現実も妄想も超越した愛のかたちとは(映画「TITANE チタン」を観て)
世の中のすべての作品は、「内容」と「形式」のふたつで構成されている。
「内容」はいわずもがな、コンテンツの中身のことだ。作品の良し悪しを判断するにあたり、多くの人が「内容」によって是非を決める。面白いと思わせれば、その作品は賞賛に値するし、そうでなければ駄作と評される。
見逃されがちなのは「形式」だ。例えば映像作品の場合、テレビ、配信、映画などの「形式」がある。映画とは2時間程度のフォーマットで、映画館の大きなスクリーンで上映されるという前提がある。作り手は「形式」を理解していないと、内容が面白くても収まりが悪くなってしまう。
椅子について知らない作家が椅子を作っても、「椅子っぽい」ものが完成するだけ。「椅子とは何か」を突き詰めない限り、座り心地の良い椅子にはならない。
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という意味において、「TITANE チタン」は内容、形式申し分のない出来の映画である。
カンヌ国際映画祭における最高賞「パルムドール」を受賞した本作は、殺人、対物性愛、山火事、メタルベイビー、レイヴパーティ、妄想、家族愛……など、様々な要素が詰め込められている。
だかといって過剰さはない。
2時間という長さで、ものすごい幅の表現を可能にしてしまったという印象だ。僕がこれまで持っていた映画の概念がガラガラと崩れ落ちた。おかげで、また新しい地平のもとで映画が見られるような予感がする。
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なんといっても、主演のアガト・ルセル
本作は、「RAW 〜少女のめざめ〜」で長編映画デビューした1983年生まれのジュリア・デュクルノーさんによる、2作目の長編映画だ。
「とても複雑なパズルを組み合わせている状況でした」と語るように、かなり緻密に計算して映画作りに臨んでいたのが分かる。ただ何といっても映画のクオリティを押し上げたのは、演技経験のないアガト・ルセルさんの起用だろう。
彼女の演技、存在感はすべてが圧巻、スクリーンを完全に支配していた。シリアルキラーとして他人を惨殺し、逃亡するために自らの容姿を変える。かと思えば車に欲情し、裸になり、妄想癖の父に寄り添ったり。ラストシーンに至るまで、彼女の一挙手一投足に釘付けになってしまった。
現実か、妄想か
徹底的に現実を生きたのがアクレシア(演・アガト・ルセル)であり、妄想を現実にまで拡張させたのがヴィンセント(演・バンサン・ランドン)だ。この擬似親子の関係は、そんな明確な対比がありつつも、何とか連帯を保っている。
ヴィンセントにとって、アクレシアを息子だと信じ込むことは、もはや生きるために欠かせない。アクレシアが女性だと分かっていても、出産しようとしていても、全く予期できない生物を産み落とそうとしていても、アクレシアを信じるしかないのだ。
殺人犯として捕まるのを避けるため、アクレシアは、そんなヴィンセントを利用する。ヴィンセントが正常でない人間だと分かっていても、ヴィンセントの元を去ろうとしない。男性として振る舞うも、ヴィンセントの父性・男性性の魅力に少しずつ浸っていく。
そんな現実と、妄想の奇妙な邂逅が、見たこともないようなラストシーンを招くとは……。
現実と妄想を超越した、ラストシーン
ラストシーンは「出産」だ。
産気づいたアクレシアは、これまで正体をひた隠しにしてきたヴィンセントに対して、これでもかと己を晒すことになる。(自身の恥部でさえも)
デュクルノーさんは本作を「愛の物語」だと語っているが、それは親子としてなのか、恋人としてなのか、そういった関係性とは違ったレイヤーを指している。
現実も妄想も超越し、もはや人間かどうか判別しない生物を産み落とそうとするふたり。ともに出産に向かっているように見えて、命懸けでセックスしているようにも見えた。間違いなく「生きよう」としていたのだ。
生きること、愛することは、人間の作為において根源的な営みだ。それを現代社会は忘れようとしているという風刺的なメッセージでもありそうで。
エンドロールが流れ、思わず「ほおお……」と息をついてしまった。
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劇場公開から3ヶ月が経過するタイミングなので、なかなか鑑賞できる映画館が限られているが、ぜひ大きなスクリーンで観てほしいタイプの作品だ。
正直僕は、前半にみられるような、鮮血のシーンは苦手で目を背けたくなったのだが……それでも全編を通じて鑑賞すると、映画「TITANE チタン」の力強さをひしひしと感じることになる。まさに、傑作だ。
(映画館で観ました)
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