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春の星々(140字小説コンテスト2024)予選通過作

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「細」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

予選を通過した34編を発表します(応募総数644編)。ご応募いただきありがとうございました。

受賞作(一席、二席、三席の3賞+佳作7編)は6月下旬に発表予定です。
優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

受賞作の速報はnoteやX(旧Twitter)でお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと記事の更新時に通知が送られます。

予選通過作

見坂卓郎(サイトからの投稿)
彼はたこ焼き名人だ。細いキリを操って、手品みたいにくるりと回す。大阪人ならみんなできるで。そんな彼は野球が始まると目にキリを当ててくるりと回す。目玉が黒と黄色のトラ色になる。大阪人ならみんなできるで。贔屓のチームはサヨナラ負け。彼は黄目をむいて倒れたが、たこ焼きはとてもおいしい。

赤木青緑 @akakiaomidori
細い魚を見た。見たことのない魚だった。細さが際立っており細いという特徴がダイレクトにきた。細い魚としかいいようがなかった。よおく見ると魚ではなかった。細い紙だった。紙を細長く折り畳んだものだった。魚とは似ても似つかなかった。なぜ魚だと思ったのだろう。おそらく細かったせいだろう。

泥まんじゅう @doromanju_sub
父はいつも明け方にミルクをいれる。いつものカップに黒いコーヒー。そこへミルクをゆっくり回し入れる。カップの黒い水面では、か細い白い線が渦を巻いて、徐々に全体の色を明るく染める。父がミルクを注ぎおえる頃には、なぜかいつも夜があけて白い陽がにじみ始めている。父はこの日課を仕事と呼ぶ。

鞍馬アリス @kurama_alice
友達がペットと散歩しているのに出会った。犬だと思ったが、何だか変だ。耳や足など細かいパーツは犬なのだが、全体でみるとチグハグで、犬らしくない。この子はと尋ねると、強いて言えば犬らしきものかなと言われた。彼女の答えに賛同するかのように、ペットが明らかに犬ではない声でワンと鳴いた。

モサク @mosaku_kansui
残業せずに帰ると、まるで場違いなよそ者のような気分だ。少し先には両手に袋を下げた人が歩いている。魔法が使えたら、坂の上にある見晴らしのよい我が家まで一瞬で運んであげられるのに。凡人の僕は駆け足で追いつき袋を奪い取ることしかできない。彼女の細い体に繋がれた赤ん坊が、僕を見て笑った。

雨琴 @ukin66
私はいつも尻尾でいい。たい焼きを半分こするなら、あんこの詰まった頭をあげる。ケーキの苺もあなたにあげる。食べれないお寿司は玉子と交換してあげる。あなたが喜ぶことと私のしてあげたいことは違うけど、知らない言葉じゃ語れないから。鏡の中で細い目をした私の顔は、お母さんにそっくりだった。

高遠みかみ(サイトからの投稿)
(細雪って知ってますか。谷崎の。中学のとき友人が読んでて、どんな話かって聞いて。そしたら細い雪が降るって。そのまんまですね。でもその友人、実は全然読んでなくて。で、おれも本読まないんで、おれにとっての細雪って、ずっとしずかに雪が降ってるだけの小説なんですよ。)手を繋ぎませんか?

camel @kaerutorakuda
細い紐が頭から生えた。つむじからにゅっと伸びて、引っ張ると痛い。ハサミで切ろうとすると、髪に絡まる。あまりに嫌がるので、仕方なくキャスケットを被り病院へと向かった。おでかけだと思った紐は一度蝶々結びになったが、病院を前にすると固結びになった。医者によると、紐は養うしかないらしい。

右近金魚 @ukonkingyo
「蕎麦は途中で切らない」。それがわが家の約束だった。つるつると麺を啜るおかっぱ頭の私。湯気にむせ噛み切りたいけれど、ぐっと堪える。上手くいけば願いが叶うと信じている。子猫、初恋、家内安全と願いは移り変わっていった。今夜も眠る母の隣で蕎麦を啜る。微かに光る細い細い糸を手繰り寄せる。

富士川三希 @f9bV01jKvyQTpOG
川の上を鯉のぼりが気持ち良さそうに泳いでいる。この光景を初めて君と見たのが十年以上も前だなんて信じられない。とっくに私の身長を超えてしまった横顔をそっと見上げて胸がキュッとなった。これから離れて暮らすことが心細いとは口が裂けても言えないね。鯉のぼりが風を受け、一層大きく膨らんだ。

冨原睦菜 @kachirinfactory
メスシリンダーのような細身のグラスには虹の七色の層が美しい飲み物。水晶のような氷が微笑み、添えられた蒲公英の茎ストローは、先がくるんと丸まっている。そっと飲んでみる。菫の香りに鼻をくすぐられて、私は夢心地。遠くで誰かが呼んでいる。でもね、もう行くよ。皆と会えて楽しかった。またね。

水涸 木犀 @055_yuno
極細のボールペンで、手帳にみっちり文字を書く。そんなに小さくて読めるの、と目を丸くされることもあるが、構わない。これは私が書くことで満足するための、自分だけの空間。広い世界に放り出すには少し勇気がいる言葉の数々を、1ページに詰め込めるだけ詰め込むのだ。

三津橋みつる @mitsuru32hashi
お喋りだった祖母が唯一静かだったのは、棺の中にいる時だった。病床ですら嘘みたいに賑やかだったのに、私のぴかぴかのランドセルはついぞ見ることはなかった。
祖母は今でもお喋りだ。
私が欄間を見上げれば、額縁の中で目を細め、口角を上下させる。息継ぎが要らないぶん、昔よりよく喋っていた。

イマイエイチ @imaieichi
瞳に細かい光の粒が詰まって眩しくて寝られない。涙を流せば楽になるだろうか。私は泣いた。眩しい涙が次々溢れてくる。キラキラ泣いた。そのまま歩くと私の足跡が光を反射して蝸牛のように涙の跡を引く。私は歩いた。のろのろ行くうちにやっと眠くなってきた。人が空を指差し虹虹と喜んでいる。

まゆさん @MAGkYkmyc0oVvqb
両腕は腫れ上がり針を刺す場所はなかった。鎖骨から入れます。細く硬くなった血管は母の融通のきかない人生そのものだ。今が消えてしまった彼女の未来は私達に委ねられた。きれい。車窓から見た去年の桜が最後だったのか。桜色のミトンをつけた手が無意識に何かを追い払っている。私は点滴を見上げる。

五十嵐彪太 @tugihagi_gourd
和紙の層に刃を入れます。「小口」と名を得たその断面は鋭く整い、しかし、ふんわり空気を含んでいます。しばし見惚れた後は切り離された紙片の中でとりわけ細い――糸のように細いものを――つまみ上げ「ふ」と息を吹き掛けます。すると、ごく偶に青葉が舞います。ごくごく稀に小さな蝶が飛んでいきます。

大宮 慄(サイトからの投稿)
 ベランダから、夕日を見る。連なる家を見る。道路を見る。手を繋いで歩くカップルを見る。笑顔で帰る男子小学生を見る。子供と会話しながら歩く夫婦を見る。犬を散歩した、綺麗で身体つきの細い美人を見る。自分の右腕を見る。瞼の裏側を見る。吊るされたロープを見る。ぼやけた夕焼け空を見る。

野田莉帆 @nodariho
口の細い花瓶を覗くと、カーネーションの花畑があった。花瓶に生けた花の記憶、かもしれない。柔らかな光のなかで、一匹の犬が寝そべっている。「トラン!」思わず、私は彼の名前を呼んだ。もう何年も口にしていない名前だった。アトランタオリンピックが開かれる年の春に生まれた彼が、こちらを見る。

しろくま @ohanasi_tubu
細かく細かく。細かく細かく、骨を砕く。真砂のようになるまで丹念に砕く。骨の砂に手を差し込むと、仄かな温もりに包まれる。お父さん.....お母さん.....。未練を断ち切るように、そっと手を引き抜く。一瞬の逡巡の後、骨の砂を空へ撒く。月光を反射し瞬く様は、まるで星。私のことを見守っていてね。

酒部朔(サイトからの投稿)
介護用のミトンを外すと細くなった指が現れる。鼻歌でもうまかったらよかった。ホラ話がうまかったらよかった。もっと父と触れ合えばよかった。手を握れるのは最後になるだろう。ぼくがいきなりそんなことをしたら、そう、最期だと父は悟るだろう。ぼくは握った。ぼくが生きていくために握った。

鷹村さいた(サイトからの投稿)
私は繊細さんだ。終末の繊細さんだ。今日も一人でおにぎりを食べる。屋上で食べるおにぎりは格別だ。時々遠くの建物が壊れてびっくりするけど、人ごみにいるよりましだ。時々爆発音がするけど、隣の人の貧乏ゆすりよりましだ。私は繊細さんだ。終末の繊細さんだ。この終末世界が大好きだ。

八木寅 @yagitola
お父さんは存在感が薄い。体も細く薄っぺらいから、いい風が来ると飛んでいってしまう。いつの間にか消えたお父さんを探すのは大変だ。飛んでいかないように、お母さんは手綱を握るようになった。近頃は五十肩で辛いらしい。代わりに私が握った。けど、繋いでおきたい男性に出会い、お父さんは飛んだ。

長尾たぐい @zzznap3
身体のあちこちでゆうれいを飼っている。頭痛に冷え性、めまいに白髪、二枚爪。「生活態度が悪いからだよ」とゆうれいは皮肉げに言う。お黙り、毛細血管としての役目を果たさなかったくせに、と言い返しとりあえず睡眠を取る。ゆうれいたちはしぶしぶと元の姿に戻ったが、患った未病が治る気配はない。

森林みどり(サイトからの投稿)
シロホン。昔読んだ詩に出てきたその不思議なモノの音が、時々聞こえてくる。たとえば、昼寝しようと白い枕にもたれたとき。細長く開けられたバスの窓から、道行く人の生真面目な横顔を見たとき。シロホンとはどういうものか知らない。ただ耳の奥で春風が木片を転がすように、私のシロホンが鳴り出す。

きり。 @kotonohanooto_
病を患って、わずかな貯えで細々と暮らしている。楽しいことは、特になにもない。先の心配ばかりがこころを占める。ほとんど散ってしまった桜のようだ、と思っていたあるとき、開けた窓から花びらが迷いこんできた。拾って、こわれないよう、そっとノートにはさんだ。神さまはいる。わたしのそばにも。

ケムニマキコ @qeiV97pW0x5342
窓越しに揺蕩う白煙を眺めていると、一時間はあっという間に過ぎた。骨になった父はよく焼けていて、箸で触れると簡単に割れた。さっき食べた煎餅みたいに、簡単に。細かい破片を口にして、そっと噛み砕いてみる。まだ飲み込めない思いはあるけれど、ようやく私は少しだけ、父を許せそうな気がした。

泥からす @mudness_crows
姉が体にラップを巻いていた。そう言えば近頃体型を気にしていたなと思い「ダイエット?」と聞くと「お姉ちゃんは、今の気持ちを保存する事にしました」なんて言う。見れば肩が少し震えていた。不憫に思えて手伝う事にした。すっかり包み終わると冷蔵庫に入れる。これなら長持ちするし、細くなれるよ。

山口絢子 @sorapoky
すっかり細くなった友は、和柄のワンピースを着ていた。これ、母の着物だったの。覚えている。彼女のお母さんは参観日、必ず着物で、あやちゃん、と私に微笑んだ。彼女はお母さん似の笑顔で、器用に林檎を剥く。あら、何の音かしら。豆腐屋のラッパの音だ。彼女は素足のまんま、月夜へ駆けてゆく。

如月恵 @kisaragi14kei
雨の休日はベッドで本を読む。程なく本は閉じられ、頭は枕に落ちる。気配に瞼を開ければ、猫が私の顔を覗きこんでいる。半月の形の瞳孔によく知っている私の顔より細長い私が映っている。刻々と月は細くなり、猫の目の透明なビー玉の中で私は消えてしまう。雨が家を叩く音はいつ途絶えたのだろうか。

kikko @38kikko6
出張で訪れた寂れた町に菜の花畑の迷路があり、気まぐれに入ってみた。大人の背丈ほどある菜の花の間の細い道を進むと、行き止まりにぶつかった。他の客達はみんな正解の道に進んだのか誰も現れない。このまま静かに、誰にも気づかれずにここにいればいずれ菜の花になるのかもしれない。立ち尽くす。

七壺寛 @ryoi44
草葺きの屋根下に響く祭りの後の、静かな斜面でぽこぽこ音が上っていた。甘菓子の匂いが斜めで咲くたんぽぽから、近づける耳に鳴る冷たい草、痛みの下で柔らかさがくすぐる。たんぽぽが笛のように細く伸びて鳴き、いつしか飛ぶ、屋根下で見つからなかった画と、その先も、春、ひらひらとまっている

千景虹(サイトからの投稿)
目は二つと言われたので残り五つは潰しました。口は一つのようなのでそれっぽい穴を開けました。手と足は二つずつらしいので素敵なものを拵えました。これでいいかと思ったけれど、やっぱり細い筒を向けられました。
まったく。この生き物たちにとって、いったいどこからが「同族」なのでしょうか。

古賀菜美子(サイトからの投稿)
いとこの声は細いから、とても近くに寄らないと話が聞こえない。いとこの声は絹糸みたいに滑らかだから、耳触りを楽しみたくなる。いとこの声は髪の毛みたいにしなやかだから、手繰って辿ってみてしまう。いとこの声は蜘蛛の糸。いつしかその細い網にとらわれて、離れられなくなっているんだ。

祥寺真帆 @lily_aoi
「これじゃ同窓会というよりただのお茶だ」会うのは仲間の葬式以来だ。細く短く生きる。文集に同じ言葉を書いた二人が残るとは思わなかった。勉強ができたやつ、モテたやつ、仕事で成功したやつ、皆いなくなった。「お前の方が生きるよ」「いやお前こそ」別れ際、最後の一人のカードを押し付けあう。

part1 part2 part3 part4 part5 part6 予選通過作 結果発表

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