見出し画像

緑の海原

こんな夏は初めてだ。



陽の粒子が戯れた海を見ようと、向かった先は北だった。

今朝、あまりにも空が情けない表情で君を咎めたから?

それとも、記憶の中のそよぐ稲穂の羽音が、君を誘ったからなのかな?

泣きたくて、泣けない空の色を見上げ、

『君の碧さが恋しい』

と声にしないまま呟いた。

稜線を曇らせた里山に、緑の海原が波を送っている。

絶え間なく、少しさみしげな頬を持ちながら。

君は睫毛でそれを遮りながら、海を手繰り寄せた。

砂浜を歩く。

夥しい数の砂が語りかける。

君の素足は熱量を心地よく受け止めて、語り返しながら速度を増していく。

光が海面に挑み、跳ね返されまた挑む。

砂のそれよりも遥かにリズミカルな熱量が、海の上で踊り続けていた。



淀みない陽の営みは、君の瞼の裏側で確かに微笑んだ。



君は、少し身体の力を抜いてふんわりと浮上してみる。

絶え間なく姿を変える海面を飛び跳ねる。

海にはいったいいくつの命が集うのだろう?



君は、あらゆる可能性を信じてみたくなった。



目を開くと、田園がサワサワと迎えてくれた。



君の胸の芯に熱量はまだ残されたまま、灰色の空がほんの僅か微笑みを見せた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?