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里山で悩みを解消する(2022年4月)

里山で特別な人と会う

私の携帯に懐かしい人からのショートメッセージが届きました。

彼は私の大学生時代に子ども支援ボランティアとして関わった不登校の中学生でした。年賀状のやり取りが20年以上経った今もずっと続いていて、15年ほど前里山を開拓し始めた頃に協力してもらったこともあります。また、2011年の東日本大震災で東京も大混乱するなか、友人知人では誰よりも早く大丈夫ですかと連絡をくれた本当に気のいい男です。

早速電話してみると、昔から変わらないまじめな語り口にすぐ一緒にキャンプやイベントに行ったときの笑顔が思い浮かんできました。今はもう42とのこと、何か事情があって話したそうな感じもしたので、早速翌週に一緒に里山に行くことにしました。

私は里山を特別な人と特別な時に会う場としてもしばしば活用しているのです。といっても、そんなに特別なことをするわけではありません。ただ開拓作業をし、焚火料理を味わい、ハンモックでくつろぐ、ただそれだけのことです。

今回も同じでした。開拓では、荒れた山林でそれぞれがのこぎりを片手に直接向かい合って没頭しました。焚火では、前日の雨で湿った木を集めて水蒸気も含んで煙がもうもうと立ち上るなか、ようやく起こした火で作った焼肉バーガーやシャケホイル焼き、焼きバナナはお腹も心も満たしてくれました。新緑のなかでハンモックに揺られると、そこは絶対的な安心に包まれている気がして、普段なら他の人には言えないようなことも素直に話せそうでした。

焚火料理を食べ終わったとき、彼は、家族関係や仕事、健康の悩みを語りはじめました。真面目で実直でちょっと不器用な彼は、それを自分一人で抱え込んでしまい、要領よく受け流すことができずにいました。

そんな彼の悩みに対して、私だったらこうするなんてと話そうかとも思いましたが止めました。そんなことをしてもきっと表面的なものにとどまってしまい、到底本当に彼の悩みを解決することなんかできないと思えたからです。もちろん、悩みを聞いたふり、考えたふりならできたでしょうが、真剣な彼に対してそんなことはできません。

それでも、何もしない訳にもいきません。私にできるほとんど唯一の事は、「心の切り替え方」を伝えることでした。ずっと一人で思い悩んでいると、その悩みはどんどん心の中で膨らみ続け、現実を超えた妄想の怪物のようになっていくものです。そうなると、目の前にある現実なんか受け止める余裕はなくなり、悩みこそが自分のすべてをダメにしているようにさえ思えてきます。

そんなことが私自身にあったら、悩みにずっととらわれた心をまず切り替える、つまり、心の向かう先を今目の前にある現実の方に向け直すようにしているのです。悩みの原因を探ろう、取り除こうといったことは一切しません。まずは悩みの中にすっかりはまり込んでいる自分に気づき、そして今この瞬間にありのままに向き合って自分自身や周りとのつながりに気づくようにするのです。そうしているうちにふと、そもそもいかにちっぽけなことで悩んでいたかに思い至って、自ずから悩みが消え去っていくのです。

そのことを私が里山でどう伝えるのかというと、口で説明する訳ではありません。里山で一緒に開拓作業をし、焚火料理をし、ハンモックに揺られることを通じて実感してもらうのです。すると、大抵の人は、ここ里山ではそんなことをするだけで、もうすでに心の切り替えができている自分に気づくのです。

彼も帰ってからすぐにこんなメッセージをくれました。

「最高の山の体験をプレゼントしていただきありがとうございました。・・・実際いろいろと大変なんでしょうが里山では今日夢が叶いました」

本当に里山は悩みを解消するのか

もしかしたらここまで読んでいただいた方のなかには、「それは一時的に悩みを忘れただけのことで、うちに戻ればまた悩む訳で根本的な解決になっていないのでは」と思われたかもしれません。

人によってはそうかもしれませんが、「うちに戻ればまた悩む」というところは、里山でできた心の切り替えを習慣にすることで誰にでも変えられると考えているのです。日常生活の中でも、里山での心の状態(マインドセット)を思い出して、目の前の現実をありのまま受け止めるよう自ら心を切り替えられるようになればいいのです。それを続けているうちに、自分がいかにちっぽけな悩みをさも大ごとのように受け止めていたのかに気づけるようになり、悩みがどんどん小さくなっていって、やがて消えなくなっていくはずです。

実は、私たちが里山開拓を通じて児童養護施設の子どもたちに伝えたいこと、行っていることも全く同じなのです。子どもたちの多くは、普通の家庭環境では想像もつかないくらいの苦しみを幼少期から体験し、今も心に大きなトラウマを抱えています。里山での体験は悩みを直接解決してくれるわけではないけれど、もし今目の前にある現実をありのまま受け止められるマインドセットが手に入れられれば、きっといつか悩んでいた自体がちっぽけに思えるときがやってくるはず――そんな思いで10年余りにわたって児童養護施設との里山開拓を続けてきたのです。実際、里山に来た子どもたちは帰るときには「また来たい!」「次はいつ?」といい、職員は「しばらくは心がずいぶん落ち着いている」といわれます。もしもここがふるさとと思えるようになるまで通い続けることができたら、そういえば何を悩んでいたんだっけ、なんて思えるようになるのではと期待しているのです。

もっと言うなら、里山は悩みを抱える人にとって役立つだけではありません。大した悩みはなくても、普段の生活にやりがいが感じられなくなったような人にとっても、里山のマインドセットを思い出すだけで、毎日のただ繰り返していた仕事、家事、食事、休憩などがなんだか輝いて受け止められるようになってきます。私自身がそうでしたから。里山通いを続けることで、ちっぽけなことに固執しがちな心は解放され、そのうちに日常でもそんなマインドセットでいられるようになると心豊かな生活が実現できるようになり、やがて心豊かな社会にも一歩ずつ近づいているようにさえ感じるのです。

心を開くための工夫

こうしたマインドセットは、誰でも近くの里山に通い続ければ実感することができます。ただ、通常、何十年も放置されて荒れ果てた山林というのは、普通の人には「何もない」と感じられるようなところですので、はじめは里山に通い続けている人と一緒にすでに保全された里山にいってみる方がいいかもしれません。私たちの場合、単に里山を保全するためだけでなく、来る人の心を開くために活動を続けてきましたので、実は里山の随所に心を開くための工夫が準備されているのです。

私たちの里山には開拓に必要なのこぎり等の道具、焚火に必要な手作り石かまど、のんびりするためのハンモックなどが常備してあります。また、手作りしたハイジブランコやツリーハウスもあります。これには大人も子どもも事前に話を聞いただけでも心がワクワクするものですが、実際に乗ってみると、きっと本当に自分の中で眠らせて感性が一斉に動き出し、一気に心が解放されていくのを感じるはずです。自分の頭で想像を拡げて自分の手で作ろうものなら、なお一層解放されるに違いありません。

さらに、私の場合、自宅でも心を開き続けられるようこんなこともしています。里山で作った工作を持ち帰って使う、山菜を持ち帰って料理する、ハンモックをベランダに吊るす、里山の草木や種を持ち帰って育てる、里山の木々の葉を採取して香水を作る、里山で見つけたものを部屋に飾るといったことです。これは単なる記念や思い出のためではなく、日常生活の中に里山のマインドセットを思い出すきっかけづくりのために行っているのです。

最近、新たなきっかけツールが手に入りました。鹿の角を拾ったのです。枝分かれぶりから4歳ほどの雄鹿のものと分かります。角合わせをかなり重ねたのか先がかなりすり減っています。毎年春先にぽろっと落ちるとは聞いていましたが、長年通っていて見つけたのは初めてでした。早速自宅に持ち帰って磨き、本棚の目立つところに飾って、いつでも目にしたり手に取ったりできるようにしています。この角を人に渡すと、大抵「すごい!」と思わず口走ります。そこには懸命に冬を生き抜いてきた雄鹿の生き様が伝わってくるような、ずっしりとした圧倒的な存在感があって、神々しささえ感じられます。私は、この実存を前にすると、普段のちっぽけな悩みなどもはや思い出すのも恥ずかしいくらいに感じるのです。

格差、暴力、差別、孤独、多忙、疲労、絶望、離別、理不尽・・・悩み多きこの世の中にあって、私たちはそれでもどんなことがあっても生き抜いていかなければなりません。里山の生き物たちは、決して不遇を託つことはなく、置かれた境遇を最大限に生かしながらたくましく生き抜いているように見えます。里山には、心を切り替えて悩みを解消する方法、そしてさらに心豊かな暮らしや社会を実現する秘訣が確実に存在しているのです。


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