【倫理】人生に 答えを求む 人たちへ
「哲学者ってね、基本的に自分の哲学ないから。」「哲学者ってね、過去の偉大な哲学者の研究者なの。だから、正確には『哲学者研究者』なの。」――この、やや味付けの濃い先生の下、高校生の私は「倫理」の授業を受けていた。
中学生の頃の私は「世の中には何かどこかに真実や本質や正解みたいのがあって、それを知りたい」という探究心を捨てきれずにいた。捨てる気にもなっていなかった。それこそ「人はどうして生きているのか」という問いに対しても、とことん求めていけば答えが分かるのではないか、と本気で思っていた。
先生は「答えはない。分かるはずがないからだ。」ということを凡人の私にも分かるように答えてくれた。
原因を突き詰めていきたいという探究心は人間が生まれながらにして持ってしまった本能である。「ヒトはどうして食べるの?」「お腹が減るからだよ」「どうして減るの?」「生きているからだよ」「どうして生きているの?」・・・中学生までの私は、これを繰り返しても、いつか何らかの答えに辿り着くと捉えていた。
ところが、人間には2つの関心事がある。1つは「完全性を求む事」。これはあらゆる事象を完全に解明したい気持ち。もう1つは「真理を求む事」。これは、解明できたはずの常識を疑い、真理を問い続けたい気持ち。「答えを出したい気持ち」と「答えを疑う気持ち」の両方を持っている以上、答えに辿り着かないのは当然なのだ。人は際限なく答えの出ない問いを生み出してしまうものであり、決着のつかない議論から抜け出せないものなのである。
自然科学が発達すると、全ての事象は因果法則で捉えられるかのように思えてくるが、全部が法則で動いているなら、人間の心だって脳という物から生まれているという法則に基づき、結局は人間の主観なんて無いということになる。こんな疑問に足を踏み入れたのが中学までの私。
一方、自然科学が発達すると、全ての事象が客観的データに基づいているかのように思えてくるが、研究者による実験、観察、そして導き出される法則も、その研究者当人の主観が全く介在していないとは言い切れず、結局は客観的世界なんて無いということになる。この疑問にも足を踏み入れたのが高校からの私。
「この2つは近代哲学の中でも代表的なテーマなの。ねっ、あなたたちの人生にとってはどうでもいいことでしょ。でもテストには出るよ。」
先生は続ける。「主観も客観も無いとはいっても、例えば絶対的な平等なんてものは定義づけられないけれど、平等という感覚自体は皆それぞれ持っているでしょ。その皆が持っている客観ラインみたいなところが定まれば、自由と平等の両立が実現するかもしれない。そのラインが、例えば日本国憲法では今のところ『公共の福祉に反しない限りの自由』であったり『法の下の平等』であったりするわけ。頭の良い人たちがいっくら考えても、この程度の定義づけが限界なの。」「そんな何となくの客観ライン――要するに『考えたら答えの出そうなこと』を教えるのが中学までの義務教育。『考えても答えの出ないこと』まで教えるのが高校からの権利教育。これからの人生、あなたたちは、問い、答え、その答えを疑うことの繰り返しを楽しみなさい。どうせ人間の認識を超えた領域だから、分からないのは当然だと割り切って。」
誠にありがたき幸せだった。勉強がしんどかったので、もう二度と高校時代には戻りたくないと今でも思っているけど、この倫理の授業を受けた時は、高校に入学してよかったと感じた。先生はカントの『純粋理性批判』に書かれている内容を凡人の私にも分かるように教えてくれたのである。先生はこうも言っていた。「たくさん学んだというだけでは、博学者と称するには不十分なの。学んだ中身を他人が理解できるように伝えられるくらいまで学んだという人が本当の博学者なの。あなたたちは、これから大学に入って、おそらく講義内容が難解なだけでつまらない教授にも出会うでしょう。それは大学教授の任務とは研究であって、教育は本業にあらず、みたいな空気が蔓延しているからなの。でも、それは何故か?なんて考えても答えは出ないの。分かった?」
先生は、まさに偉大な「哲学者研究者」だった。人生には考えても答えの出ないことが山ほどあるが、考えたければ考えればいいし、答えは出ないものだと割り切って、考えることを楽しめばいい。そうと分かっただけでも気楽になった。考えるまでもなく当たり前のことのように思えるけど、実は世の中で様々なことに悩み苦しんでいる人のうち、かなり多くの人が「答えは出ないもの」と割り切れていないのではないか。ましてや「考えることを楽しむ」なんていう心境にはなれていないのではないか。それが苦悩をより深刻にしてしまうのではないか。
さて、文科系の典型とも言える「倫理」の力を拝借し、少しばかり気楽になった私は、理科系の典型とも言える「数学」の授業に対する心構えみたいなものが変わった。これはまた次のお話で・・・つづく
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