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一枚のイラストは、世界を変えうる その弐

昔から疑問に思うことがある。

今、戦争を主導しているロシアのプーチンだって、アメリカ大統領のバイデンだって、赤ん坊の頃は、クマさんなんかのイラストがついた産着をきてバブバブ言っていたはずです。
いえ、この二人に限らず、全世界の多くの人がそうでしょう。


それがなぜ、考えようによっては、非常に短い人生の中で、「殺し」や「侵略」「攻撃」「制裁」にまみれてしまうのでしょうか。

人間の世界から、すべてのアートが消えてしまえば、それは闇の世界であると思います。
一枚のイラスト、絵画、音楽、映画、演劇、スポーツ、娯楽、全てのエンターティメントメント、そしてあらゆる商業活動、経済活動がアート無しでは成り立たないでしょう。

それほど重要なポジションにありながら、どうしてアートは、もっと社会に対して、連帯や愛情、慈悲、信用、尊厳、権利、尊重といったようなことを働きかけることが十分にできていないのでしょうか?


下の二枚のイラストレーションの間、すなわち思春期をつなぐものが、極端に少ないような気がしています。



特に、私は義務教育である、中学美術の教師ですから、その「幼少期と壮年期をつなぐアート(美術)」を担う立場にありながら、ただ機械的に、作業をやらせたり、興味ももてないような色彩のことを垂れ流しにしていたという反省と後悔があります。

「荒れ狂った当時の、中学生たちに対して、本気で向き合える教材」をもっていなかったことが今更ながら悔やまれます。

そして、今思うのは、この「絵を描くということ、デザインするということに興味を持てず、自分の才能も無いことを悟ってしまった中学生たちに、なおも価値を漢字させることのできる題材を用意すること」こそが、私の中学教師としての本分だということです。

私もそうでしたが、中高生は、毎日、朝から夕方まで、自分たちの前に立って、えらそうに講釈を垂れる教師と言う存在に、疑問や反感を持ちます。そこまでいかなくとも、「本当にそうか?」という疑問を持ち、自問自答することで、自分の自我というものをつくっていきます。

だからこそ、幼児期の頃の「クマさん」と「実社会への不信・疑問・模索」とをつなぐアートを探る題材を提示するべきではなかったかと思うのです。


たとえば、検索ワードで「尊厳」を示すDignityと、「真実」を示すTruthというワードをIllustrationで検索してみました。
以下が、いくつかヒットしたものです。

中学校のポスターの題材と言えば、「いじめ」や「環境破壊」など、暗いイメージの物ばかりや「電波障害防止」など、意味不明の物が多いのが、実情です。

しかし、上のようなテーマで、制作の前に座学を行い、グループを組んだりして、何かのプロジェクト方式にするとかの工夫はできそうです。
絵が苦手なものは、デザインは得意な者に任せて、違う作業を担当するとか。

また、たとえば男子中学生の多くが興味を持っているサッカーというスポーツについても、「いかにフェア・プレーをしよう!」と呼びかけるかと言うテーマでアプローチも出来そうです。


こうなると、だいぶ幼児期の「クマサさん」に寄っていきました。



更に高校生などでは、「いかに街づくりの中に、アートを活かすか?」というテーマ設定が出来そうです。

例えば、私は「メリーゴーランド」というものが大好きです。
これほど、多くの親子を笑顔にし、和やかな気持ちにさせる構造物(アート)は無いと思っています。


こういうメリーゴーランドが、もっと簡素な物で構わないで、いろんな街の中にあればいいのにと思います。
お金などは徴収しないで、だれもが安全に楽しめるやり方ができないかと思います。

このメリーゴーランドのデザインの中に、先ほどの「ヒトの連帯」とか「支え合う」といったテーマの可愛らしいデザインができないかと考えます。

こういうプロジェクトであれば、絵がまったく欠けないような生徒にとっても、担当すべきスキルは数多くありそうです。


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