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中世イギリスの王様が、日本国憲法に関係していた件

はじめに

 今回は不思議な題名ですが、歴史の話からまず始めましょう。中世イギリスの王様が、遠いこの日本の憲法と関係があるというお話です。

中世イギリスのジョン王

 西洋史が好きな人は、中世イギリスの王様・ジョンのこともよく知っていると思います。有名なリチャード1世(獅子心王)の弟ですが、戦争で負け続けで大陸の領土を失うなど、失政続きでした。

 1215年、ジョン王は、戦争の費用などのために重い税を乱発したりしたため、バロンと呼ばれる諸侯や大商人たちの不満が爆発して内戦に至りました。ジョン王が自由な身分の者の権利を不当に侵害していると考えられたのです。

マグナ・カルタ

 反国王勢力は、国王の権力の濫用を防ぐための要求をまとめた文書を作ってジョン王に迫り、これに署名させます。この文書が有名な「マグナ・カルタ」(大憲章)です。
 このマグナ・カルタの中でも特に重要とされる条文を紹介しておきましょう。

第39条 自由人は、その同輩の合法的裁判、または国法によるのでなければ、逮捕、監禁、差押、法外放置もしくは追放を受け、またはその他の方法によって侵害されることはない(以下略)
第40条 朕は何人に対しても正義と司法を売らず、また何人に対しても正義と司法を拒否または遅延せしめない。

 マグナ・カルタはその後時代の流れの中でさまざまな修正を受けましたが、この条文は、法の適正な手続によらない限り逮捕・監禁などを行うことができないという趣旨だと解釈され、イギリスの歴史の中で、国家の重要な基本ルールの一つとして重んじられるようになりました。国家権力を動かす王様であっても好き勝手に人を処罰することはできないというルールを、王様に対して認めさせたということです。

法によって権力を縛る

 君主が法的な根拠もなくほしいままに権力を濫用して人を拘束することを法によって禁じるという発想であり、この「法によって権力を縛り、国民の権利の侵害を防ぐ」という精神は、後代まで生きていくことになります。

 注意しておきたいのは、ジョン王が、諸侯などの有力者たちの「もともと持っていた権利」を侵害したと見なされて反発を受けたということです。「国王が有力者や臣民に権利を与えてやった」と考えられていたわけではないことに注意して下さい。

日本国憲法の第31条

 さて、次にまた一つ、とある条文を見てみましょう。

 第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 さきほどのマグナ・カルタの条文に似ていると思いませんか。実はこれは日本国憲法の第31条なのです。

アメリカ憲法の定め

 日本国憲法のこの条文は、アメリカ憲法の修正第5条の一部にある

何人も、法の適正な手続によらずに、生命、自由または財産を奪われない。

 という定めに由来しています。

法の定める適正な手続がなければ、国家は処罰できない

この日本国憲法31条やアメリカ憲法修正第5条は、何となく眺めてみると、ごく当たり前のことを述べているだけのように思えるかも知れません。

 しかし、ここでいう「法の定める適正な手続」というのは、単に「法律で定めておけば何でもやって良い」という意味ではありません。

 公権力が国民に刑罰を科するには、法の定める「適正な手続」、つまり当事者に処分の内容を告知し、弁解と防御(反論)の機会を与えるなどの手続を保障した上で判断して行うのでなければならず、一方的に不利益を与えて良いわけではないという発想です。単に形式的に法律に定めておけば処罰できる(法治主義)という趣旨ではありません。

今も生きるマグナ・カルタの精神

 マグナ・カルタの上記の定めは、イギリスの法の中に生き続け、それがアメリカ憲法にも受け継がれて、終戦後の新憲法制定の中で、現在の日本国憲法にも反映されることになったのでした。

 マグナ・カルタの「法によって権力を縛る」という発想は、近現代の社会では、「憲法によって権力を縛る」「憲法によって人権を守る」という発想になって生き続けているのです。

 

 




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