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予定調和が嫌だから

ということを長らく忘れていました。今回はそんなお話。


THE MANZAIで見かけてからというものの、かなり大好きな芸人さん「三拍子」
このネタ、とても尖っていて良い。
「袖から出てきて挨拶して、ボケてツッコんで、もう嫌なんだよ! この予定調和が!」

で、高倉さんが歌いだすというネタ。急にオチのないフリップネタしだすし、お客さん舞台に連れてきちゃうし、別の歌歌い出すし、とんでもないアナーキーな5分なのである。
やばい。もう漫才でもなんでもないのに、これはこれで面白い。お客さんのどよめきもまた良い。「なにこれ……」みたいな空気感を含めて一つのネタなのだ。

一体感がすごく良い。ライブ行きたい。

普段の三拍子は時事ネタだったりを真面目に不真面目に紹介するネタが多い。爆笑問題スタイルといえばわかりやすいだろうか。そんな中、たまにこういうことをする。その不規則性が「笑い」に変わるのだ。

引くほど笑った。

この「予定調和」。私が無意識の中で囚われているものだったのだ。
バチっと自分の中にハマったからこそ、笑ったのだろう。

予定調和になりたくなくて、自由になりたくて、人と違うことをやってみた。ずっと自分は脇道に逸れ続けていた、つもりでいた。
やりたいことやってるし、行きたいところにも行っている。書きたいことも書けている。
でも、ずっと心の中は渇きでいっぱいだった。

どこかで「真っ当な人間にならなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」というのが無意識にあったんだろう。
普通になった元恋人のことはこき下ろしたくせに、その普通さは私にもあったのだ。
そのくせに、好きなことばっかりで、将来を真面目に考えない自分もいて。

矛盾である。しかし、人間は矛盾を抱えるものである。
愛おしいじゃん。でも焦りはその矛盾を「最悪なもの」だと決めつけてしまっていた。こんな人間、ダメじゃん。終わってる。もう無理。絶望的。

時期的にまだギリギリ引き返せるからこそ、真面目な部分が大きくなったんだろう。
「いつまでこんなこと、しているつもり?」
そんな幻聴が聞こえてきた。いつまでするんですかね。

学生の時間が減っていくにつれて、「何かしなきゃ」とかいう焦りがあったんだと思う。
「何かしなきゃ」が「なんとかしなきゃ」になって、迷走した。
なんとかしなきゃと思えば思うほど、やっていることに自信がもてなくなった。
たくさんの好きなことが「こんなこと」に押し込まれて、「もっと何かをしなくちゃ」になった。

だから、全部掴んだものが砂になっていくような気がして。

「何がしたかったの?」と言われるのが怖くなって、自分のしていることに胸が張れない。
「こうあらねばならない」が加速して、理想が強くなって、今の自分が嫌になった。
「何にもできてないじゃん」になって、落ち込んで、でも弱みを誰にも見せられなくて、もっと落ち込んで。

今年に突入して、楽しい時間をたくさん過ごして、面白い経験もたくさんして、書いて書いて書きまくっていて、それで気がついた。自分が焦っていることに。
素敵な人にたくさん会えた。心の底から尊敬して、「大好き!」って言える人ができた。
それに比べて、自分ってなんて何も出来ないんだろうと思ってしまった。

私には何にもない。ちょっといっぱい文章が書けるだけ。
何もなし得ていない、どこにでもいる、普通の(もしかしたら普通以下の)クソガキなのである。と、思っちゃった。

客観的にみた私を考える。就活に必要らしい。

学生。そこそこに本を読んでいる。
就活はしていない。社会に出そうな雰囲気もない。
小説とかエッセイとか書いている。
本を自費で作ったりもしている。
恋人はいない。
なんか拗らせている。

「カスじゃん?」

定職についているわけでもなし。結婚の予定もなし。親泣かせ役満じゃないかと。
親に関するコンプレックスもなきにしもあらずだから、もうぐっちゃぐちゃである。

メタ認知とか客観的な自分の観測があまりにも自分に向いていなくて。
でもなんか、社会に出るためには必要なスキルらしいので、やってみたら普通に凹んだという。社会出れないじゃ〜ん。
今年頭のハイになっていた気持ちはだんだん下降して、月日が進むごとにヤバい方へ加速していった。

3月くらいで第一ウェーブがきた。「このまま私、どうなるんだろうか?」その小さなモヤモヤを口に出したところ、「本当にやばくね?」と危機感になって焦り始めた。

ちょうどいろんなことが落ち着いて、新学期まであと少しというところで、どんどん落ち込んでいった。

情緒が乱れ始めてから、不安や焦りもだんだん大きくなって5月あたりで爆発した。第二ウェーブ。先月である。
就活している同級生、卒業していった後輩。「このままどうするつもり?」みたいな視線がずっと刺さり続けていた(まぁ直接言われることは数える程度ですが、それに視線が刺さっていたかもにわかには信じ難いですが)。
それを増幅させたのは私なんでしょうな。

ついでに来年は卒業ということもあって、今後をいよいよなんとかしないといけない時期にもきていた。将来なんて何も決まってない。
ただ、この日々が続けばいいとだけ思っていた。でも歳は取っていくものだから、いつまでも学生でいるわけにはいかない。とも思い込んでいた。

真面目に勉強しているかと言われたら大きく頷くこともできない。めちゃくちゃ面白い文章を書けているかと言われても「おう!」ともならない。
あれ? 私なに??

自信がないのである。

「私なんてまだまだ」「むしろ何もしていないまである」とかが口癖で、それを口に出すたびに本当にそうなのかもしれないと思い込んでしまう。多分、そんなことはないのである。結構色々とやってきたはずなのである。

でも、「何もしてない」と言ってしまうから掴んだものが全部すり抜けてしまっているような、そんな気持ちになる。悪循環である。

これ、今まで無意識で行っていたのだ。怖いよねぇ。

「自分を卑下されると、こっちも扱いづらい。酷い人だったら、こうやって遊びには行かないですよ。嘘でもいいから自分を持ち上げてくださいよ」
と、ズバッと言ってくれた後輩の言葉で目が覚めたんですよね。ラブ。

自己肯定だとか、自尊心だとかを取り戻すのはもっと長くかかるかもしれないけれど、でも、これ以上マイナスになることはなさそうだ。

歪む現実

ただ、焦りは加速していって、現実がどんどん歪んでいった。

なんか、みんな私の悪口言っているような気がするし、笑われているような気がするし、馬鹿にされているような気がするし。「お前には無理だろ」的な幻聴も聞こえてくるし、あとちょっとで何かしらの何かしらを発症させていたかもしれない。

けっこうヤバい感じになっていた。毎晩泣いていたのが、時間帯関係なく涙が出てくるようになって、過呼吸も止まらなくなって、何に悩んでいるのかもわからないのにモヤモヤして、何も手につかなくて……。

知人に多額のお金を貸しかけたり(全力で止められた)、公共の場で泣き出したり、車のバンパーを壊したりした。

やってもうたと思ったときに、いろんな声が押し寄せてくる。

「恥ずかしい」
「もう関わりたくない」
「なんでこんなことも出来ないのか」
「嫌い」
誰も言ってないんですけどね。
でも聞こえるんですわ。

亡霊? いやいや、多分一人じゃない。今まで聞いてきたたくさんの声だろう。
たくさんの過去の亡霊たちが、私が作り出してしまった過去の人たちが、私の口を借りて言うのだ。

「お前、いらない」って。

誰からも求められていない気もするし、誰からも好かれていない気がする。
孤独感が強くなって、希死念慮も強まった。

で、これ、キワキワをつい最近脱しました。
声が聞こえてくるのは随分と減った。

どうやったのか。
「予定調和を狂わせてみた」のだ。

ようやく本題

休学である。
休学するのである。
先延ばしにも思えるこれが、私の心を救った。

休学する、ということもそうだし、「自分の時間を自分で確保した」という達成感も助けて、被害妄想的なところが徐々になくなっていった。
誰かに何か言われてそうしたわけではなくて、自分で考えた結果、導き出したもの。
その達成感と、時間を作って改めてしっかりと学問に向き合おうという決意が、ちょっとだけ私を前向きにさせた。

まぁとはいえ、進路のことだから、家族の許可をが必要。まだまだ学生なのでね。

いうて私も人の子でして。親の子供であるわけで。
勝手に休学届けを出してもよかったけれど、私は親とこれ以上心の距離を離したくないと思っていたから、良い機会だと思って、切り出した。
仲が絶望的に悪いわけでもないし、盆と正月は帰るようにしていたけれど、将来の話だったり自分の考えていることの話はなんとなく避けていた。私も避けていたし、両親も避けていた。気がする。

相談することも苦手だったから、私は過程を全部吹っ飛ばして「休学したい」と切り出した。
「急にどうしたんや」から始まる家族会議。
そりゃそうだ。

私の両親に対する猜疑心というものが思った以上に根深くて、自分も心を開いていなかったことが話している時に気がついた。

だんだんとわかってきた。お互いに、いじっぱりで、頑固であった。親子ですね。

気がついたら、もうそこからは早い。もう、全部言っちまおうと思ったわけ。
親の一言をずっと引きずっていたり、それを何度も反芻させて悪い方向に考えていたことも、すぅーっと引いていった。

親は神様じゃない。
完璧なわけではなかった。親の判断だけが正しいわけではないのだ。
10年間残っていたしこりみたいなものが、じゅわーっと解けていった。

自分の本心を話すのは、(文章以外では)本当に初めてで。
びっくりだよね。今までちゃんと親と話したことがなかったのだ。

めちゃくちゃ話あって、互いの気持ちも話して、最終的には「じゃあ、休学してみるか」と、判をもらった。
家族との和解である。

色々と話していくうちに両親は思ったよりも悪人ではないとわかったし、なにより私のことを結構大事に思っていることもわかった。連絡もなくなってしまうと互いに互いの人物像が過去に固定されてしまうものである。
で、勝手に自分の中で架空の家族を作り上げて、勝手に悲しませたり、怒らせたりしていたのだ。それに気がついた。

親としても、そりゃ真っ当になってくれたら文句はないけど、だからといってやりたいことがあるなら……みたいな感じだった。
そうじゃん。
作家になりたいって言って一番応援してくれたのは親だったのに。
なぜか、私はずっとそれを忘れていた。思い出したから、もう最強だ。

家族ってやっぱすごいなって思う。第三者よりも良くも悪くも強い力を持っている。
良い影響も、悪い影響も、家族は何百倍にも増幅させる。と思う。
第三者に言われる言葉の何百倍も、強く心に響くのだ。良いこともあるし、悪いこともある。今までは悪いふうにばっかり受け取っていて、それを自分の中で悪いように増幅させていた。
けれど、心を開いて、自分の本心を言って、自分のやりたいことも宣言できて——それで返ってくる家族の言葉は、本当にあったかく、良い風にしか聞こえなかった。

そこから、心が異様なほどに軽くなった。10年来のしこりが取れたんだもん、そりゃ、楽になるよね。

家族と向き合うことで、ようやっと家族愛的なものに触れられた。
ようやくかって気持ち。でも遅すぎることはない。

全部が無駄なわけじゃなかったと、ようやく身に染みた、気がする。
焦らずに、ちょっと立ち止まって考えることによって、それができた。

「こうあるべき」
「こう見えるようにならなきゃ」
「来年に卒業しなきゃ」
「社会人にならなきゃ」

周りがなっているものと、私がなりたいものは明らかに違う。
違うのに、誰かの「予定調和」になろうとして、でもなれないから、焦って、周りが見えなくなっていた。
予定調和、実はそんなものはないんだろう。ないから、嫌なんだ。

事実としての現実

大学で学んできたこと、文章を書くことの楽しさ、出会ってきた人たち、全部が素敵で、美しいものだった。
焦ることも、無理する必要もなかった。いや、あったからこんなにもたくさんのものを見れたのかもしれないけれど。でも、一つずつを受け止める時間が少なかったのは事実だ。

その場所、その瞬間、その人の輝きを都度見て、都度感動することの余裕がなかった。

過去に縋って、自分を取り繕って無理やり繋ぎ止めたいものもあった。
好きな人や尊敬する人に「素敵な自分」を見せたかった。

けれど、ハリボテは見抜かれるもので。そんな風に取り繕った私はさぞかし滑稽に見えていたんだろうなぁ。
ゆっくり考えて、いろんなことを思い出す。嫌なことも、辛かったことも、もちろんあるけれど、それに負けないくらいたくさんの素敵なことがあった。

マイナスな気分な時は、どうしても自分に追い打ちをかけそうになる。幸せな思い出を忘れちゃうのだ。
ちゃんと見返す。ちゃんと思い出す。
書いてきた文章の、私の、どこが空っぽなんだろうか。

やぁね、周りばっかり見て。焦っちゃたりなんかして。
自分のこと見ていないで、落ち込んじゃってさ。

ずっと鬱屈とした精神の中もがいていたけれど、別に誰も助けてはくれない。外に出してなかったからね。

気づいて、キラキラを取り戻すはいつだって自分の手だ。

自分のフィルターを通さずに努めて思い出す。ちゃんとある。ちゃんといる。
私を人間として認めてくれた人はたくさんいる。たくさんの人が私に素敵なものを送ってくれていた。

過去に縋りまくる、というのもまた違うのだけれども。

私が変わるように、人も変わるのだ。

めちゃくちゃ過去に縋って、「あの時はこうだったのに」と思い返して現実のギャップで苦しむ。

苦しんで、また架空の人物、環境を作り出す。私はまだまだクソ弱くて、変わってしまった人、状況、場所をしっかり捉えることを恐れていた。
変わってしまったその人が、元々そのままの人だったのかどうかを考えるのも、怖かった。

それでも今、そんな私を好きでいてくれる人がいっぱいいるから「いいや」って思える。

案外、私はいろんな人に求められていた。いろんな人から愛されていた。両親がその代表じゃん。

いつでも話をしてくれていいと言ってくれる人がいて、私を心配してくれる人がいて、悩みに真剣に答えてくれる人がいて。
「こうあるべき」「そんな行動あり得ない」なんて否定する人はどこにもいなくて

そのままの私を受け入れてくれて、むしろ何に焦っていて、どこを気にしているのかを一緒に考えてくれる人ばかりだった。
こんなにも素敵な人に囲まれていたのに、私は過去の亡霊に取り憑かれていたままで。

情けなかったけれど、恥ずかしかったけれど、その人たちがまだまだ私のそばにいてくれているので、かなりかなり幸せ。
人に恵まれた人を羨ましがっていたけれど、自分だってそうだった。自分が全く見えていなかった。

やめること

ご縁だとか運命だとか目に見えないものを全部否定するわけじゃないけれど、それに執着して本質を見ないのは、もうやめる。
繋がった縁は、そりゃ、尊くて大切なものだ。
でもそれはお互いにそう思っているから成立するもので。
私ばっかり大事にしようしようと思うことは、やめる。
悪いように使われることが私の場合、多すぎる。お金たかられるし。他にも色々あったけれど。

全部身に降りかかったものを「これもまた運命……」とか思うのもやめる。
運命なんて予定調和そのものじゃんか。
自分で切り拓いていきたいじゃん。めちゃくちゃデカい地球の中にいる80億分に1が何したって、いいじゃん。失敗したって、いいんだから。
悲劇も喜劇も全部捉えようなのだ。ネガティブに受け取ったとしても、「じゃあこれからどうする?」って考えるのが大事。
今この瞬間の私が一番若くて一番強くて一番かっこいいのだ。

一人で生きようと思うことも、やめる。
私の周りにはたくさんの素敵な人たちがいて、応援してくれて、話を聞いてくれて、引っ張ってくれるのだ。
私がゴチャゴチャしどろもどろになっていても、聞いてくれる人はたくさんいる。チャンスもたくさん転がっている。それを掴んで、しっかり向き合えばいいのだ。
素敵な人、大好き。みんな、大好き。大好きな人たちと一緒に生きていければ、それでいいじゃん。

社会的ステータスにこだわるのを、やめる。
恋人がいない。一般的には婚期的なものがじわじわと忍び寄ってる、らしい。
職についていない。同世代のほとんどが社会人だ。
けど、焦ってよくわからない人と付き合うよりも、よくわからないまま企業に行くよりも、自分自身を充実させた先に待っている人と、一緒に生きていけたらいいかな。
焦ったっていいことないのは、お笑い芸人の下積み時代と両親の結婚エピソードから学んだ。

「あるべき自分」なんてものはきっと何もない。
「求められている自分」になる必要もなかった。

尊敬される後輩、従順な後輩、魅力的な女性、面白い友人になる必要はなかった。
そんな風に焦って取り繕うことこそが、自分を削っていくことになるんだろうな。

焦ると、今までの積み重ねも、今までの考えたことも記憶の彼方へ飛んでいってしまう。かなりかなりもったいないことだ。
自分で自分を痛めつけなくても、痛めつける人はいる。痛めつけ係はその人に任せておけばいいのだ。

どうして傷ついて、どうして痛むのかを考えて、自分自身を癒すので精一杯なのだから。そのままの私を、一番好きでいられるのは私だ。

私は私のまま生きる。シクヨロ。


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