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春の星々(140字小説コンテスト第4期)応募作 part2

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「細」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

4月30日(火)までご応募受付中です!
(応募方法や賞品、過去の受賞作などは以下のリンクをご覧ください)

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

雑誌「星々」既刊ご購入▼


応募作(4月7日〜13日)

投稿日時が新しいものから表示されます。

4月13日

だんぞう @panda_bancho
散った桜の花びらが小さなつむじ風に巻き上げられているのをぼんやり眺めていた。どの花びらも地面に落ちなかったから。
くるくる、くるくる、くるくる。舞い続ける花びらを追いかけているうち狭い所に入り込んでいた。
慌てて後退る。眼前には5cmくらいの細い隙間。
僕の帽子が奥の方に挟まっていた。

ヤマサンブラック @zantetsusen
女の人の部屋に上がったのは、初めてだった。
「なにか飲む?」
訊いてきた先輩は、缶ビールを飲んでいた。
パソコンの設定はすぐ終わり、気がつけば未成年の僕もビールを飲んでいた。ただ苦いだけだったが、先輩の唇はとても甘い香りがした。
――今年の春、僕は先輩だった人の細い薬指に指輪をはめた。

泉ふく @fuku_izumi
ここから出たくない。貴方の暖かさを常に感じて居られるこの揺籠から。私が何もしなくても、無償の愛で包んでくれる。なのに、この気持ちとは裏腹に、私の身体は肥え、次第に窮屈になってきた。愛に手を伸ばすと、細く眩しい光が差した。
とても暖かかった。もうここには居られないのが身体に染みた。

つし(サイトからの投稿)
細々とした体を抱え、この廃れた街路地を曲がり行く。この世界も変わってしまった。ヤツが来てから。人々の顔は変わり、皆の肉身は醜くなり、幸せの光は視えなくなっていた。またあの光を照らせるように、この暗闇を閉ざせるように、僕が光となる。強靭な心と、か細い自我を携えて。

つし(サイトからの投稿)
か細い声で君を呼ぶ。かすかな瞳で君を見る。また会えたらいいのにな。安らかな眠りから目覚めた後に、もう目覚めることのない君の寝顔をいつまでも見つめていた。もう断ち切らなければいけない柵は僕を蝕み続けていた。また歩くまで、また踏み出せるまで、君の生き様に感謝する。

野田莉帆 @nodariho
天国の控室の扉を開けると、子どもたちと暮らした家のリビングがあった。フローリングの継ぎ目が微かに色を帯びている。継ぎ目をなぞるように、子どもたちが細いペンで線を引いてしまったのだ。懐かしい。子どもたちが帰ってこられる場所を作りたくて、何十年も前に家を建てた。ゆっくり待っているね。

夏原秋 @aki_veins
「帰宅部!」
フェンスに飛びつきながら俺に浴びせるいつもの冷やかし。男勝りで勝気な君に何か言い返したくて勢いよく振り向いた。目に入るのは、細い足首。華奢な腕。それから、悪戯な笑顔。眩しさに手をかざした。
「うるせー!」
苦し紛れに叫んでいた。近いのに遠い君。俺の気持ちは届かない。

だんぞう @panda_bancho
「本当に?」
友人に勧められた真っ赤で厚手の『絶対に痩せるマスク』。怪しい以前に目立ち過ぎて恥ずかしいから弟に着けさせたら、みるみる痩せた。
仕組みが知りたくて分解したら、二重の内側に赤い糸が十字に――その糸が解けて私の腕を這い上がり、口を十字に塞いだ。
途端に私の体が秒で細くなる。

山尾 登 @noboru_yamao
酔っての帰宅か。上がり框にひっかけたのだろう、踵を踏み潰した不細工なスニーカーが、玄関の土間に片方裏返しで散らかっている。それをキチンと揃えながら、今日もまた夫の神経の図太さに改めて愛想を尽かす。一日のパート疲れの心身に容赦なく被さる徒労感。ただいま!の言葉を喉の奥にねじ込んだ。

虹風 想蒔 @i_nw_ao_rbdmges
針に糸を通し、ワッペンを縫い付ける。縫うも縫われるも、縫い合わせる細い糸からすべては始まった。絡まったり、切れたり、結ばれたり。そうして広く、強く、温かくなり、彩り、支え、守るものが増えていく。一字違いだけど、私たちと同じだ。息子が駆け寄ってきた。「ぼく、このスモックだいすき。」

唯はまち(サイトからの投稿)
五日目。なかなか綺麗に撮れたんじゃないか、と嬉しそうに語る父は、最近近視で眼鏡を外しているから、僕はその評価を疑う。けれど、僕の手に持つ写真の中では、父の姿はくっきりとしていて、まるでずっと無くならないみたいだ。「ほら」目を細める父に唆されて。上を見上げれば、細雪が降りてくる。

だんぞう @panda_bancho
ある晩、二匹の猫を拾った。
白猫と黒猫。
同じ量のご飯をあげたが白猫は日毎細り、黒猫は太った。
やがて白猫は細くなり過ぎて消えたが、翌日には戻ってきて、その後は太り始めた。反対に黒猫は痩せた。
それから半月。すっかり元の大きさへと戻った二匹は突然空へと昇る。拾った晩と同じ半月めがけ。

4月12日

崎本ミナト @yUTsk19GVSZ6fpd
「明け方お迎えに参ります。」と男は言った。「どこへ?」「地獄です、とびっきりの。」「ここを出られるのならどこでも。」私が答えると、男は目を細め、にっこりと笑い、煙のように消えた。
ーー夢。そう、そんな都合の良い事なんてない。
冷たい床から立ちあがろうとした瞬間。扉の開く音がした。

二郎丸 大 @JiromaruHiroshi
ふと、左腕が細くなっていることに気づく。肩から手首にかけてゆるく捻りながら細くなっているようだ。散歩に出ると、左右の腕のバランスが悪くて転んだ。顔面を地面に打ちつけそうになって左手を突いたが、左手はずぶずぶと肩まで地面に沈み、何かと噛み合う感覚。何かが私の身体を掴んで扉を開けた。

阿部いろは(サイトからの投稿)
黄色い蝶々、緑の丘、お気に入りのイチゴ柄ワンピース、大きな岩に座るニコニコしたママとパパ。ポテチを持った私は青のレジャーシートに寝転がる母の元へ行き、ある春の思い出を語った。今年も春がきたね。桜の花が細かく砕かれ、ひらひら舞った。その一つが弟の頭にのると、母は楽しそうに笑う。

お化け猫(サイトからの投稿)
 私は絵でしか桜を綺麗だと思えなかった。実際の桜は色が薄い。
 そんな私も社会人になり社会の厳しさを知った。     
 夜勤で遅くなった帰り風が強く吹いた。そのとき桜の花びらが散った。花びらの細かい一つ一つが星に見えた。そして私を応援するもう一度風が吹いた。

藤和 @towa49666
クライアントから見積もり依頼書が届いて頭を抱えている。注文が細かすぎる。こんな見積もりをするのは初めてで、どうしたらいいのか戸惑う。公開していない料金表を見ながら見積書を埋めていく。なんとか見積書を作って提出すると、予算オーバーと言われて値切られた。黙ってブラックリストに入れた。

ももこ @momo_beni
「ふんころがしは天の川を道しるべに進んでいる」
そう聞いた時、ふんころがしの足あとは、天の川なんだ、歴史なんだって、そう思った。あの細い脚は、果てない宇宙への鍵。ふんころがしを追いかければ、私も、天の川を、歴史を、創れるのかな?
足あとが、星が、今日という日が……またたく夜。

春永睦月 @HarunagaMutsuki
絹の布が細く切り分けられた。布のかけらたちは自分が生まれた天空から落ちていく。ふわりと舞い落ち、ゆらゆらと光をまき散らしながら、下へ下へと下りていった。僕の肩に何かが落ちた。音もなく積もっていく白。手に取ると、白たちは光に混じり消えた。天幕が光になった夕暮れ、昼と夜のあわいに。

瑠璃 @account4101
金星の女神ヴィーナスは火星の神マルスの恋人だったが、土星の神サターンが銀河で星屑の水を浴びるその若い肢体を見て、彼を誘惑した。彼女の細い腰は艶かしくサターンは虜になった。深い嫉妬と憎悪を忘れる為にマルスは遠い星の戦地に赴いたが、敵の刃に倒れ最期までヴィーナスの名を呼んで息絶えた。

瑠璃 @account4101
一人の女神は華麗でしたが、もう一人は地味でした。華麗な女神は地味な女神が男神の為に織った服を盗み、自分が織ったと偽って彼に贈りました。男神は感激して華麗な女神と結婚しましたが地味な女神は二人に毒を飲ませて自害しました。細い月が東の空に昇る頃、三人の魂は春の大三角の星となりました。

双葉(サイトからの投稿)
今年も桜はあっという間に咲いて、あっという間に散り去った。細雪のように舞い落ちる桜を目にすると、私はとても心細くなる。まるで失恋をしたかのように何か大切なものを失った気になるのだ。道に落ちた桜の花弁がみんなに踏まれ茶色になっていく。私もきっとそんなふうに朽ちていくのかもしれない。

いなばなるみ(サイトからの投稿)
突然に死ぬ病気が流行った。たった1日の細胞分裂で髪の先から足の爪の先まで拡がる細菌にはトゥモローと名付けられた。気づく間もなく拡がる細菌に明日に怯え今日に安堵する日々。ところが数年後には明日死ぬかもしれないという怯えから解放してくれる病となった。致死性細菌が崇められた不思議なお話

ゆめとのぞみ @yume_to_deer
私の国では透明であればあるほど美しいとされる。純度云々よりか手入れの丹念さを見る。例えば薄暗い部屋に現れた細身の幽霊、その小指は驚く程差が出る。爪切りや磨きが雑であるとうっすら白く浮かび上がる。一方、クリイムでしっとりとさせている場合は格別に美しい。足背が繊月に煌きたつのだから。

4月11日

沢原海也(サイトからの投稿)
雨。風。太陽。雪。1年の中ではさまざまな自然現象が起こる。今日は雷がゴロゴロと鳴っている。ピカン。昨日は、ジリジリと強い日差しが照りつけていたのに。そんな変化を僕の細胞は今日も感じ取っているのだ。湿り気などの目に見えないものまで。

メイファマオ @molmol299
記憶にある母は、完璧だった。
細やかな心遣い、慈愛に満ちた笑顔、子供の気持ちに寄りそい正しい道へと導く賢母。
父はそんな母を何故か疎んじた。
真綿で首を絞められるような正しさだと。
幼い頃には父に反発し、母に味方していたけれど。
恋人が出来、夜叉になった母に初めて父の気持ちが判った。

アホ屋のアホマン @ahomaja
永らく閉じられたままの本。
印字されたインクたちは細々とした声で話し合っていた。
 人々がこの本を読めば。
元は争いの歴史を記していたインクたちは互いを読み解き、争いを止めて平和への導きを示す内容へと変化した。
 平和を望む誰かが手に取ってくれる事を願いながら、戦火で焼けてしまった。

崎本ミナト @yUTsk19GVSZ6fpd
母は隣の島を指した。「昔はあっちまで泳いで行ったんよ。」母は小柄で細身だ。いくら瀬戸内海とはいえ、本当だろうか?母は続けた。「お母さんね、小学校のときクラス1、足が速かったんよ。」…ではなぜ私は大柄で運動音痴なのか。一つの結論にたどり着いた。多分お父さんの遺伝だね、と私は笑った。

夏原秋 @aki_veins
出汁の濃い香りの中でうどんをすすっていた。俺たち付き合おうかと、向かいの彼が月並みな台詞をこぼしたのと同時に、手打ち麺の細いくびれが滑らかに喉を通った。私の中にストンと落ちる。いいよ。怯まない即答に彼は最初驚いたが、それから、顔が赤いねと笑った。踊る湯気が私の顔を熱くさせたんだ。

ゼロの紙 @zeronokamides
想いにふたをしないでねって言われたけど、ぼくはとある骨董屋さんで「想いのふた」を買ってみた。ふたを開けてみたら、さっきまであった誰かの想いが詰まっていた。意外とそれはきらきらとして、細やかに揺らいでいた。ひとりひとりの「心の欠片たち」は、いっそふたを閉めて欲しそうによじれていた。

藍葉詩依 @aihashii_mokyu
5センチほどの幅があるレンガの上を辿りながら、僕の世界も綱渡りみたいだなって思ったんだ。困ったことに、細くてもあるはずの線は全く見えないのだけど、落ちたら真っ暗闇にまっしぐら。それでも線からずれることがなければいつしか光が見えるかもしれない。
そう考えながら、僕は今日も道をゆく。

八木寅 @yagitola
包丁は持つのも嫌だった。必ず指を切るから。
私は料理から逃げた。何かになりたかった私には料理は必要ないもの。苦手を避け得意なものを伸ばせば何かになれる気がしていた。
けど、今は食材を細かく刻むことができる。前歯だけの口を開け笑う子が待っている。母になって一年、母になりたくなった。

かまどうま @nekozeyakinku
病んだ臓物の色をした地獄の空。そこから、針の山へむけてキラキラと輝く 細い糸が降りてきた。
「おらぁ知ってるぞ!あれは仏様の蜘蛛の糸だ!」
何人もの亡者が、先を争って山の頂上を目指すのを権蔵は冷めた目で見送った。
かつて、俺もだまされた。あれは素麺なのだ。

藤和 @towa49666
今にも消えそうな記憶をたどる。その記憶はあまりにも頼りなくて、その存在は絹糸よりも細く感じた。でも、この記憶をたどってどうしたいのだろう。ほんとうに思い出したいことなのだろうか。それもわからないまま、細い細い絹糸の記憶をたどる。まるで、命綱がないまま断崖絶壁を渡る綱渡りのようだ。

193(サイトからの投稿)
痩せ信仰を見直すため、ダイエット禁止との校則が加わり、いつでも学食が利用できるようになった。しかし、いくら食べても太れない体質な上にストレスで痩せ細った生徒が「理事がメタボだからって校則まで変えるなー!」と屋上からメガホンで叫んだため理事が学食費で私腹を肥やしていた事が発覚した。

夜明けごとに透明になる @yorugaowaru1218
母の手料理を、あと何回、食べられるだろう。
野菜を小気味よく、刻んでゆくまな板の音を、あと何回、聞けるだろう。薬缶をじっと立って見つめている姿を、あと何回、眺められるだろう。随分細くなった目を見るたび、目を伏せたくなるくらい、愛おしくて。愛おしくて。

イマイエイチ @imaieichi
彼女は白いチョークでアスファルトに線を引く。できるだけ真っ直ぐ長く。チョークが無くなっても白い指を削りながら線を引く。そのうち腕も削れる。彼女は私の目を見ながらどんどん小さくなった。遠くまで繋がる細く白いものが目の前に残っている。辿っておいでと声がする。彼女の姿はもう見えない。

Shomin Shinkai(サイトからの投稿)
あの人に言われたことは正しい。トントン。正しいけれど、嫌だ。トントン。言っていることは正解でも、人を嫌な気持ちにさせる言い方、態度。トントン。正しいから、その場は黙る。トントン。でも家に帰ってくると、このキャベツのように、包丁で細切れにしてやれたらどれだけいいかと、少し思う。

Shomin Shinkai(サイトからの投稿)
細川拓斗。こいつのノートは、細く細かい字でびっしりと文字が埋め尽くされている。余白が一切ない。まぁ繊細な子なんだと思っていたが、ある日、ノートの一番端に、一層細かい字で何かが書かれていることに気が付いた。〈先生がちゃんとノート点検しているかのテスト〉細川拓斗、根は図太いらしい。

Shomin Shinkai(サイトからの投稿)
細い見た目からは想像できない程に、貴方は肉厚だった。それは悪い意味ではなくて、私が貴方を表現するのに卑下する意味合いを持つ言葉を使う訳がなくて、ただ、なんと言うか、どうしてこんなことを言い出したのか自分でもよくわからないけれど、中にいると温もりがあった……それだけ。

通天閣盛男 @mori_cccccccccc
宇宙の膨張が急速に一方向へ伸び始めた。「最近細くなった?」「痩せたね」「病気かも……」そんな言葉が飛び交ったのは遥か昔。全てが線のように細くなり、互いの間隔も失われ、遂に宇宙が一本の線になったその時である。一休宗純が引いてきた線の末尾を右にはね、長いひらがなの「し」を書いたのは。

あきら @akirakekunote
キャベツをスライサーで細切りにしていたら、自分の親指も切った。傷口を押さえていると、実家の母を思い出す。絆創膏を貼ってくれた優しい手は今ここにない。1人で生きていける気がしていたのに、昨日までは生かされていたと気付く。
「大丈夫よ」引越の日に渡されたその言葉をお守りに、顔を上げた。

水涸 木犀 @055_yuno
私の祖母は細身だった。細雪が降る中、傘を差して二人で歩く。今にも消えてしまいそうな祖母は、目を細めて呟く。「神は細部に宿るからね。この雪の中にも、細面の繊細な神さまがいるかもしれない。決して、邪険にしてはいけないよ」祖母亡き今でも、私は神さまを探している。

陰時計 @mtg315dana
まず、細かく切り分ける。
それぞれの部位を、さらに細切りにする。
それらをさらに細かく刻む。

些細な汚れや跡も残らないよう、細かいところまで徹底的に掃除する。

その時間、自分が何をしていたか返答できるように、細かな設定を用意する。

細心の注意をはらう。

私への疑いの線を細くする為。

あきら @akirakekunote
海上に現れた身長100mの少女の、細く結われた三編みが揺れる。自衛隊のヘリや船に囲まれながら、彼女の掌の上でそれを見ている。「星を壊す前に、どれか1人持って帰って助けてやろうと思ってた。ごめん」涙声で彼女は言った。それはエゴだったと気がついた顔だった。いいよ。僕らもきっと同じだから。

日々 @hibino_sousaku
日が傾き始めた頃、私の墓前に彼が金平糖を撒いた。
それを注意しようとした人が享年に目を留め哀れみの声を洩らすと、彼は「彼女は宇宙旅行に行ったんだ」と涙を流しながら囁いた。「僕との年の差が広がるほどそれらしくなる」
私のお墓の影は細く伸びて、命を分け与えるように彼を包み込んだ。

たつきち @TatsukichiNo3
細心の注意を最新の注意だと思っていたのは随分昔の話。「注意にも古い新しいがあるなんて知らなかった」なんて言ってた自分をあの人は苦笑いを浮かべていた。ガキの頃からあの人に教え込まれた様々なことが、今の居場所を作ってくれた。誰にもここは譲らない。あの人から譲り受けた大事な場所だから。

ともろ @gotogohan555
「転職したい。」と彼女は言った。

労働環境が悪い、後輩の扱いが難しい、顧客の要望が細かすぎる、などと不満を垂れる、垂れる、垂れる。

学生の時も同じようなことを聞いた。恋人の話だ。
店の提案をしてくれない、連絡が遅い、話が合わない、と。
人間の思考はいつまで経っても変わらないのだ。

4月10日

ともろ @gotogohan555
「人に嫌われたくない」と、考えずともその思いが脳裏をめぐり、嫌われぬよう行動してしまう。自分から人に声をかけることができない。怖い。
「細かいことを気にしすぎだ」と、誰かに言われたことがある。気にしなくて済むのであればそうしたい気持ちは山々だ。簡単にいうな。私には難しいのだ。

浅倉あける @akeru_asakura
ピンと張られた糸を、慌てて弛ませた。どうしたの?なんて笑う君の肩に何でもないよと頭を預けて私は今日も祈る。切れるな。切れるな。切れるな。君と私を繋ぐ糸よ、どうかまだ、切れないで。この瞬間に千切れそうな程細くても。結び目が頼りなくても。同じ赤色でなくても。今だけは、私が君の運命だ。

@AoinoHanataba
私の小指は、沢山の色の細い糸が絡まっている。青い糸、紫の糸、橙の糸……鮮やかな色が多く集まっているのは、恵まれている事だ。有難い。中には、解けてしまった糸もあるけれど、このたった一本の赤い糸は……旦那との縁は、解かないように気をつけよう。最近、新しくお腹から延びてきた白い糸も。

崎本ミナト @yUTsk19GVSZ6fpd
小学校4年のとき担任のN先生から10年後の自分へ手紙をもらった。封筒は優しい乳白色、端に繊細な植物があしらわれていて大人っぽさがある。時折存在を思い出し開けてみたくなる。封筒を透かしてみる。今開ける?いや、やめておこう。何が書いているのだろうかとワクワクする時間を、終わらせたくない。

永津わか @nagatsu21_26
「後ろの、取ってくれない?」襟元から飛び出した細い糸を引っ張ると、隣人はするする解けてしまった。名残を手繰り寄せていると足元に猫が戯れる。完成した毛玉をあげると、遊んで絡まってミミズクになった。羽ばたく彼、あるいは彼らに手を振って、これからのことを考える。抜けた空は今日も青い。

まゆさん @MAGkYkmyc0oVvqb
両腕は腫れ上がり針を刺す場所はなかった。鎖骨から入れます。細く硬くなった血管は母の融通のきかない人生そのものだ。今が消えてしまった彼女の未来は私達に委ねられた。きれい。車窓から見た去年の桜が最後だったのか。桜色のミトンをつけた手が無意識に何かを追い払っている。私は点滴を見上げる。

黒塚多聞 @rot49
花を買おうと思った。自分のためでもなく、他人のためでもなく、神仏でもなく、ましてやこの世界のためでもない。細かく小さい。それでは何のために? わからない。わからないけれど、花を買わなければならないという使命感がある。近くの公園で子供たちが遊んでいる。鳥が飛んでいる。世界だろうか。

黒塚多聞 @rot49
光を失った。再び見ることができることを祈りながら歩き続けている。私は光の巡礼者なのかもしれない。東北の地方都市から海外の砂漠まで細々と辿り着いたがまだ光は見えない。いつか光に満ちた地に到達できるだろう。今はそれを信じて巡礼のような旅を続けるだけだ。

黒塚多聞 @rot49
ホームセンターで花の種を買った。水の代わりに自らの血を、肥料の代わりに憎しみや悲しみ、絶望などを与えた。やりきれない思いをすべて吐き出すことができ、内面は穏やかになったが、それでも満たされない。やがて花が咲き、人間が一人入るほどの大きさに成長した。僕は細い身を花に捧げようとした。

MEGANE @MEGANE80418606
「蜘蛛の糸のように細い言葉で編み上げるの。ひと目ひと目、同じ力加減でね」言葉の魔女は、さっさっとグラデーションがかった曙色の短編を一つ、編み上げてみせる。それは春の美しさを過不足なく表現していた。「アタシも編みたい」「むずかしい道よ」けれど、この美しさを知ったらもう戻れないから。

遠藤さや @endousaya8318
細い糸が小さな針穴のふちに当たり、先がほつれる。これで今日3回目。
「やめだ、やめ!」私はリビングに寝転がる。入学式はもう来週なのに、まだ図書バックができていない。
正直完成は絶望的。でも
「やるぞー」娘がこの図書バックを持って喜ぶ姿を、私は絶対見たい。私はまた針を手に持った。

神崎翔 @Shin99181905
敬は次のライブはぜひ成功させたいと願いながら布団に入った。こうなったら宇宙人の力でも借りなければならないと念じた。暫くして聞き慣れない電子音が聞こえてきた「UFOだ!」細心の注意を払い近づいてみた。ハッと目を覚ました。明晰夢だった。リアルに宇宙人がやってきたのだ。願うのを忘れてた。

ゼロの紙 @zeronokamides
ひとりでいると部屋から音が消えていた。世の中から人が誰もいなくなったみたいに静かだった。みたいにじゃなくてほんとうに人のいない世界でわたしは生きようとしていた。世界線をあの時、間違えた。手に触れちゃいけない小さくて細やかな生き物の背中をなでた時に、世界はすべてを脱ぎ始めたのだ。

こしいたお(サイトからの投稿)
心の風邪をひいた繊細な彼女。メモ用紙に迷路を書くのが日課だ。その迷路をペン先でなぞり進む僕。普通はSから入りGを目指す。でも彼女の迷路にはGがない。行き止まりだけ。彼女が書き、僕が進む。数ヶ月繰り返したある日、いつものようになぞっていると、彼女が行き止まりにGを書き込み微笑んだ。

いなばなるみ(サイトからの投稿)
些細なことが人生の岐路となることがある。君との出会い貴方との別れ、なんて歌にして唄うにも二番煎じになってしまうくらいにはありふれた話だ。それでも人生の岐路を迎え春になった今、また些細なことを見つけていこうと思っている。些細か重大かはやってみないと分からない。私は春を謳歌する。

石動志晴(サイトからの投稿)
繊細な黒髪が風に乗って揺れていた。私が勢いに任せて髪の先端に手を伸ばすと、気配を感じとったのか、私の方へ振り返った。人間とは思えない赤紅の瞳と目が合って、中にはワンピース姿の私が映る。当たり前だが不機嫌な顔をされた。少しくらいいでしょう?と言うと、渋々と言った顔で夫は前を向いた。

神崎 翔 @Shin99181905
敬は焦っていた。なかなか芸人として売れない自分に。ライブでもなかなかウケないのだ。「俺は面白くないんちゃうか?」自分のネタ(と言っても敬には一つしかなかった)を細部まで点検してみた。オチが弱い。敬はラーメン屋のバイトに励んだ。考えれば考えるほど井戸の底に落ちた。なるとで目が回った。

tanaka azusa @azplanetaz
とにかく詰めるのに大変だった。収納に富んだ光沢のあるエナメルと配色はスカーレットなので飛び散る残骸も特に目立たないから良い。か細い女が砂を蹴りながらキャリーケースを引き摺ってるんだからそりゃあもう訳ありだ。少しづつ撒く、少しづつ撒くが頑なに出ぬ小指があって、約束が果たされぬまま。

夜明けごとに透明になる @yorugaowaru1218
きっと、まだ昇り始めの色のない月のようだった。細くて折れそうなバンビの足首が震えているような、私たち、よわくて、一緒に駆けっこ、出来なかった。夢の中に雨に濡れたスワンが二羽居て、懐かしい月夜を渡ってゆく。繋がれなかった星座みたいに、愛の野花がすやすや。叶わなかった夢の底へ落ちて。

ゼロの紙 @zeronokamides
「書く気持ち」を売ってる店を教えてくれた。それは見知った場所だった。うなじから首筋をぬけて背骨に沿った道を進むと、ひかがみあたりに店があった。そこでわたしは羽ペンをひとつ買った。インク壺に溺れないようにしながら覗いた。漆黒の闇に似たブルーブラックの水面が細りながら揺れていた。

tanaka azusa @azplanetaz
さくらさくら、もう春なんてなくなった頃に見つかる押し花。貸した小説は確か「プシュケ」と言う題名だった。もう何十年と四季から春だけが抜け落ちて、東京は更に陰惨な風が細いビルの林に駆け抜ける。アスファルトに叩きつけられたカメラロールだけが薄く透けたはなびらを残していた。帰るねは未読。

イマイエイチ @imaieichi
瞳に細かい光の粒が詰まって眩しくて寝られない。涙を流せば楽になるだろうか。私は泣いた。眩しい涙が次々溢れてくる。キラキラ泣いた。そのまま歩くと私の足跡が光を反射して蝸牛のように涙の跡を引く。私は歩いた。のろのろ行くうちにやっと眠くなってきた。人が空を指差し虹虹と喜んでいる。

tanaka azusa @azplanetaz
鈍色のローファーは珍しかった。その上に一錠桜の花が落ちてきてそれを拾ってもう使わない生徒手帳に挟む。通学路は急で細い登り坂がある。その途中に花束が草臥れている。カーディガンは袖口だけ妙に褪せて薄い。自転車の車輪は歯車にはならない、たった17年ぽっちの人生も歯車にもなれっこなかった。

夜明けごとに透明になる @yorugaowaru1218
ちいさく、ちいさく、耳に折り畳む春の小声。散らばった鳥達の産毛が、か細い雨にそぼ濡れて、ぺたりとアスファルトにひっついている。どことなく、淋しげな春がそこらじゅうに落ちている。揺籃を揺すると、花びらたちは、忽ち、しわくちゃのドレスになった。誰も踊ってはくれない。雨に濡れたドレス。

森川千鶴(サイトからの投稿)
私は最後の日を迎えている。決して長くはない、私の人生。とても幸せな時間を過ごすことが出来た。もちろん、やり残したことも多かったように思う。人生は細く長くが良いというが、太く短い人生もまた良いものだと思う。
「宗太、宿題は終わったの? また明日から学校なんだから早く寝なさいよ」

あきら @akirakekunote
カーテンの隙間から漏れた車のライトが天井へ細く伸びて走る。子の小さな手が布団の上をはたはたと動き回るのでそっと握れば、夢の中の探し物は私の手だったというように、深い息をついて再び眠った。こんなにも優しい世界を守る一人きりの番人のような心地だ。愛しくて切なくて、夜よ止まれと祈った。

陰時計 @mtg315dana
「昔は身体が細く、細々と生きていくのが身に合っておりました。
細かな作業は得意なんです。
細かいところに気が利く奴だと、よく言われましたね。
こうして、金を数えるのも一苦労」

詐欺師はソーセージのような指で一枚一枚、紙幣を数えている。
「太っ腹」とは体たらくだけである。

しろくま @ohanasi_tubu
桜の下でまた会おう。そう言い残した彼の為に、棒切れのように細い足を駆使して淡い桃色へと歩みを進める。「随分長生きしたな。待ちくたびれたよ」優しく微笑む表情は変わらない。「貴方が早すぎるのよ。罰として沢山の思い出話を聞いて貰うからね」これからはもう、離れない。桜の下で共に過ごそう。

4月9日

三津橋みつる @mitsuru32hashi
やられた。可愛さだけで選んだ細身の傘は、春一番で複雑骨折した。マンションと雑居ビルの間を通ったのがまずかった。
三日かけてLINEで振られた私にいよいよ似合いの傘だろう。頭から雨を被っているけれど、もう気にならなかった。私はこんな、持ち手の根元からぽっきりと折れてはいないのだから。

草野理恵子 @riekopi158
君は今日白い服を着ていた。前でリボンを結ぶ服。ゆるく巻いてボウタイだよって言った。ぼうたい?ほうたいに似てる。きっと首を怪我したんだ。おめかししてどこか出かけるの?どこへも行かない。ここであなたと過ごす。僕は熾火を揺らし焚き付けを足した。風が吹いて細い角が揺れた。新学期が始まる。

籾木 はやひこ(サイトからの投稿)
細い攻めをつないだ。将棋である。最後はしのぎにしのいだが必至になっていた。攻めと守りの両方の手を一手で指した。この手が勝因。相手の玉は積んでいた。彼は昔のライバルで今は道場主。一矢報いたのだ。彼も結婚したとは聞いていない。これ将棋人生。プロが腹を抱えて笑うだろう。それでいいのだ。

Haruna.s @milkacidenemy
窓の外を眺めていたらミシン糸みたいに細い雨が降りだした。「明日のプールの授業、なくなるかな」胸の前で手を合わせて何者かに祈る。皆みたいにできない。「嘘。本当はやりたくないの」硝子に映る私が見た事ない滑らかさで微笑む。ペンギンになろうか。空飛ぶ以外にも素晴らしいことはある筈だもの。

草野理恵子 @riekopi158
掃除の時間になった。皆手に細い手を持った。ふゆの持った白い手はもう古く替え時だった。年を取った手だねと言うとふゆはさみしそうにもう少し使うと答えた。苦しんでいるようだった。ふゆは今まで聞いたことのない声で叫び喉からの血が雪の上に美しく散った。私たちは暫く口をつぐんだ。春になるね。

草野理恵子 @riekopi158
僕は走った。土にまみれ手と足がとても細くなった。太鼓のように蛸を叩き走った。世界には直線があふれていて蛸は世界に合わなくなった。蛸は剥き出しの足で空き瓶を転がしそれを家にしようかなと言った。僕は瓶の中で生活することを思った。シリカゲルの砂を敷いたら君は苦しむだろうか。僕と一緒に。

飛馬 光 @AsumaHikaru
桜の季節がやって来ると決まって想い出す、君と初めて行ったお花見。満開の桜と、菜の花の黄色と青空をバックにはしゃぐ君が眩しくて。ひらひらと舞い落ちた桜の花弁が君の細い首筋に潜り込んだ時、不覚にも花弁に嫉妬してしまった。今年こそ花弁には負けないぞ。彼女の一番近くにいるんだから見てろ!

青塚 薫 @ShunTodoroki
友だちと、ケンカした。さっきまで、公園で一緒に遊んでたのに、僕は今、ひとりで自転車をこいで家に帰っている。友だちの腕を叩いた。僕は腕をつねられた。赤信号で止まって、空を見上げた。黒くて細い電線が空にひび割れを作っている。どっちも痛かったんだ。信号が青に変わった。僕は渡らなかった。

4月8日

水涸 木犀 @055_yuno
委細承知しました。業者からの返信を見て、ほっと息をつく。専門業者は人間の言葉も理解できると聞いてはいたけど、ちゃんと返事が来たら安心した。その日の晩、荷物をまとめた私のもとに、巨大な翼をもった2mくらいの大きさの青い鳥が三羽やってきた。真ん中の一羽が言う。「お迎えにあがりました」

久保田毒虫 @dokumu44
彗星に乗って銀河を散歩していると、いろんなものに遭遇します。空飛ぶワニや、細長い宇宙人、すぐ泣く猫にも会いました。中でも印象的だったのは、やたら早口なエビです。早口すぎて、何を言ってるのかわかりません。唯一聞き取れたのが「ヘイワ」という言葉でしたが、僕には意味がわかりません。

三津橋みつる @mitsuru32hashi
お喋りだった祖母が唯一静かだったのは、棺の中にいる時だった。病床ですら嘘みたいに賑やかだったのに、私のぴかぴかのランドセルはついぞ見ることはなかった。
祖母は今でもお喋りだ。
私が欄間を見上げれば、額縁の中で目を細め、口角を上下させる。息継ぎが要らないぶん、昔よりよく喋っていた。

楓雲 @fuun_desu
繰る。五指は四肢と頭蓋に接続されている。か細い糸を緩やかに、手繰る度に木偶はその身を踊らせる。相手は不在。観客は不在。面には自嘲。一筋の懐中電灯に照らされて、それは踊り続ける。枕に一滴、水が落下。待っている。その糸が切られる日を。彼は無価値を受け入れるのかと、ずっと、待っている。

ケムニマキコ @qeiV97pW0x5342
「流木って燃えるんやな」細波の音に混ざって焚き火がパチパチと爆ぜる。「どれが制服?」「分からん。真っ黒になってしもた」「ほんま、全部真っ黒」それはかつて二人を縛っていたものだった。「お弔いみたい」「誰の?」「『私たち』の」それきり私たち、いや──僕らは、黙って夜明けの海を眺めた。

瀬名橋晴香 @tasekan0410
繊細な性格なの。そう言いながら子連れの彼女は、未だ彼女の背中に隠れたままの娘を紹介した。
数年が経ち、娘が一人暮らしを始める日、空港へ送る車の中で娘は口を開く。
「お父さん、私を育ててくれてありがとう」
その声はとてもか細い。顔の赤い娘を横目に見つめる僕の目尻は湿り気を帯びていた。

青塚 薫 @ShunTodoroki
入社祝いに母が買ってくれた細い紺色のネクタイをむしり取り、ポケットに突っ込むと、公園のベンチでうなだれた。ペットボトルの水を一気に飲み干し、ため息を吐いた。終わりだ。僕はこの先どうすればいい。ふと母の声が聞きたくなった。くしゃくしゃのネクタイを見て、母なら、笑ってくれるだろうか。

物部木絹子 @yuko_momen
誰かの無神経がまた、ビリビリ、っと派手な音たてて俺の中の何かを破り裂く。何度も破り裂かれてシュレッダーに入れられた後みたいに細切れになる。どうせ小物、いつもビリ。けどな、俺も神経持ってんだ。驚いたか? 大層なこたあできなくとも、そのくらいじゃ死なねえの。変幻自在の単細胞生物様は。

4月7日

水涸 木犀 @055_yuno
極細のボールペンで、手帳にみっちり文字を書く。そんなに小さくて読めるの、と目を丸くされることもあるが、構わない。これは私が書くことで満足するための、自分だけの空間。広い世界に放り出すには少し勇気がいる言葉の数々を、1ページに詰め込めるだけ詰め込むのだ。

藤和工場(サイトからの投稿)
通りかかった空き家の玄関へ続く小径に、小さな花房が身を寄せて揺れていた。それをいつか見あげた、そう思った刹那、目に入った光は枯れ木のような細腕にかわり、おいでと呼ぶ顔が影に浮かぶ。ふわりとした足、長い尻尾、音が走る耳、僕はまたここに来た。帰ってきた。猫はそうして、家につく。

久保田毒虫 @dokumu44
春。彼女の手は細い。握り締めたら折れてしまいそうな。桜の木の枝のような彼女の手。僕は彼女の手が好きだ。やがて桜は散ってゆく。彼女もまた散ってゆくのか。そうはさせない。僕は彼女の手を握る。折れてしまわないように。そっと。花びらが吹雪く。またあの季節が来る。春。彼女の手は細い。

高村芳(サイトからの投稿)
あなたの細い指が、白によく映える。窓から見える、散りゆく桜の花びらもよく映える。この時間がずっと続けばいいのにと、わたしは祈りながらあなたの傍らで林檎を剥く。白い果肉があらわになる。「おいしそう」とあなたの白い歯がのぞく。わたしはこの白い世界を、これからずっと忘れやしないだろう。

藤和 @towa49666
真珠貝に細工を施していく。錐のような道具で少しずつ彫り進んで形作る。真珠貝を削る音だけが響く室内。どれだけの時間が経っただろう。削れた真珠貝の粉を水で洗い流し、また削る。粉が溜まったらまた洗い流す。その繰り返しだ。窓から見える空が朱色になった頃、真珠貝は月のように輝く星になった。

冨原睦菜 @kachirinfactory
メスシリンダーのような細身のグラスには虹の七色の層が美しい飲み物。水晶のような氷が微笑み、添えられた蒲公英の茎ストローは、先がくるんと丸まっている。そっと飲んでみる。菫の香りに鼻をくすぐられて、私は夢心地。遠くで誰かが呼んでいる。でもね、もう行くよ。皆と会えて楽しかった。またね。

せらひかり @hswelt
初めて一人暮らしをした。借りた部屋には、細々とした取り決めがあった。深夜に出入りしないこと、庭は眺めるだけにすること。夕方の庭には蝙蝠のような何かが現れる。ゴミ出しの時、隣人に出会った。「幽霊だと思うよ。貴方まだ気づいてないんだ」隣人も私にも影がない。庭に何があるかまだ知らない。

水原月 @mizootikyuubi
朝からウミユリの茎の化石をベンチに置いて観察している。立ち込める桜の香りと、鼻先を掠めていく花びらで鼻がむずむずする。
くしゃみが出た。まいど、という細い声が聞こえてベンチに駆け寄れば、星形の化石は消えていた。やられた。やはり桜の精はいるのだ。花びらの雨に歌いたい気分だ。

右近金魚 @ukonkingyo
お風呂で鏡を見たら胸にぽっかり穴が空いていた。道理で心が虚ろなわけだ。試しに弦を張り指で弾くとツァラン、と星が砕けるような音がした。今の気分に丁度良く合う。猫を客に弾き語りするうち涙は乾いた。それ以来、空ろは満ち欠けこそすれ、消えることはない。空ろを奏でながら、細々と生きてみる。

籾木 はやひこ(サイトからの投稿)
細々でも生きていかねば。今日は賭け事で大負けした。最後の十万を出す。何とか次のボーナスまで持たさねば。友人とサウナで芸術の話をした。ゴッホだ。すげーが生きてるうちに。ベートーヴェンみたいに耳が聞こえなくなって「月光」を作ることも享受しよう。でも彼は俺みたいにモテなかったというが。

青塚 薫 @ShunTodoroki
雨上がり。葉っぱの上に取り残された、あなたと私。小さい私は、大きいあなたに見惚れてた。葉っぱが風に揺れるたび、私は細い葉脈を辿って、あなたのもとへ近づいてゆく。葉っぱのふちで、やっとあなたに触れたとき、私たちは一つになった。私はあなた、あなたは私。一雫、あなたの姿はもう見れない。

時見初名(サイトからの投稿)
大学でこっちに来て、就職もした。田んぼ道を通っていたあの頃からは想像もできないほどの人ごみに呑まれて毎日が走り去っていく。忙しいときに空を見上げるのが習慣だった私は、どこへ行っても人のかおりがするこの街では空を見上げなくなった。ここの空はビルに切り取られて、細く小さく見えるから。

浅倉あける @akeru_asakura
細く開いた窓の隙間から、春が流れ込んできた。これ見よがしに目の前に舞ったのはピンク色の一片。全く、心配性だなあ。構ってちゃんだなあ。うちの庭の樹が咲かす花の名前を冠にしたうちの王様を、俺の半生を、忘れられるわけがないのに。ほら、お前が根本にいてくれるから、今年も綺麗に色付いたよ。

富士川三希 @f9bV01jKvyQTpOG
川の上を鯉のぼりが気持ち良さそうに泳いでいる。この光景を初めて君と見たのが十年以上も前だなんて信じられない。とっくに私の身長を超えてしまった横顔をそっと見上げて胸がキュッとなった。これから離れて暮らすことが心細いとは口が裂けても言えないね。鯉のぼりが風を受け、一層大きく膨らんだ。

しらふ(サイトからの投稿)
自らの細い糸を手繰り寄せる。その先に結わえてあるものは人それぞれ。「愛」だったり、「夢」だったり、「金」だったり。その男の糸に結わえてあるものはさらに細い糸だった。切れないように慎重に手繰り寄せるとさらにさらに細い糸が結わえてあった。その繰り返しに精神を病んだ頃、「狂」が出た。

shindoh(サイトからの投稿)
手繰る手綱。目を凝らすと、か細い声でないている。いつからこうしているのだろう。永遠に延々と続くように思われるひとり綱引き。取られる力が突如、解き放たれ転びそうになるかと思えば、すぐ後には大きなカブのおじいさん。「ここだけの話、おじいさんの足がカブに乗っていたこと、内緒だよ」

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