら積み上げていくことで、自分のやりたい生き方を貫いていけるはずだ、と。初女さんにしても、ターシャさんにしても、人生の折り返し地点を過ぎてから、とても素晴らしい活動を始められた。

だから「ある年齢になってしまったからもうだめだ、何をやるにしても遅すぎる」などということはないのだと思う。藤井四段のような若き天才もいらっしゃるし、小林麻央さんのように惜しくも夭逝してしまわれる方ももちろんいらっしゃることはたしかだが、そのお二人にしても、日々を全力で生き切っている・いたことは確かだ。

だから、自分の好きなことに関した日々の精一杯を、とにかく地道にでも積んでいくことで、いつか咲かせられる花ってあるんじゃないか。そう思いながら、日々生きていきたい。

佐藤初女さんの著作リンク(アマゾン)

ターシャ・テューダーさんの著作リンク(アマゾン)

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