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閉鎖病棟-それぞれの朝- 人は事情を抱えている

綾野剛演じるチュウさんが買い物後、和菓子屋の店主が「坂の上の人だよ。最近は頭のおかしい人たちも人権がどうたらってね」と話す。

子供の頃、隣市の山の上に精神病院があり「あそこに行ったら人生終わりだよ」と大人に言われたことがあった。大人の何気ない言葉は子供にイメージを刷り込む。そうか、精神病院という所は入ったら出られないところなのか、あそこに連れていかれるのは嫌だなと。でも私が大人になった頃、親族が「あそこに行ったら人生終わり」の精神病院に入院することになり、私も病院の中に足を踏み入れた。

実際の閉鎖病棟は「入ったら人生終わり」ということはなかった。けれど映画にもあるように毎回薬をちゃんと飲んだか確認されるし、勝手に外出することもできない。社会生活の中では絶対一緒にいない人達が、集団で過ごさなくてはならないストレスも大きいだろう。

映画では、そんな環境の中でも相手の特性に合わせて、患者同士が優しく接する姿が救いだった。基本的に閉鎖病棟は自傷他害を防ぐためなどがメインであるけれど、事情がある人達が危険を回避しながら心の回復のために過ごす大切な空間でもあるのだと思う。

秀丸、由紀、チュウさん達はみんな事情を抱えている。けれど、そのことを深く尋ねることなく、いま目の前のその人に対して語りかけている。自分も痛みを抱えているこそ与えられる思いやりなのだろう。

中盤以降は閉鎖病棟から離れる物語となる。社会で暮らすことが必ず幸せなのかはわからない。でも、それぞれが粛々と日々を過ごす姿は静かな夜明けの風景と重なる。

患者の中で特に目を引いたのがハカセ役の水澤伸吾。“こういう人いる!”という雰囲気が全身から出ていて本当にこの人はいつもすごい。テッポー役の駒木根隆介はさりげなく狂言回しの役割も担っていた。エンドロールに二人の名前が並んで表示されていて「サイタマノラッパー…!」と感激。

小林聡美演じる看護師が病棟の鍵を開閉する場面があり「ここは閉鎖病棟です」と示されるけれど、病棟の様子はほぼ開放病棟に見えた。患者がスタッフを伴わず敷地内を動き回っていたり、チュウさんは任意入院なのに閉鎖病棟にいるのが疑問だったり気になる点も少しあった。あと、秀丸の行動があまりにも短絡的すぎて…優しさを持っているからこその不器用さなのだろうけど、それが裏目に出過ぎていてもどかしかった。

人はみんな事情を抱えている。私も、あの人も。大切なのはその想像力を持って、目の前の人と接することかもしれない。

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