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短編小説『指紋』

美緒が死んだ。

美緒とは、高校からの友達で、趣味が合ういい友達だった。社会人になってから、美緒は実家から通える職場に、私はひとり暮らしをして県外の職場で就職し、お互いに忙しく、休みも合わないことがあったため、音信不通になっていた。それでも、長期休みの時には連絡をし、ご飯を食べたり、お茶をしたりするくらいには、関係は続いていた。

そんな友達が、死んだ。

駅での飛び込み自殺、という事らしい。「らしい」というのは、実際は何故死んだのか不可解で、本当に自殺かどうかも分からないという話もついてまわっているから「らしい」という事だった。詳しい話をと思い、美緒の噂をする他の友人らに詳しく聞くも、誰も不可解が何なのか知る者はおらず、とにかく美緒の話をする者のなかには「らしい」以上の情報を持っている人は居なかった。しかし、話によると、遺体は胴体が真っ二つに割かれていたとかで、顔がしっかり"残っていた"ことから警察の方も身元が判明するまでに、そう時間はかからなかったそうだ。

私は、美緒の葬儀に出席すべく地元に戻り、お通夜のために美緒の実家を訪れた。写真にうつる美緒はいつもの美緒で、その表情は優しく微笑んでいる。生前よく目にした顔だ。その傍らには娘の死を受け入れられず、立っているのもやっとな様子の両親が、参列者にひとりひとりお辞儀をしている。

「朝陽ちゃん…」

おばさんは私に気が付き声を掛けてくれたが、私は何と返事をしていいのか、何と声をかけていいのか迷い、ただ静かにお辞儀をした。それしか出来なかった。

もう既に納棺が済んでおり、扉も閉められていたので美緒の顔を拝むことができない。

焼香をあげ遺影を眺めた私は、どうしても美緒の顔を一目見たくなり、お願いすべくおばさんに近づいた。

「おじさん、おばさん、美緒のこと、この度はなんて言っていいか…。本当に、もう…。」
「朝陽ちゃん、今日は来てくれてありがとうね。美緒も、…きっと、喜んでるわ。」
「俺からもお礼を言うよ。ありがとう、朝陽ちゃん。」
「あの、おじさん、おばさん。最後に、美緒のお顔を見た…」
「そう言えば、朝陽ちゃん。美緒がね、朝陽ちゃんに渡したいって言ってたものがあるの。葬儀が終わってから、少し時間ある?」
「え、あ、はい、大丈夫ですが…。」
「じゃあ、また後で。いつもの様に、お勝手から来てもらっていいから。」

そういうと、また美緒の両親は参列者の対応を再開した。会話をはぐらかされた気がしたが、ふと"遺体の損傷"の事を思い出し、だからかと思い納得した。

私は外でお通夜に来ていた貴志と優也に会った。高校生の頃は、優也、貴志、美緒と四人でよく遊んだ。優也は隣町の中学教師になり、貴志は実家が小さな工場を営んでいるため、そこを継いでいる。

「美緒、こんなに早く逝っちゃうなんて…」
「本当だよ。あいつが一番長生きしそうって話してたのにな。」
「それ、いつの話だよ。」
「中学ん時。ほら、学級ページみたいなの、あったじゃん。そこの、ランキングだよ。」
「そっか、二人は美緒と中学一緒だったんだっけ。」
「そうそう。だからさ、本当に信じらんねーよ。あいつが自殺なんてな。なあ、貴志。お前ら、付き合ってたんだもんな。」
「え?そうなの?そんなの全然聞いてないよ。知らなかった。」
「いや、付き合ってたって言っても、まだ付き合いたてでさ。二ヶ月前くらいかな。美緒、今度会ったら朝陽に直接報告する!って言ってたんだよ。」
「そうだったんだ。」
「だからさ、俺、どうしても美緒が死んだって、自殺したって納得できなくてさ。一緒にいても、何にも無かったんだぜ?そりゃあ、仕事してんだから悩み事やトラブルの一つや二つ、あるだろうけどさ。でも、自殺なんて…そんな、思い悩んでた事なんて、俺、見当つかなくて…」
「貴志君…。」
「貴志、あんま思い詰めんなって。お前までダメになったら、美緒悲しむだろ。」
「優也。…ああ、そうだよな。すまん。」
「謝んなって。」

本当に、なんで死んだの?美緒…
私にも言えないことがあった?
貴志君にも言えなかった?

そんなことを考えていると、優也に声を掛けられた。

「朝陽、大丈夫?」
「…あ、うん、ごめん、ぼーっとしてた。」
「朝陽も、あんまり思い詰めんなよ。」
「うん、ありがとう。」


すると、そこに美緒のおばさんがやってきた。
「朝陽ちゃん、お待たせしてごめんなさいね。やっと中も落ち着いてきたから、お勝手の方に来てもらってもいいかしら。」
「あ、はい。」
「貴志君も、美緒のこといつも大切にしてくれてありがとう。優也君も、今日はありがとうね。じゃあ朝陽ちゃん、私もう少ししたら居間に行くから、いつも通りお勝手から入って、中で待っててね。」
そう言うと、おばさんは戻って行った。

「なんかあったの?」
優也が聞いた。
「うん、なんか私に渡したいものがあるんだって。」
「そっか。じゃあ、俺ら帰るよ。朝陽も帰り、気をつけてな。」
「うん、ありがとう。じゃあ、またね。」
私は二人と別れ、お勝手の方にまわった。


お通夜も終わったが、それでも訪問してくる人が数名おり、表ではおじさんが対応している。私は、言われた通りお勝手から中に入り、上がらずに声をかけると、おばさんが顔を出した。

「いつも通り勝手に上がっていいのに。」
「いえ、その、」
美緒ちゃんが居ないから…と言いそうになり、我に返る。なんだか、娘を亡くし憔悴仕切っている母親の前で、「美緒」の名を口にするのが憚られたのだ。
「そんなとこにいつまでもいないで、さあ、上がって。」
「はい、お邪魔します。」
台所を通りお邪魔したことのある居間に通してもらう。カーペットが敷かれ、その上にはテーブル、そしてシンプルな革張りのソファーと、テレビのあるその部屋は、私と美緒がよく遊んだ場所。私が貸した本が置いてある。

「今、お茶持ってくるわね。」

部屋にひとり残された私は、美緒に貸した本を手に取った。
美緒…なんで、自殺なんて。何があったの?悩みなんて、何も言ってなかったじゃない。

「美緒…」
「どうかした?」

突然声をかけられ、本から顔を上げると、お茶を持ったおばさんが無表情で立っていた。心臓の鼓動が早くなる。

「あ、いや、この本貸したけど、美緒読んでくれたかなーって思って…。」
「あぁ。」
そういうと、笑顔になりお茶を出してくれた。
「ありがとうございます。いただきます。」
「こんな風にお話するのも久しぶりなのに、ここに美緒が居ないなんて、まだ現実味がないわ。」
「本当です。いつも美緒と会うのは外でしたし。そう言えば、何か渡したいものがあるって言ってましたけど、なんですか?」
「それはね、…これなの。」
「アルバム?」

それは、1ページに1枚貼るような小さなアルバムだった。

「前にふたりで3泊4日の旅行に行ってたでしょ?その時の写真をアルバムにしてプレゼントするんだって、作ってたのよ。この時、朝陽ちゃんカメラ忘れたんだって?」
「そうなんです。しかも、スマホも調子が悪くて、全部美緒にお願いしてたんです。」
「とてもよく撮れててね、これなんて、綺麗な青ね。」
海で遊んでる様子や青空の下ご飯を食べてる様子、街中の露店で買い物をする様子など、ふたりで写ってるものや私ひとりの写真が丁寧にデコレーションされて収められていた。

1ページ、1ページ捲り思い出に浸ると、涙が出てきた。また、一緒に旅行行きたかったな…。
しかし、ふとある写真が目に止まった。
「これ…なに?」
「…どうか、したの?朝陽ちゃん。」
突然様子の変わった娘の友達に困惑した声を出す。
「いや、ちょっと待ってください。」
私は、全ての写真を最初から見直した。
「な、なに、これ…」
美緒の顔に、黒い点が増えてきている…?
でも、そんなこと。だって、この日のことも、それ以外のことも、思い出しても美緒にこんなにホクロなんて無かったよ。
「おばさん、美緒の顔、見せてください。」
そう言うと、おばさんの表情が固くなる。
「突然どうしたの…?」
「お願いします。どうしても確認したいことがあるんです。」
「ごめんなさい、それは、できないわ」
「…顔に、何かあるからですか?」
「!?なんで…」
「お願いします。おばさん。」
「いや、でも、それは…」
「香苗。」
「!あ、あなた。」
声のする方を見るとおじさんが立っていた。訪問してくる人もいなくなり、部屋に戻ってきていた。
「朝陽ちゃんには、いいんじゃないか。美緒と、本当に仲良くしてくれて、こんな風に思ってくれてるんだ。」
「でも、あなた、アレは…」
「アレ…?アレってなんですか?」
おばさん、何か隠してる。おばさんだけじゃなくて、おじさんも。一体何なの?
「おじさん、おばさん。お願いします、美緒の顔を一目でいいので、見せてください。私、どうしても確かめないと。」
「…分かった。」
「あ、あなた!」
おばさんは狼狽えていたが、おじさんに説得されて何とか落ち着いた。
「ただし。朝陽ちゃん、君はショックを受けるかもしれない。覚悟は、いいかい?」
「はい。」
私は、本当は覚悟なんてできてない。でも、きちんと向き合わなければ、私が何とかしなければ、そういう気持ちでいっぱいだった。

美緒の遺体が眠る部屋に通される。出棺は明日のため、今夜が家にいる最後の時間だ。棺の中に横たわっている美緒の顔を見るため傍らに行くと、おじさんは静かにを扉を開けてくれた。

「…!?」
私は声にならない悲鳴を上げた。それは、私の知っている美緒の顔ではなく、黒くて丸い痕が顔の至る所についた不気味な顔があった。
「おじさん、これ。」
「…警察から連絡があった日、私たちは確認のため急いで警察に行った。そして見せられたのがこれだ。顔は確かに娘のそれだ。しかし、なんなんだこの黒い点は…!」
おじさんは拳を強く握りしめている。
私は美緒の顔をずっと眺めた。ずっと眺めて、ずっと違和感を覚えていた。
「さぁ、もういいか。」
そう言うと、おじさんはまた静かに扉を閉めた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
私は意を決して聞く。
「美緒、不可解な死に方だって聞いたんですけど、これの事ですか?」
「それは…」
そう言い淀んで、おじさんは黙ってしまった。
すると、おじさんに代わりおばさんが答えてくれた。
「実はね、自殺だなんて言われてるけど、警察もよく分かっていないのよ。」
「それって、どういう…」
「美緒は、自ら望んで死んだのでは無いと思っている。」
そう言うと、おじさんが説明してくれた。

美緒は、ある日仕事に行くために駅で電車を待っていたらしい。その時にキーホルダーを駅のホームに落としてしまい、それが線路に転がり落ちてしまいそうになって、慌てて拾った。電車がホームに入ってきていたこともあり、急いで線路から離れようと背を向けたところで、まるで何者かに引っ張られるように、後ろ向きのまま線路に落ちてしまったのだという。

当初、警察は事件と事故も視野に捜査したが、ホームにいた目撃者の証言や監視カメラの映像から、誰かに突き落とされたとか、足を踏み外してバランスを崩したとか、そういった様子があった訳では無く、警察も混乱したそうだ。しかし、仕事で悩みがあったということで、結局は自殺として処理されたのだという。

「すみません、辛いことを話させてしまって。」
「いや、こちらこそすまない。この事は、どうか忘れてくれ。帰り、気をつけてね。」
そう言うと、座り込んで娘入った棺を撫でている香苗を連れ、部屋の奥に行ってしまった。
私は、渡されたアルバムと貸した本を持って、美緒の家をあとにした。


帰宅し、今日のことを考える。自殺だと思ったら、自殺ではなかった。それに、おじさん達が言ってたことも気になる。それにしても…

「後ろから引っ張られるように…か…」

そんなことを考えながら、茫然と、さっきまで見ていたアルバムを広げ眺めていると、はっとした。この黒い点、途中から出来てる。どこから?一体どこから?そう考えて見ていると、ある1枚の写真に目が止まった。
「これ…」
それは、旅行先の廃れた線路で撮った1枚の写真。廃れたと言ってもまだ現役の無人駅で、電車が来るまで暇だからと写真を撮ったのだ。


ん…?何か、写ってる?線路は1本しかなく、周りには草が生えてるだけ。その草の中に、何かいる?黒い、何か。

気がつくと、一気に怖くなる。なにこれなにこれ。だって、こんなとこに人なんて。いや、そもそも人なの?なんか、全体的に長くない?

そう考えていると、ある事に気がついた。美緒の顔の黒い点だ。あの時の違和感の正体。あれ、黒い点じゃない。黒い点、よく見ると柄がついてたの。渦巻き。まるで、指紋のような…

「そうよ、あれ、まるで何者かに顔を掴まれたような付き方してた…!」

もし、あの痕が指紋だとしたら?もし後ろから引っ張られるように落ちたと言うのが、本当の事だったら?この黒い点は、この駅の写真が原因だとしたら?

そう考えると怖くなり、私はアルバムを投げた。
気のせい、気のせいだ。これは、何でもない、何でもないんだ。だって、そんなこと、ある訳ない。

そう言い聞かせ布団を被ると、いつの間にか眠ってしまった。


夢を見た。私は、何も無い無人駅にいる。周りは草むらだけで、薄暗い電灯の中電車を待っている。すると、ホームの奥から誰かが来る。誰だろう、なんだか呼ばれている気がする。誰だろう。そう考えていると線路から声が聞こえた。
「朝陽」
線路を見ると、死んだはずの友達がこちらを見て、何か喋っている。
「アイツに近づいてはダメ。アイツに近づいてはダメ。」
「美緒…なんで、そんなとこにいるの!」
「朝陽、アイツが来る。逃げて、朝陽。朝陽。」
「美緒も!一緒に逃げよ!!早く!こっち来てよ!」
そう言って美緒に手を伸ばそうとしたところで目が覚めた私は、空中に腕を伸ばしていた。
「なんだ、夢か…」
私は卓上ランプをつけ、机に座り鏡を見た。酷い顔。時計の針は深夜2時を指そうとしている。今日は美緒の出棺だ。早く寝ないと。
そう考えていると、鏡越しに部屋の隅を見る。
何か、いる。そう気づき立ち上がろうとしたが、体が動かない。これ、金縛り…!?

黒い何か、黒い影みたいなのが、私に近づいてくる。どうしよう、動かない。動かない!なんで、私何もしてない!来ないで!やめて!怖い!!

私は目を瞑った。目を瞑って知らないふりをしようとしたのだ。すると、後ろから、顔を掴まれたような気がした。そして、後ろに引っ張られる。痛い痛い!やめて、やめてよ!美緒、美緒!助けて!!

首は後ろに倒され仰向けになっている。これ以上されたら、どうかしてしまいそうだ。

そうして祈ってると、顔から指が離れたような気がした。さっきまで力ずくで後ろに倒そうと顔を掴まれていたような気がしていたのが、無くなった。私は、そっと目を開けた。すると、私の顔を覗き込むように、真っ黒い顔からふたつの目がこちらを見ていた。

私はそのままあまりの恐怖に、気絶してしまった。

翌朝、起きてこない私を起こしに母親が部屋に行くと、椅子に座り顔を仰向けにして寝ている私がいたそう。

私は、急いで準備をして出棺に向かった。昨日のアレは何だったのか。それに、夢で美緒が言ってたこと。どういうこと?何も分からなかった。分からなかったが、ひとつ確かなのは、私にも黒い点が出来たということ。私と美緒を襲ったであろうものは、あの駅のホーム写真に写った謎の黒い影だということ。そして、その影が写真から消えたということ。

私の右頬に出来たひとつの黒い点。
今は小さな点でも、いつかは大きくなってしまうのだろうか。


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小説家になろうというサイトで「駅」をテーマに、初めて小説を書いて、投稿したものです。

そちらを退会したので、ちょっと手直しして載せてみました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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