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「あと何分で映画が終わるか?」を巡る応酬、そして映画「お嬢さん」のラストシーン

僕は「映画は映画館で観たい」と思うタイプだが、テレビやスマートフォンなどで配信作品を観るメリット(デメリットにもなり得る)がひとつだけある。

それは時間だ。

映画館は視聴環境の関係で、携帯電話の電源は切らなければならない。腕時計で時間を気にしながら観る人も少数派だろう。何となくの時間感覚(これが序盤なのか、中盤なのか、終盤なのか)は分かるものの、「あと何分で映画が終わるだろうか?」といったことは正確に把握できない

「メリット(デメリットにもなり得る)」と書いたが、映画のアートフォームを大切にしたい立場からすると、デメリットの方が大きいかもしれない。

例えば残り時間が20分だったとして。エンドロールを5分くらいと想定すると、本編は15分だ。ここで主人公たちの幸せそうなシーンが流れているとする。彼らを追い詰めていた悪役が隅に追いやられ、笑顔で談笑している。

しかし、まだ15分もある

それなりに優れた映画監督なら、15分の中で、もうひとつ展開をつくることは難しくない。しかも近年の映画は、終盤のたたみかけによって好評・不評が分かれることがある。「あっと驚くようなラストシーン」なんて感じの宣伝文句はほとんどデフォルトで、観客も慣れつつあるくらいだ。

しかし映画館なら、残り時間を正確に把握することができない。

「このまま終わるのかな?」
「もうひとつ展開があるのかな?」
「あれ、そもそもこれって終盤だっけ?」

というようなことが起こる。時間の感覚がない分、映画監督は作為する世界に観客を没入させやすい。

だが、残り時間を意識できる状態で映画を観ているとしたら。

「まだ15分もあるなら、もうひとつ展開があるだろう」
「終盤には違いないけれど、ラストシーンに何か仕掛けがあるのではないか?」

なんて、先回りして予想されてしまう。

これはけっこう厄介な問題だ。

物語の展開を良い意味で裏切り、全く予想だにしないラストシーンを観客とともに迎えること。映画の醍醐味のひとつであり、「配信」というアートフォームを意識した上でどのような映画づくりをすべきか悩ましいところだろう。

*

2023年公開「別れる決心」もかなり評判が良かった、パク・チャヌク監督。2016年に製作された「お嬢さん」は、映画館でも配信作品でも、どちらでも興奮が続く作品だ。

興奮が続く、というか、興奮が鳴り止まないというか。

騙す / 騙されるの駆け引き、というと陳腐な響きを感じさせるが、ただ表面的なスリリングがあるのではない。静かな海のように、主人公たちが暮らす豪邸はゆっくり時間が流れる。エロティックな書物を好む豪邸の持ち主(初老の男)と、屋敷から一歩も外に出ることを許されない秀子。そこに詐欺師たちが絡むことによって、物語は異様な動き方をする。

黒澤明による「羅生門」と同じようなスタイルを一部踏襲し、異なる視点で同じシーンを描き直す。そこに潜んでいる葛藤と、それが露見されたときに爆発する感情。筆致は落ち着いているのに、観る者を惹きつけてやまない絵画のようだ。

騙す、騙されるが続く展開。

普通観客は、「騙される」人間に多かれ少なかれ感情移入するものだ。だが「お嬢さん」では、「騙される」側への感情移入よりも、「騙す」行為が発生した背景に気が向いてしまう。

「なぜ彼は、彼を騙したのか」
「いつから騙そうと思っていたのか」

そんなことが気になり始めると、もう止まらない。

*

さて冒頭、「あと何分で映画が終わるか?」問題。

僕は「お嬢さん」をAmazon Prime Videoで観た。「お嬢さん」は2時間25分の長めの作品であるが、本編終了まで残り15〜20分という辺りで、束の間の「幸せ」のシーンが訪れる。

そこで僕は、「ああ、この『幸せ』はきっと破壊されるのだろう」と思った。固唾を吞んで彼らの「幸せ」を見つめ、そして15分後、何ともいえない余韻を味わうことができた。(僕はネタバレ至上主義ではないですが、ぜひ結末を知りたい方は映画をご覧ください)

パク・チャヌクはおそらく配信を意識し、こういったラストシーンを作ったわけではないだろう。キャラクターに思いを馳せたとき、「きっと彼らは、こんな行動をする」と確信し、物語を作り上げたように感じる。パク・チャヌクは美しい映画をつくることに非常に長けているが、改めてストーリーテリングの技術の高さにも舌を巻いた。

結果的に、「あと何分で映画が終わるか?」の裏をかかれた僕は、ちょっとだけ「映画における時間の概念」にケリをつけることができた。

本当に優れた作品は、どんなアートフォームにおいても傑作たり得るのだな、と。

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タイミング良く、8/2(水)〜8/5(土)に目黒シネマにてパク・チャヌク特集が組まれるそうだ。

上映される作品は、「別れる決心」「お嬢さん」「渇き」。スクリーンで、あの世界観に没入してみてはいかがだろうか。

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