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None of your business.(私のことは構わないで)

2023年10月15日の毎日新聞の朝刊。日曜連載「迫る」でフィーチャーされていたのは、プライバシー保護団体「noyb」を率いる法律家、マックス・シェレムスさんだ。見出しは「ネット時代 個人情報守り人」。

「noyb」は、「none of your business(私のことは構わないで)」の頭文字。

ヨーロッパを中心に議論が盛んなプライバシー保護法。その根幹にあるのは、自分に関する情報をコントロールする「自己決定権」という考え方だというシェレムスさんの言葉が紹介されている。

昨今、インターネットサービスの個人情報の取り扱いについて議論されることが増えてきた。とはいえ、僕たちが使っているインターネットサービスの多くは、サービス運営者が自在に個人情報を扱えるわけではない。法律もあるし、Appleのような大手プラットフォーマー各社がCookieの規制を強化することによって、個人情報を得られないというケースもある。

実際、サービス利用前や利用中に、プライバシー利用に関する「同意文」の承認プロセスが挟まれることが増えてきた。iOSのアップデート後に、サービス側が同意文のポップアップを出してくるのは珍しいことではない。

しかし残念ながら、それはユーザー本位の「デザイン」とは言い難い。

現在の同意文は、一言一句読まれる想定がなされていないからだ。

長々と専門用語が綴られている同意文。これらに全て目を通す人は少数派だろう。サービスを使えないと困るわけで、「まあ、大丈夫だろう」と軽い気持ちで同意することになる。

その結果、特定サイトを訪ねるだけで、似たような情報が山ほど「広告」として流れてくる。「ああ、またおれの個人情報をもとにターゲティングされているのか」と絶望感に似た感情が押し寄せてくる。

それに、往々にして同意以外の選択肢が与えられているわけではない。シェレムスさんは「データ利用の同意を強要している」とメタ社を訴え、粘り強く違法性を説き続く中で社会を動かしてきた。その結果、メタ社はヨーロッパでの個人データ取得のやり方を改める方針を示したそうだ。

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大学在学中から、僕はIT業界でインターンを経験してきた。

報酬をもらった経験でいうと、2004年秋から。日本でいうSNSの黎明期、そこから20年弱という時が経っている。

当時のIT業界とは、プレイヤーの多くが「ベンチャー企業」と呼ばれる形態をとっていた。ベンチャーバブル以前 / 以後で語られることも多いが、年次的に、新会社法ができて「資本金1円から会社を設立できる」ということで、多くの経営者が株式会社を選択するようになったと実感している。

ベンチャーVS大企業、という対比はもはや死語だけど、旧態依然として事業を続けていた彼らに比べ、ベンチャーで働く人たちは格好良く見えた。すさまじいスピードで、様々なサービスを作り出していたからだ。

メタ社のマーク・ザッカバーグの有名な言葉、「Done is better than perfect(完璧を目指すよりも、さっさと終わらせろ)」は広く知られている。多かれ少なかれ、ほとんどのベンチャー企業はそのスタンスに近いものを持っていた。とにかく作ってしまうこと。バグや問題が生じたら、そのたびに直していけばいい。

残念ながら、ベンチャーというエコシステムが成熟期を迎えているにも関わらず、同様のスタンスを持ち続けていることが多い。否、もっと正確にいうと、「『いいものを作れない』という言い訳に、Done is better than perfectが利用されている」ような状態ではないだろうか。

個人情報や各種データの取り扱いは、そんな世間の要請と、古き時代のベンチャーのスタンスの間で揺れているように思う。

だが、時代は変わるのだ。スマートフォンの隆盛により、情報端末はほとんど身体性を伴うような機器になっている。そんな時代に、個人情報を疎かにしてしまうのは、身体の一部を受け渡すことと同じ意味を持っている。

None of your business.

それが当たり前のものとして認められる時代は、遅かれ早かれやってくるだろう。だからこそ今、そういった考え方を理解し、「正しい」行動をすることこそ、大人としての振る舞いといえるのではないだろうか。

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