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ビッグラブだと思っていた恋人は、別にビッグラブではなかった

「好きなんだけど」
「え、何が?」
 本当にわからなかった。何の話をしているのだろうか。
 彼は、一瞬キョトンとしていたけれど、その後に私の名前を言う。
 あなたが好きなんだけど、と。

 彼はとても真面目で、純粋な人だった。その人にごめん、付き合えないとは言えなかった。多分、私のせいで傷ついてほしくなかったのだ。
 付き合ってから、傷つくかもしれないけれど、その場瞬間のダメージのことを考えてしまった。
 そんな打算的に付き合ってしまった彼だったけれど、しっかり向き合った結果、今はものすごくビッグラブになりましたとさ。これもまた別の話。
https://note.com/horio34/n/n97a32ec67eab
モラハラ彼氏との記憶

 これが、馴れ初めだ。
 しかし私はこの後一年付き合った結果、ビッグラブではないことがわかって、別れた。
 付き合った期間は2年間。ビッグラブではなかった。

そもそもビッグラブとは?

 元々、恋愛がわからない人だった。私が。

 恋愛映画も苦手だし、ラブコメも苦手。ドラマなんてもってのほか。
 美男美女がイチャついているのを見て何が楽しいのかと。全く感情移入もできないし、「こんなことされてみたい!」という無邪気な気持ちもなかった。
 壁ドン、顎クイなどなど私の学生時代には大流行しましたが全く魅力を感じませんでした。近寄るなと。

 恋愛感情が完全に欠落していることに最近気が付いたのですが、それまでは本当に苦しかった。

 なんで普通の人が感じるものが私にはわからないのだろうと。
 他の出来事には共感できるのに、恋愛に関しては一切ダメ。何も感じない。共感すらできない。恋愛って何!? キュンキュンって何!? 感覚でしか教えてくれないものを言葉で受け取るなんて無理な話だった。

 そんな私を好きだと言ってくれる人は少なからずいました。

 それが例の彼だったり、直近のだったり。他にも若干名言われたことはあります。ありがたいことに。

 恋人がいない時はお付き合い、恋人がいるときはごめんなさいして二十三年。恋も愛も相手からばかり受け取る人間が出来上がってしまった。

 私は、私の抱く恋も、愛もわからぬ。

 付き合っている当時はビッグラブだと思っていたことも、冷静に考え直せば向こう側の一方的なビッグラブだった。相手は私のためを思って、私のことを考えて色々なことをしてくれた。
 そりゃ、ビッグラブを感じた時は嬉しかった。私のために、私のことを思って、温かい反応があるのは喜ばしいことだった。

 が、しかし。段々彼のビッグラブの中身があんまりにも空っぽなのに気がついて、それが怖くもあり、恐ろしくもあり、そしてそれが私という人間でなくても育っていくものだというのに気づいて、逃げ出したくなったのでした。

 確かあのモラハラ彼氏のことを書き出したのは彼と付き合って一年ちょっとが経った頃だった。あの頃は、彼にビッグラブを抱いていたと思っていた。

 しかし、思い返せばあれはラブではなく、依存や執着みたいなものだったのではないかと思うんです。自分のことが嫌いで、嫌いすぎて、好きだと言ってくれる人に縋っていただけなのではと。
 だから、彼の優しさに甘え続けていたのだろうと。それをビッグラブだと形容していたのかと。

 まだまだ私はビッグラブがわからない。

恋人との思い出 出会い編

 真面目で純粋な人だった。
 私との将来を考えてくれる人で、まっすぐな目で私を見てくれる人だった。
 私の夢に向かっている姿が素敵だと言ってくれた。夢を応援してくれる人だった。
 と、思っていた。

 告白された当時、私の精神状態は荒れに荒れていた。モラハラ彼氏にメタメタにされ、交友関係も激狭だった私は誰にも頼ることなくなんとか一人で耐えている状態だった。

 最強だったけど、負った傷はまだまだ癒えていなかったのだ。
 そんな時に、声をかけてくれたのがその彼だったのだ。そりゃ、頼りたくなっちまうものです。

 恋愛感情は相変わらずなかったものの、というかわからなかったものの。
 彼の真面目な交際の申し出を断る理由なんてなかった。彼氏もいないことですし。

 まぁ強いていうなら、同じコミュニティの人間なわけだからちょっと別れたら気まずいかな、くらいにしか思っていなかった。
まぁ、でも別れなきゃいいのか! とも考えていた。
 数日間の付き合いなら、なかったことにできるし、長期の別れになるなら、その時に考えてれば良いのだ。

 私は、かなり楽観的だった。

 付き合いたての頃は、本当に今までの恋人が嘘のように楽しかった。恋人と一緒にいるのってこんなに楽しいんだ! と普通の幸せを噛み締めていました。
 それに、結婚すると思ってました! マジで! 

 何より、彼は私のことを否定しなかった。むしろ、肯定してくれた。
 精神がめちゃくちゃだった私はことあるごとに「私なんて本当にゴミカスでさぁ」と話し出すような激ヤバ人間だったのだが、彼は「なんでそんなこと言うの!」とぷんすかするだけで、その状態の私を否定しなかった。

 むしろ、支えてくれたのだ。支えようとしてくれたのだ。
「可愛いよ、良いと思うよ」
 優しくて甘い言葉に私はだんだん彼と離れられなくなっていた。もっと褒めてほしい、もっと認めてほしい。そう思ったのだ。私はまだ柔らかい言葉を受け取っただけで、その中身についてはしっかり検討していなかった。

 私はずぶずぶと彼の優しさにはまり込んでしまった。週に一回程度会う関係だったけれど、その時間のために一週間を耐えた。会えない間メッセージを私が送っても彼の反応は薄いものだった。

 だからこそ躍起になっていたのかもしれない。
 話を聞いてほしい、慰めてほしい、彼を求めれば求めるほど彼は面倒くさがった返事ばかりが返ってきた。メッセージのやり取りの仕方を話し合った時、これらは全部彼の無意識で起こっていたものだった。きょとんとした顔で「そんなつもりなかった」と。

 無意識の飴と鞭で私は彼から離れられなくなってしまった。

 彼は彼で、自分の予定を平然と優先させていた。付き合いたての彼は、本当に私に興味がないかのように振る舞っていた。聞き出せば「付き合いたてで、どんなことをすればいいかわからなかった」から、連絡も返さなかったし、デートも完全に受け身だった。

 私は私で「ようやく幸せになれる!」と無理をしていたのかもしれない。モラハラをしてこない、私のことを否定しない彼をなんとか手に入れようと躍起になっていた。自分の辛いことや、それなりに起こっていたフラッシュバックを全部押し殺して彼に接していた。

 しばらくして彼の前ではいつも明るくて、元気な女の子を演じようと、なぜか固く誓ったのだった。弱いところを見せたくない。そう思っていた。

 そんな態度を取り始め、お付き合いから一ヶ月くらい経ってから、ようやく彼も心を開き始めていた。私にたくさん「好きだよ」と言い、ことあるごとに「かわいいね」と言った。その肯定的な発言が嬉しくて、私は彼と離れられなかった。

 否定されない。これがどんなに幸せなことか! 

 付き合って二ヶ月くらい経ってから、口癖が「同棲」と「結婚」になっていた。ヤバい。
 もしかしたら、言い聞かせようとしていたのかもしれない。これが幸せなんだ、これが一生続けば良いのだ。モラハラしないのが幸せなのだと。

 これは恋愛じゃない。依存だ。それも、一方的なものだった。

恋人との思い出 違和感編

 彼とのラブラブ記憶は四ヶ月くらい続いた。その終止符が打たれたのは強制的に遠距離恋愛に切り替わったからである。

 物理的な距離を置いてから、だんだんと頭が冷えてきた。もちろん、執着もあったし依存もあった。
 けれど、物理的に会えないものだから、その気持ちも長期間は続かなかった。
 彼はこの依存関係に気がついていたのだろうか。いいや、きっと気づいていなかっただろう。私も気づいていなかった。

 モラハラを経験してから、人のことをあんまり信じなくなって、自己肯定感も限りなく低くなった。
 今もそのケはあるけれど(だいぶマシにはなったけれど)、当時はその傷を癒そうとしてくれる恋人の存在がとてもありがたかったのは確かだ。その癒え方がどんなものであれ。

 たくさん肯定してくれた。たくさんのビッグラブをくれた。

「そんなに悩まなくて良いんだよ」
「あなたはそのままで良いんだよ」
「今のままで十分に素敵だよ」
「頑張らなくても良いんじゃない?」 

 彼は、「今」の私を肯定してくれた。

 ぬるま湯だ。彼は一切私を否定しなかった。それが彼のビッグラブだった。

「かわいいねぇ」
 私が何かするたびにそう言って肯定した。何を食べても、歩いていても、無条件に私に「かわいい」と言った。

 ん?
遠距離が始まってから、だんだん彼の発言に引っ掛かりを覚え始めた。
 かわいいってそんなにも便利な言葉だっけ?

 違和感はあったものの口には出さなかった。なんでも褒められれば嬉しいものだ。今まで全く褒められてこなかった私は、その言葉がいかに空っぽでも気が付かなかった。気が付かないフリをしていたのかもしれない。

 それくらい、誰かに褒められること、認められることに飢えていたのだ。彼は私が夢に向かって進んでいる姿が格好良くて惹かれたと言ってくれていた。
 私の夢を、心の底から応援してくれていた、のだ。すごく嬉しかった。否定しないで、応援してくれる人が、なんと恋人なのだ。これ以上幸せなことはないだろう。

 しかし、それが本当にそうなのか疑い始めた出来事があった。

「こんなの書いたよ!」
 長編小説を書いた。賞に応募するべくした書いたものだ(まぁ落選したのだが)。
 文量は二万字程度、私からしたら、ちょっとの量だが、文字数を見た彼は少し表情を歪めた。「うわぁ、今はちょっと一気には読めないかな」

 まあ確かに、彼は本を読まない人だ。文章が苦手な人であった。
早急に読んで欲しいわけでもなかったから、別に急かすつもりも感想を求めるつもりもなかった。

 感想は1度ももらっていない。

 他にも、短いエッセイは何本か送ったりしていた。「見て見て!」と、ただ純粋に読んで欲しかった。が、反応は渋いものだった。

「ありがとう、時間が空いたら見るね」
 彼の時間は永久に空かなかった。

 彼とお付き合いしている間にたくさんの作品を書いていた。「こんなの書いてるよ!」と言っても一度も「読んでみたい」とは言われなかった。だから、私も段々積極的には自分の作品を共有しなかった。

 おやおや?

 もちろん、私の書く文章が激烈につまらなくて、激烈に興味がなかったのかもしれない。しかし、しかしだ。
彼は、私の夢を応援してくれる一人なのだ。なぜ一文字も読まない……?

 彼は一体私の何を応援しているのだろう。そう疑問に思ったのだった。

 私が何かを書く姿勢は何度も彼は見ていた。しかし、一度も彼はその内容がなんなのか気にも留めたことはありませんでした。おかしい。彼は何を応援しているのだろうか。私が何を書いているのかにも無頓着だった。

書いている姿に「頑張ってるね」と言うだけだった。いや、頑張っていないのだ。楽しくてやっているのだから。私が楽しいと思うものを、楽しいと思って欲しいだけなのに。

 もちろん、応援する形はそれぞれである。
 最初の方はそう思っていました。

 でも私はだんだん強くなって、自分の夢を隠すことなく周りに言い始めた時、彼と同じように「応援してるよ!」と言う人もいれば「読ませてほしい!」と言ってくれる人も増えてきました。

 両親に「作家になりたい!」と言ったのはつい最近のことです。

 すると、「じゃあ書いたやつ送って」と言ってくれて、気がついたら両親のみならず祖父母も私の小説を読んでくれました。
 ついでにアドバイスなんかもくれます。「よくわからん」と言いながらも全部読んでくれました。ちょっと感想もくれます。それがとても嬉しかった。

 私のエッセイを読んでくれた人から、「実は同じようなことで悩んでいていて。辛い経験だったかもしれないけど、面白くて一気に読めたよ」と言ってくれる人もいた。
「本気で作家になれると思う。応援してるよ」すごく嬉しかった。酔っ払ってたら泣いてた。

 読んでくれる、それだけでものすごくエネルギーになるのだ。ただ一言「よかった」「面白かった」と言われるだけでどれだけ多福感に包まれるのか。

 文章を書くのが大好きなのだ。だから大好きなものに興味を示してくれるのは、認められるのは、とてもとても嬉しいことなのだ。嬉しいから、エネルギーになって、もっともっとたくさん書いちまうのだ。

「応援する」というのは、ただ「がんばれ!」と声をかけるだけではないことだと思っていました。実際に自分で行動を起こすことだと、思っていました。

 だからこそ、段々と彼の態度と行動に違和感を持ち始めました。この人は本当に私のことが好きなのか……? 応援、してくれているのか……?

 一番近くで見ているはずの彼が、全く興味を示してくれないのは悲しいことだ。興味はあったのかもしれない。ただ、それは私には伝わらなかった。
 一番近くの人がそんな態度だから、段々と私の筆は渋くなりはじました。キーボードを打つ手が重い。アイデアが浮かんでこない。

 一番近くにいる人が、私を見てくれないことが、自分で考えている以上に辛いものなんだと思いました。
 なんでなんだろう。そんな疑問が膨らんでいって、一時期は筆が完全に止まってしまった。彼の好みの文章を書けばいいのか? でも、それはきっと私の書きたいものではないし……。

 最強だった私だったけれど、これからも関係が続いていきそうな人が全く私に興味を示していないような気がして、少しだけ弱くなった。もしかして、私が間違っている? 私のやっていること、全部違ってる? 

 彼はたまに夢物語で、「俺はこういうビジネスをする。その時にあなたに看板娘みたいなものになって欲しいんだ。コンセプトは文学で——」と語っていた。

あれ?
彼は本を読まない。なんで? 純粋にそう思った。それから、彼の夢に私の夢が入っているんだと言うことに気づいた。
 でも、彼は私の文学を知らない。私の書いている内容を知らない。知らないものをどう売り出そうとしているのだろうか。

恐ろしくなった。むしろ、無理やり私が彼に言わせているのではないかとそういう気持ちにもなった。
 彼には彼なりに応援の仕方があったのかもしれないけれど読まずに形ばかりを押し上げている気がして、嫌な気分だった。

 ケーキが好きだからと言って、提供されたケーキの写真だけを撮影して帰宅するのだろうか。一体どこのインスタグラマーなのだ。
 大食いが得意だと言って、こっそりカメラの外で吐いているタレントと何が違うのか。

 そんな人の声を誰が信じるのだろうか。信じられない。

 けれど、応援スタイルが様々あるのは確かである。野球ファンが「今年の〇〇はダメだなぁ」とか言って、その球団のユニフォームを着ながら観戦に行くのだって応援だろう。一見矛盾した行動を取っていても実は……みたいなこともあるだろう。

 なので、静観することにした。そして観察することにしたのだ。 

好きだけど、応援はしていない

 と言うのが私の結論だ。結局お別れを決心する時まで彼の態度は変わらなかった。

 彼には夢があって、私はその夢を心の底から応援していた。
まぁ日本一周なんですけど。遠距離になったのはそれが原因だった。

 一年かけて行われたそれに私は月一くらいの頻度で彼の元へ向かっていた。彼が私の顔を見たいと言うから。ビデオ通話じゃ足りないと言うから。

 元々遠出は好きな性分であったから、苦じゃなかった。それに彼を応援していたから、行動に移せた。
時折更新されるSNSの文章を全部読んだ。毎日彼を勇気づけた。彼はとても喜んでくれた。応援って、こういうものだろう。

 旅をしている彼はとても活き活きしていて、とても眩しく見えた。私は私で頑張らなくちゃと、彼に釣り合うような、素敵な人になりたいと心の底から思った。私は私で頑張りたいことを、思いっきりやった。
 つもりだった。でもその頑張りは、彼は見てくれなかった。

「ごめん、忙しいから」
「ちょっと自分のことでいっぱいいっぱいで」

私も忙しい中時間を作って会っているのだが? しかし、私がそう張り合う気はなかった。大人気ないしね。
 だからこそ、私の行動と彼の行動が如実に対比されているのがシッカリとわかったのだ。彼は、自分の事ばかり。

 段々懐疑的になっていった私は彼の発言にも引っかかりまくっていった。

 数ヶ月前まで、数週間前まで甘い時間を過ごしていたのに、どうしてこんなにも温度が変わってしまったのだろう。
 恋愛感情だと思っていたものがそうじゃなかったから、いつも通りの私に戻っただけなのだろうか。

 お付き合いを始めて半年、私は冷静になりつつあった。付き合いたてみたいな、盲目的に彼にべったりすることもなくなっていた。
彼の旅が始まって、真ん中くらいの時。付き合って半年がすぎた頃、彼はビデオ通話でぽろりと零した。

「こんなに女の子に応援されて、幸せだよ」

 はい?

 引っかかった。と言うか、引っかかり続けていていた。彼があまりにも幸せそうにつぶやくから、私はただにっこりすることしか出来なかった。
この「女の子」発言は、そういえば以前もあったのだ。

 私のことを表現するときに「女の子」と言う。
「女の子」。まぁ間違っていない。性自認も女性だ。まぁ間違ってはいない。

 ただ、私という人間、私というそのものが彼の中で完全に消えているような気がした。

 彼は「女の子」であれば誰でも良いのでは?
 だから、私の小説もエッセイも読まなし、私の行動ばかりに注目して内容には触れないのではないだろうか。

色々な事実から色々考えた結果、結論が導かれた。

私じゃなくてもよろしいのでは?

 彼は、女の子が好きなのだ。私という人間ではなく。
 そこから今までの違和感のピースが全部ハマった気がした。

「私のどこが好き?」
恋人同士のよくある会話。なんとなく真似してみた。彼は私のどこが好きなんだろう。「まず顔でしょ? あとは……体つき?」

ん?
付き合って、2年経って、その返答は変わることがなかった。

「結婚したいなぁ」
 付き合えば、必ずする将来の話。大学卒業したら、結婚するのかなぁとぼんやり考えていた。「俺の地元に来てくれる? 両親に孫の顔、見せてくれる?」

ん?
 二言目にはそれだった。結婚する場所は、どうして相手の地元なんだろう。全然別の場所でもいいはずなのに。漠然とした疑問は最後まで聞く機会がなかった。

「俺さ、友達にあなたのこと将来のお嫁さんって紹介しちゃうんだよね。なんか、ずっと惚気ちゃって………」

 ん?
 彼が恥ずかしそうに私に言います。私はその場では照れるけれど、それから冷静に考え直すと、恐ろしいことに気がつきました。

うわあああ! 私をただの「女の子」としてみてる!

 もっと言えば、私を外面でしかみていないのであった。

 顔が好きって言われて嫌な気分にはならなかったけれど、最初に出たのがそれかと。次が体かと。なんじゃいなワレ。
 私の夢を追い続ける姿勢がかっこいいと言うのはどこに行ってしまったのか。気がついたら、それがすっぽりと抜け落ちていた。もしかすると、私の気を引くためのハリボテだったのかもしれない。
 というか2年も付き合っていて最初に出てくるのが顔て。私の外面しか見ていなかったのかと。

 彼の発言に思わずびっくりしたのだ。私が「外見だけ?」と聞くと慌てたように「もちろん考え方とか、やってることとか、好きだよ!」ととってつけたように話す。遅い遅い。私が聞いている時点で遅い。
 いくら視覚優位の生き物でも、一番近くにいる人なら、恋人なら、パートナーなら、もっとあるだろう。そんなのこれから生涯共に歩む人として、クソすぎる。顔と体が良かったら誰でもええやんけ。

 結婚したいのは確かにそうだ。
 私も結婚したかった。違和感こそあるものの私を傷つけない、肯定してくれる人と一緒に暮らしたい気持ちは少なからずあった。
 モラハラしてこないし、というのが第一の理由だった。優しいし、夢もキラキラしていたし。
 だが彼のどこが好き?って聞かれて「まずは……顔」なんて言わない。言わないくらい、彼のことを知っているつもりだった。

 でも、彼は私の内面には興味がないらしい。
 「モラハラしてこない」というのはマイナス200くらいからゼロになっただけだ。それが普通なのだ。やっとスタートラインなのだ。それに気が付かなかった。

 さらに厄介なことに、彼の頭の中には私に両親がいない設定になっていたらしい。私の両親は健在だ。

 なぜか、私が彼の地元に行くことになっていたし、なぜか、私は彼の両親と共に暮らすことになっていた。かつての固定概念があるとは言え、私の意思が全く尊重されていない発言にん?と思った。

 それに、ご友人に私の話をするのは良い。けれど紹介の仕方が気に食わない。
 何をしている人なのか、どんなところにいる人なのか、これから何をする人なのか………色々と紹介する仕方はあるだろう。こういう夢があって、とかさ。
 私が友人や家族に紹介するとき最初に「将来の旦那さん」なんて寝ぼけたことは言わない。せめて「旅をしている人で——」とか、もっとパーソナルなところから紹介するだろう。感情よりかは、アイデンティティや情報の方が全く私を知らない人には必要だ。

 それを証明するように、私が彼の実家に遊びにいった時に(だって結婚する気でいたんだもん)、それは起こった。

 彼はあろうことか私を「結婚する女性、今は大学生」くらいの情報しか両親に伝えていなかったのだ。私のアイデンティティは女で、学生なだけなのかと。
 彼のご両親は最初に「お嬢様の家系って聞いたけど」と言ってきた。そこは言うんかい。そこそこなるコンプレックスを抉られて何を喋ったのかは覚えていない。あと、お嬢様ではない。

付き合って一年。今まで彼は私の何を見ていたのだろう。

 両親と私が話をして、そこで私が文章の話をすれば良いと思ったのだろうか。それにしてはあまりにも配慮がないのではないか?
 考えすぎ?

 私をただの「女の子」として見ていることに気がついてから、だんだん彼のことが恐ろしくなった。もしかして、誰でも良いんじゃないかとも感じ始めた。

 女の子だったら、誰でも良いのだろうと。たとえばその子が料理好きだったら、「俺はこんなビジネスをしたい。あなたは看板娘として美味しい料理を——」なんていう光景が目に浮かぶ。

 彼は優しかった。私のすることなすこと肯定してくれた。
 褒めるだけじゃなくて、間違ったことは「違うんじゃないの」と指摘してくれることもあった。こうした方がいいんじゃない、という話でぶつかったりもした。機嫌が悪い時は喧嘩もした。

 至って普通のカップルだった。彼は私をものすごく好きだったし、私も好きだった。
 それは彼が夢に向かっている姿がカッコよく見えたのもあるし、彼自身が私のことを気にかけていてくれたからだった。

 けれど、彼の言葉の空っぽさにようやく気がついた。
 彼が褒めるの私の上っ面なのだ。ついでに彼の夢も空っぽだった。
 私が面白いと思っていたものは、全部その場で作り上げられたものだった。

 世の中には、上っ面すら否定してくる人がいるんだから、それよりも幸せなことじゃない? そう言い聞かせていた時もあった。
 そのぬるま湯を上がろうと思ったのは、大きなきっかけがある。付き合って一年が経とうとしていた時だった。

 彼が旅を終えて、普通の学生に戻ったのだ。

 夢が一つ達成された。とても喜ばしいことである。
 問題はその後だった。

爆速で普通の人に戻っていくあなた

 旅が終わるや否や、次の日に彼は就職説明会に向かっていた。就活である。
 いやいや、別に就活をするなと言うのではない。そこを縛るつもりはない。

 日程が問題なのだ。

「この日の説明会に行きたいから、この日までには旅を終えたいんだよね」

 旅が終わる一週間くらい前から、彼はしきりにそう言っていた。彼の希望で毎晩ビデオ通話をしていた。旅が終わり、ようやく会えるねと言っている中、彼はソワソワしながら就職説明会の話をしていた。
「今ここにいるんだけど、1日にこれくらい移動しないと間に合わないな……夜通し移動してでも、間に合わせなくちゃ」
 その発言に引っかかっていたが、その時には何も言わなかった。「間に合うといいね」と返事をした。

 今ならわかる。私が何に引っかかったのか。

 旅って、多分そういうことじゃないのだ。

 旅というのは予想不可能の道のりで、一つの目的や目標を決めて、あとは全部決めないで気ままに進むものなのだと、思う。
 ホテルのチェックイン時間が、だとか、明日にはこの予定が入っていて、だとか余裕のない状態で旅なんてできるわけがないのだ。

 何が起こるかわからないから面白いのだし、何が起こってもそれを受け止めて対応するから楽しいのだ。
 旅って、そういうもの。そういうものだと私は思う。

 だからこそ、彼の焦って旅を終わらせようとする姿勢に引っかかったのだ。彼の夢の一つは旅だったのではないのか。彼は一体今まで何をしていたのか。
 旅じゃなくて、もっと別の効率的に日々を消化する何かをしていたのかもしれない。
 まぁ私の「旅」の定義と彼の「旅」の定義は違うのだから、そこは否定しないけれど。

 ともかく、現実に爆速で戻ろうとする彼に違和感を抱いたのだった。その後に、爆速で企業の面接を通り、内定をもらっていた。
「社会人になれるよ!」
 彼が嬉しそうに言うものだから、私もよかったねと返した。けれど、私が密かに期待していたのはそういう姿ではなかった。

 彼の夢は一つ、達成された。そこでもう彼は満足してしまったのだろうか?
 夢は一つのものではなくて、たくさんの連続だと思う。彼は、一つ達成されたその先が何もなかった。

「旅の面白さを伝えたい!」
 そう言って彼は漫画を描きたいと言っていた。
 けれど、その漫画はいまだに完成していない。
「絵は時間がかかる。文章ならできるかも!」
 そう言って彼は新しくSNSを開設して旅の記録を綴り始めた。
 けれど、旅が終わって半年以上が経つが、旅を半分以上残したまま更新が止まっている。

 おやおや?

 私の好きな人はこんなにも自分の言い出したことをやり通せない人だったのかと。
 こんなにも夢に対して中途半端な姿勢をとる人だったのかと。
 私の応援していた人はこんなにも意識薄弱な人だったのかと。

 中途半端なところ、言い出したことをやり通せない気配は元々あった。 
「ここに行こう!」と言って結局理由をつけていかなかったり、重要な課題を後回しにしたり、そして結局締め切りを守らないし。大きな事に巻き込まれそうな時は陰でひっそりと気配を消していた。ヒントはたくさん落ちていた。

 何か物事一つに対して、真剣さが伝わってこなかった。何か他のことが忙しくてやっていないのかというとそうでもない。延々とゲームをしたり、漫画を読んだり。今することはそれなのかと。

 何がともあれ、彼は旅をして、旅の楽しさを覚えて、帰ってきた。帰ってきたはずだった。
 その楽しさを広めたい! と言いつつ最初に取った行動が就活だった。

不思議だった。

 そんなものかと。日本を一周回ってもそう簡単に価値観は変わらないものなのかと。
 父にそれを言ったら、「そりゃ学生の途中で勉強ほっぽり出して日本一周するよう奴に価値観なんて変わらないだろう。1種の現実逃避さ」とばっさり言い切った。辛辣。
 言い得て妙なもので、父の言葉はグッサリ刺さった。なるほど、彼は価値観を変えに旅に出たのではなかったのだ。

 彼は依然として私のことを「女の子」として好きでいてくれた。もっといえば、「普通の女の子」として。
 私の夢をいつしか「叶うわけないでしょ」みたいな態度で扱うような、そんな気配を感じた。就活はしないのか、将来のことは考えているのか、本気で作家になろうとしているのか……。そんな目が、私を刺した。

 私はそれを、やんわりと将来を心配してくれる優しい彼と捉えていた。
 しかし、彼は私を無意識のうちに「普通」にしようとしていたのだ。
 普通に結婚して、普通に家庭を作って、普通に老いて、死ぬ。それを私としたかったようだ。

ようやくわかってきた彼の人間性

「なんでこんなつまらん奴と付き合ってるんだ!」
 ガーン。

 飲みの席でそう言われた時、頭を殴られたように固まってしまった。彼を貶されたからではない。私も同じように思っていたからだった。

「タイプが違うよ、あなたは立ち止まって考える人。彼は考えたくなくていつも動いてる人。スケールの大きさも違うよね。遅かれ早かれ別れる」

 別の人に言われた言葉だ。確かに、私と彼の「考えること」に対するスタイルは正反対のものだった。しかし恋人同士だからといって考え方を一致させる必要はないのでは? そう言ったけれど、その人は首を振った。

「あなたは優しいから、彼のスタイルに合わせてしまう。小さくなってしまう。そうすると何が起こるのか。あなたのオリジナリティが死ぬんだ

 オリジナリティが死ぬ。
 そんな恐ろしい言葉があるでしょうか。

 その時は、私が優しくならなければいいんじゃ? と思ったけれど、おそらく優しくなければ付き合っている意味はかき消えてしまうだろう。
 現に彼は私を「普通」にしようとしていた。それを感じ取っていた私は、身震いした。

 その人は彼よりも私のことをよく見ている人でした。その人の言葉を鵜呑みにするつもりはありませんが、的が大外れだったと言うわけではないのです。

「彼は普通の人だ。オリジナリティも、正直ない。そこにあなたがついていくとどうなるのか。あなたは彼を優先して、自分の書きたいものを蔑ろにする。付き合っているままじゃ絶対良いものは書けないぞ、作家なんて夢のまた夢だ

 強い言葉で言われたそれには、心当たりしかありませんでした。
 これまでの筆の渋り、それはまさに私のオリジナリティが死にかけていた様子そのものだった。

私の文学が死ぬ時、それは私が死ぬ時だ。

 普通の彼とは一緒にいられない。そう思った。でも離れたくない。その気持ちもあった。
「文学が死ぬ」とかそういう理由で別れを告げる勇気がなかった。文豪かよ。いや、なりたいんですけどね。文豪には。
 私の都合ばかりで別れたくはなかった。お互いしっかりと納得して別れよう。私のオリジナリティが死んでも、彼は死なないのだ。私がなんとか変えれば良い。そう思った。彼の見方を変えようと思った。

 普通の彼の中に「特殊な部分」を見つけ出そうとしていた。

 そんな私の気持ちはつゆ知らず、彼は月日を重ねるごとに普通になっていった。本当に旅をしてきた人間なのかと疑うほどには、普通だった。 

 普通の発想。
 普通の言動。
 普通の将来性。
 普通の恋愛。

 物足りないとか、刺激が足りないは思わなかった。
 それが彼の良さだと思っていたから。平凡な家庭を築くのも悪くないんじゃない? って思っていた。

 ただ、私のオリジナリティが死に始めているものだから、話が変わってくる。私がもう少し強くて、彼の「普通にしてやるぞ」ビームを跳ね除けれるくらいになっていれば良かったのかもしれない。でも、彼と距離を取ろうとすればするほど彼は近づいてきた。「悩んでることがあるなら、なんでも言って?」お前のことで悩んんでるんだよ。

 ならばと。彼のなかの特殊なものを見つけ出したかった。自分の目で、自分の肌で彼の「特殊性」を確かめたかった。

 彼の発言をいちいちそれを突く。
「それってどういう意味があるの?」
「なんでそう思うの?」
「そう思ったきっかけが知りたい」

 そう言うと彼は顔を曇らせるのだ。

「俺は会話がしたいんだ。議論がしたいわけじゃない」

 話の内容を掘り下げたいだけなのに、私のツッコミは全部「議論だ」なんだと言ってそれ以上介入させようとしなかった。
 彼の中にある真意を覗こうとしたら、拒否された。私はいくらでも見せたかったのに。
 私の中のどろどろぐちゃぐちゃのものを見せても、彼はなんとも思わないのだろう。というか、見向きもしないのだろう。それはわかっていた。
 だって私の文章を読まないのだから。私の外面ばかりを応援しよう、というフリをしているだけなのだから。

 それくらいの距離感で付き合いたいということなんだろう。言葉の真意、考えの解釈。その人の人間性を知ろうとしないということがわかった。

あー、普通だ。

「最近のあなたは、怖い」
 そう言われちゃ、おしまいだ。彼の真意を知る前に私はすごすごと引き下がることしかできなかった。

 彼はだんだん私を怖がった。
 私はだんだん彼を疑った。

 付き合って一年半。暗雲が立ち込め始めた。

 一人でなんでも解決しようとしすぎたのかもしれない。でも、誰に相談すれば良かったのか。彼は依然として幸せそうだった。まるで幸せを感じていない私が異常なのではないかと、悩んだ。悩んで悩んで、堂々巡りして、結局彼との関係は続いていったのだ。

決め手は私の旅の終わりでした

 それでも、仲はよかった。一緒にいろんなところに旅行に行ったし、イベントにも参加した。

 普通のカップルみたいに、ドライブしたり、一緒にご飯を作ったり、映画にも見にいった。楽しい時間だった。深い話こそしないものの、日常会話はそれなりに盛り上がっていた。好きなアニメの話、ニュースの話、最近見ているYouTube。取り止めもないことはいくらでも話せた。

 その時間は幸せだったけれど、確実に私の中で「書きたい!」という気持ちは無くなっていった。
 彼の「普通」にじわじわと侵食されていたのだ。

 周りは「本当に仲良しだね」「いつ結婚するの?」なんて持て囃してきた。私もなんだかんだで結婚するのかなぁと漠然と考えていた。
 オリジナリティが死んでも、彼と一緒にいられるなら……とも考えていた。緩やかな依存だ。彼のかける表面上だけの、甘い言葉への、執着だ。

 普通の彼だったけれど、普通に幸せだったのは確かだ。彼は私を傷つけないし、私も彼を傷つけなかった、と思う。
 しかし、そんなぬるま湯も突然終わるのだった。

 付き合って2年になる手前、私はヨーロッパ旅行に行ってきた。
 二週間という短い時間だったけれど、価値観がガラリと変わった。いや、価値観という言葉で形容するには大きすぎる何かが私の中で変化したのだ。

 それに、やりたいこともものすごく増えて、ものすごく強いエネルギーが湧き出したのだ。
 今までの一年が夢だったみたいに、嘘だったみたいに、見える光景がガラリと変わった。生まれ変わったように、やる気が出たのだ。

そして、結論が出た。

別れよう!

 ヨーロッパにいるときに、漠然と考えていることがあったギリシャのサントリーニ島で見た美しい夕日を見て、私の中で何かが打ち砕かれたのだ。

 その日は曇りだったけれど、真赤な太陽が海に吸い込まれている光景は美しかった。
 今まで見たどの夕焼けよりも、真っ赤で、キラキラしていた。こんな光景初めて見た。

 そこで思ったのだ。
 あの人、私には必要ないな。と。

 このキラキラした夕日を彼に見せようと思わなかった。すなわち、私の中で湧き上がった感動を共有したいと微塵も思わなかったのだ。彼への想いがかき消えた瞬間だった。
 私のヨーロッパ旅行は確かに旅だった。数え切れないくらいにアクシデントが起こり、数え切れなくらい乗り越えてきた。

 二週間でこんなにもすごい経験をしたのに、彼はなんだと。
 一年かけて日本を一周したのに何をしているのかと。なんでそんな普通の生活に戻れるのかと。そう思いました。

 その夕日を眺め終わったのちに、彼に連絡をした。電波さえ通じていればヨーロッパからでも日本にメッセージを送れるのだ。便利な時代。
「ごめん、価値観が変わりすぎた。あなたとの関係がわからなくなった」
 それに対して、彼は
「あなたが変化するのは自由だけど、それに俺がついていけるかどうかは別問題だよ」

 違う違う。そうじゃない。

 そういう話をしているんじゃないんだ。どうして二人の問題にしようとするのだろうか。いや、カップルなんだから二人の問題にしようとするのは当たり前か。いや、私の変化は私の問題だ。ついてくるなら関係は続くし、ついてこれないなら関係は終わる。シンプルな話だろう。なぜ変わったのに、また元に戻らねばならぬのか。

 そう思えるくらいには、私は自我を取り戻していた。今までの「彼が普通の家庭を望んでるんだから私も普通にならなくちゃ!」とかほざいていた私を殴りたい。目を覚ませと。

 彼の「普通」、彼の「ぬるま湯」が必要なくなっていた。
 私は変わった。変わってしまった。彼はそんな私を受け入れようと、帰国してから今まで以上に優しく、もしくは腫れ物を扱うような態度になった。

 私は別れる気満々であった。

 幸せな時間もいっぱいあるし、二人でたくさん成長することもできた、気がする。
 たくさんの話し合いをしたし、将来の話も語り合った。価値観のずれもお互いに歩み寄ったり、考え方を尊重した。彼の語る平凡な家庭も悪くないなと思うくらいには、幸せな時間を過ごしてきた。ゼロの状態でも、彼は悪い人じゃない。このままでいいんだ。そう思っていた。

 しかし、私は変わり過ぎてしまったのだ。もう「普通」じゃいられないのだ

 彼の描く夢物語に「かわいい女の子」として登場することはできなくなってしまったのだ。私は、チャレンジしまくるかっこいい人になりたいと思ってしまった。思ってしまったのだ。

 やりたいことが失敗してもいい。そう思えるくら自分の夢が大きく膨らんだのだ。
 だから、大学卒業して結婚して、義両親と同居して、なんてつまらぬ夢を平気で語る彼とは一緒にいられないと思ってしまった。

 普通の彼と、普通じゃなくなってしまった私。
 引き返せないほど、進む道も変わってしまった。

 普通じゃなくなった。今まで以上に私は私のことを考えなくちゃいけなくなっていた。私はこれから何がしたいのか。何をして、生きていくのか。普通の人とは違う生き方をしたいと思ってしまったから、もっと真面目に、もっと真摯に私は私のことを考えたかった。

 だから、もう彼のことを考えている余裕はなかったのだ。本当に最強になったのだ。
 あ、あと気持ちのない人とズルズルと付き合うのも相手にとっては可哀想だ。彼にだって彼の人生がある。彼は彼で、彼の描く理想の「女の子」と巡り合って欲しい。

 今までよりも、強く強く夢に向かって進みたいと思った。
 文章を書くことに対して、もっと真剣に考えたくなった。

 彼が褒めてくれるのは私がどれだけ小説やエッセイに時間をかけたかだったし、内容に一ミリも興味を持っていない彼を「一番近くにいる人」にしたくなかった。
 私の紡げる物語はなんなのか。私に何ができるのか。それをもっと考えたい。
 それを面白がってくれる人と一緒にいたい!

 この想いを伝えたら、彼も何か変化するかな? そんな淡い期待がなかったといえば嘘になる。彼のことは好きだった。好きだったのは間違いないのだ。

 が、しかし。
彼は何も変わっていなかった。
 むしろ、私じゃなくても良いんだと言うことが明確にわかった。

 付き合って2年になる記念日に彼は私を旅行に連れていった。帰国して一週間くらいだろうか?
 時差ボケで夜寝れず朝起きれない私を観光地に連れていって、申し訳なさそうな顔をしながらこういった。
「辛いところごめんね。でも、この日は俺にとって大事な日だったから特別に過ごしたかった」
あなたが、特別に過ごしたかったのか。

 私は?

私の表情を感じ取ったのか、慌てて「もちろんあなたと、ね」と付け足していた。
 けれど、もう遅い。そんなことを堂々と言えるようにな人だったっけ? わからない。どっちが先に変わってしまったのかはわからないけれど、もう元の関係には戻れない、戻りたくないとはっきり思ってしまった。

 彼の中で私がどういう位置づけなのかがはっきりわかった。アクセサリーだ。

 同時に浮かんできたのは彼の今までの態度。私が悩んでいたり、不機嫌だったり、怒ったりしていたらそっと距離を取る姿勢。「触らぬ神に祟りなし」とでも言わんばかりのあの距離。その割に、私が上機嫌だと擦り寄ってくる気配察知能力の高さ。
 この表現が良いのか悪いのかはわからない。でも、この時私は「スネ夫だ」と思った。思ってしまった。自分の都合の悪い時はすごすご引き下がり、都合の良い時は寄ってくる。なんだこいつ。

 恋人のその先にある夫婦という関係に待ち受ける「病める時も健やかなる時も、永遠の愛を誓いますか?」病める時、彼はそばにいない。健やかなる時しかいない彼を誰が必要とするのだろうか。そこら辺の友人と何が違うのだろうか。
恋人である必要、ある?

 私は彼のことが好きだった。
 彼のまっすぐな瞳も好きだったし、彼の語る夢が好きだった。けれど、彼が見ていたのは私自身ではなくて、私の皮みたいなもの。それに、彼の夢も夢のままで終わってしまいそうだ。夢かどうかも今ではわからない。好きだった。気がする。

 彼は私のことが好きらしい。
 私の行動を好きだといい、私の言動を好きだと言った。ことあるごとに抱きしめてくれた。最初は嬉しかったけれど、だんだん怖くなってきた。彼は、私の何が好きなんだろう。「愛してる、結婚しよう」が口癖になっていた。うげげ。
 彼の「愛してる」が重すぎて、耐えきれなかった。それに、彼の愛は私に向いているのではなく、私という外面だけに向けられたものだった。

 私の中身、私のドロドロした部分は綺麗に無視されていた。外側ばかりにのしかかる愛、のようなものはいつまで経っても中身に染み込まなかった。

 私の好き、と彼の好きは全然違うものだった。性質も、形も、重さも、全部違っていた。

 もう一緒にはいられない。私のためにも、彼のためにも。
 彼が愛しているのは私ではなくても大丈夫。そう思った時に、きっぱり別れることを考えられた。

 別れよう。最初は様子を見ながら、今か今かとタイミングを伺っていた。
 けれど、私の気持ちを察してか、彼はだんだん私に対する態度を変えていった。顔色を伺ったり、機嫌を取ろうとしたり。
 全部がうざったくて、薄っぺらくて、鬱陶しくなった。もうだめだ。表面上で関係を繋ぎ止めようとしているその姿勢があまりにも残念で、結局すぐに別れを切りした。

 帰国して二週間ほど、2年の記念旅行の翌週くらい。私は別れたいと言い始めた。そして、言い続けた。
「今のことに集中したい。だから彼氏っていう枠組みをあなたから外したい」
 あれ? 再放送

 もちろん、彼は納得しなかったから、私はとことん彼との話し合いを続けた。
 そこで気がついた。彼は、私にものすごい執着心を向けていたのだ。私という女の子に対して、の。

 だから、飲みの席になれば必ず私の話を出して、「こんなにも好きなのだ」と吐露するのだ。毎回。ウザいくらいに。全員耳タコだっただろう。
「俺がこんなにも好きなんだから、絶対に手を出すんじゃないぞ」そうも聞こえた。「そんなに好きなんだね」その言葉を聞きたがっているようにも見えた。第三者に対して誇示する愛ほど空っぽなものはないよ。

 私は少しでも優しくしたらズルズルと続いてしまうことを覚えていたから、冷静に、すっぱりと伝えた。

「もう気持ちがない。だからこれ以上一緒にいることはできない。友達としての付き合いはするけど、それ以上はしたくない」

 それをひたすらに主張した。相手が折れるまで。同じことを繰り返した。

「もっと話し合おう」
「ずっと話してるよ」
「俺の気持ちはどうなるの」
「ごめん、でももう気持ちがないまま関係を続けるのはできない」
「なんで全部一人で決めちゃうの」
「全部決めたつもりはない。でももう気持ちがない」
「どうして別れるなんて言うの」

「このままだとお互いダメになるから」
「俺はダメになってない」
「ダメになってる。私に構ってばっかりじゃん」
「距離を置くだけじゃダメなの」
「ダメ。置いても変わらなかったよね」
「俺のことが嫌いになったの?」

「なってない。でも別れる」
「気持ちがなくてもいい、付き合ってて」
「それは付き合っているとは言えないよ」
「いやだ、諦められない」
「諦めてください」
「まだ好きなんだ」
「そうか。ありがとう」

 そりゃ辛かった。幸せだった記憶だってあったし、大嫌いだから別れたいんじゃなかった。嫌いじゃない。好きだった。これはハンバーグが好き、みたいな好き、だ。

 一ヶ月の長い長い話し合いが終わった時、ようやく相手は根負けした。

 彼を全部否定したいわけじゃない。彼の良いところはたくさん知っていた。けれど、それと同じくらいに私と彼が同じ道を歩くことがないこともわかっていた。

 もう私は普通になれない。彼の隣には普通の女の子がいれば良いのだ。

 もう私の食生活を心配する人はいない。
 もう私の睡眠時間を気にする人はいない。
 もう私のお酒の飲み方を心配する人はいない。
 もう私の機嫌を取ってくれる人はいない。

 けれど、それでいいのだ。文を書く人間というものは元来孤独なものなのだ。
 表面的な優しさはもう必要じゃない。

 それに私の文学が死ぬくらいなら、一人でいいかなって。

 私の中で文章って文学ってかなり大きな位置に占めていることにようやく気がついたのだ。優先順位が、入れ替わっただけなのだ。

 なんか私のことを表面で見ている人といても私にとって良い影響がないと思ったし。彼の褒めてくれる外見も何年かすれば劣化していくし、体だって老いていく。外見だけで関係が続けられると考えられるほど、若くはなかった。

 彼のことは応援していたし、本当に夢が叶うことを願っていた。けれど彼の夢は趣味の延長みたいなもので、本気で取り組もうという姿勢はあまり感じなかった。
 彼の魂は、私が思っている以上に普通のものだった。彼がおかしいと言うのではない。私の魂が震えないのだ。

 だから、中身で、魂で私を好きになってくれる人に出会いたい。

 付き合ったきっかけは情みたいなものだったのかもしれない。情で付き合うのは、もうやめたかった。
 心から好きになった人の隣にいたいし、心から私のことを好きな人が隣にいて欲しかった。

 なんだかんだ言って、ほどほどが一番なのだ。厳し過ぎても、ぬる過ぎてもいけない。どっちにしても私のオリジナリティは死ぬのだ。

 人のせいにしたいわけじゃない。彼のせいで私が死んだとは思わない。
 でも、一緒に過ごす人、周りの環境はとてもとても重要なのだ。
 応援って、そういうものなのだ。

 難儀なものだなぁ。
 というか、好きがわからない状態で人と付き合うからこんな目に遭うのだ。

反省!

後日談的なもの

 それからと言うものの、彼と完璧に関係を切ったわけではなかった。共通のコミュニティはあったから最低週に一回くらいは話す機会があった。別に嫌いで別れたわけではなかったから私は平気だった。彼は全然諦めていないと、ひとづてに聞いた。二ヶ月くらい諦めていなかったらしい。
「いや、無理だけど」
 一蹴しちゃった。

 私が文学の話をすれば、とろんとした顔で聞いてきて「好きなことを話しているあなたは素敵だね」なんて言ってきた。心の中でもう遅い、と舌を出していた。失ってから初めて気づく系でしたか。
 そして、しきりに「変わっちゃったね」と言われた。そりゃそうだ。
変わったから別れたのだ。

 彼とはそれなりに仲良しだったので、別れたと報告した時にどの友人たちも驚いていた。
「結婚するんじゃなかったの!」
 ごめん、予定が変わっちゃったんだよね。
「何があったの!」
 私が変わりすぎてしまったんですわ。
「そんなにあなたのことを大切にしてくれる人、いないよ!」
 そりゃ、わからん。

 金輪際、もう私のことを(どんな形であれ)愛してくれる人は現れないのかもしれない。でも彼のあれが愛だったならまぁ、私には必要ないかな。

 あんなにも甘ったるく、ドロドロして、自分本位なものが愛なら、必要ないのだ。彼にそんなつもりがなかったとしても。

 家族にも報告した。一応、結婚するかもなんて寝言を話したりしたから。両親祖父母は多様な反応をしてくれた。面白い。

 父は「結婚する前にわかって良かったじゃないか」と、私の気づきを認めてくれた。
 母は「まぁ、あんたが決めたからいいんじゃないの」と困った顔で笑っていた。
 祖父は「海外に行けば、恋人とは別れる、そういうもんだよ」と成田離婚、と言う言葉を教えてくれた。
 祖母が「あんたに合う人はどこにいるの!?」と嘆いていた。ごめんなばーちゃん。ひ孫の顔はもう少し待ってくれ。

 私は、私の選択は間違っていないと胸を張っていえる。だって文学が死んじゃうからね。

 そういえば、彼は私と結婚してどうしたかったのだろう。すぐさま子供を作りたかったのだろうか、家を購入したかったのだろうか、資産を共有したかったのだろうか。
 結婚したその先、その直後の話は一切しなかった。なんのために結婚を急いでいたのか、今となってはわからない。

 結局ビッグラブはまだまだわからない。

 わからないことは、わかろうとするチャンスがまだ転がっているということだ。

 今度こそ、できるだけ長く、できるだけ深く人と付き合いたい。恋愛においての話だけじゃない。友人、先輩後輩、色々な関係で同じことが言える。表面を撫でるだけの関係はもう飽き飽きなのである。

 人のどろどろぐちゃぐちゃを覗いて、「ああ、好きだなぁ」と言いたい。
 私のどろどろぐちゃぐちゃを見せて、「ああ、好きだなぁ」と言われたい。

 美しいところも、汚いところも、まるっと「好きだなぁ」ってできたら最高ではないだろうか。それがおそらく愛なのではなかろうか。

 愛がわからん、恋がわからん私だけれど、全く目を背けるつもりもない。
 わからんからこそ、私の中の答えを見つけたい。

 魂から揺さぶられる人と一緒にいたいと、そう思うわけですよ。

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