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北欧ウォーク 5 585万のためだけじゃないデンマーク語劇場 王立劇場③

17世紀に造られたニューハウン港。正面奥の左手に演劇劇場がある

コペンハーゲンの3つの王立劇場

3つの劇場とは、言葉と身体で考えを語る演劇劇場、音楽と歌で世界を創るオペラハウス、人の舞いで心を表すバレエ芸術の古典劇場。どれも1673年に掘られたニューハウン港の近くにあります。
劇場のシーズンは8月末から長くて6月初めまで。 

海峡から見た劇場全景

☆  デンマーク語演劇劇場


オペラの建設はかなり評判でしたが、演劇劇場の建設はあまり話題に上らなかったようです。話題性には負けても、ニューハウンから海峡へ出ると、左手に建つ平屋根の劇場と、その前に広がる木製のテラスの美しさには魅了されます。海峡の向こうにはオペラハウスの平たい屋根が張り出しています。思わず「うーん」と唸ってしまいました。この劇場とオペラは対になっています。設計者が違っていても、お互いが称え合うようにデザインされていると感じました。オペラハウスの設計は高名なヘニング・ラーセン、劇場の設計はルンドガード&トランベリー設計会社です。海中に打ち込まれた、820本の木柱の上に、2008年に完成しました。

劇場前の木造テラスにはバー・カウンターが出る

海に面したロビーには毎日営業のカフェがあり、ガラス越しに行き交う様々な船の姿が楽しめます。手漕ぎのボートから大型の帆船まで。いつまで見ていてもあきません。2000年まで、ここはスウェーデンのマルメと50分で結ぶ、水中翼船の発着地でした。同年5月にデンマークとスウェーデンの間のオアスン海峡を渡る鉄道自動車橋ができて、異国への船着き場は消えました。代わりにさらに遠くの、創造の世界へのステージが生まれました。
ここで演じられるのはデンマーク語の演劇だけ。3つの舞台がありますが、最大でも650席です。専属俳優は男女各10人。演目はデンマーク作家のものだけでなく、英国やフランス作家の翻訳劇も含まれます。上演は月に10回程度。外国生まれの人口が1割を超す国で、正しいデンマーク語を聞かせる貴重な場所です。

右奥に見えるのがオペラハウス

デンマーク演劇については、古典劇場前に彫像がある、劇作家ホルベアの名前しか知りません。日本語訳がないので、作品も読んでいません。言葉がわからないので、観劇もしたことがありません。話しことばのデンマーク語は、講義や説明などで、これまで500人くらいから聞きました。九州程度の面積の国ですが、多くの島があるので、地域によっていろいろな訛りがあります。きれいに聞こえる人と、にごって聞こえる人がいます。どちらもデンマーク人が話してきた言葉なので、演劇劇場は大切にしていくことでしょう。ここは言葉と身体表現で新たな世界を作り上げ、それを楽しむ場ですが、生きているデンマーク語をまもっていく場でもあるのです。
暖かい日には、外側の木製のテラスに、移動式のバー・カウンターが開きます。テラスに電気のコンセントや、水道が埋め込まれているのです。主に夜に活躍する劇場なのに、昼間も、劇場に入らない人にも、楽しんでもらえるような工夫があります。わずか585万人だけが理解し楽しめる建物にしないために、劇場の前の海沿いの遊歩道、ガラス張りの劇場の概観、海峡を眺める人のために椅子が置かれたテラスなど、様々な工夫がなされています。みんな来てほしい、劇場に入らない人もこの場を使ってほしい、好きになってほしいという願いが伝わってきます。公共の建物は、こうでなくてはいけません。愛されたいと願うデザイナーは、それなりの仕掛けをしています。いい建築とはそういうものだということを、この劇場で教わりました。




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