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現代ポーランドジャズを牽引してきたアダム・ピエロンチク Adam Pierończykが再来日!

1990年代以降のポーランドジャズシーンを引っ張ってきたフロントランナーの一人、アダム・ピエロンチク Adam Pierończykが来月5月に再来日します。

ADAM PIERONCZYK JAPAN TOUR 2024 15/05 Adam Pieronczyk & Takashi Sugawa - Haremame Jazz Club, Tokyo 16/05 Adam...

Posted by Adam Pierończyk - saxophonist on Friday, March 29, 2024

ヨーロッパ随一のジャズ大国ポーランドの代表的なアーティストであるにもかかわらず、初来日を昨年の4月まで待たなくてはいけなかったということがそもそも驚きです。

すでに何度か来日しているヴォイテク・マゾレフスキ Wojtek Mazolewskiやレシェク・モジジェル Leszek Możdżer、アンナ・マリア・ヨペク Anna Maria Jopekといったポラジャズ・スーパースターに引けをとらない影響力を持つすごい音楽家のうえ、数々のジャズ作品のカヴァーアートを手がけジャズ情報誌Way Out Westの編集長を務める関西ジャズ界のキーパーソン藤岡宇央(ふじおかたかお)さんともとても懇意にしているというご縁もあるからです。

藤岡さんはアダムが総合プロデューサーを務めるソポト・ジャズ・フェスティヴァルのオフィシャルアートを手がけ、アルバムのカヴァーアートもいくつか担当しています。アダムの音楽と、一人の人間としての彼にもっとも寄り添ってきた日本人が藤岡さんだと思います。

個人的に、アダムの来日が遅れたのは日本でのアルバムリリースがほぼなかったことと、彼のハードボイルドな音楽性のゆえかと考えています。彼もまたモジジェルやマゾレフスキと同じ90年代以降に活躍し始めたYass世代なのですが、その2人のようにロックやパンク、電子音楽などとのミクスチャーが特徴だったYassムーヴメントの担い手とは違い、真摯なインプロヴィゼーションと硬質なタッチの音楽に邁進していたからではないでしょうか。

では、かんたんにではありますが、アダムの音楽ヒストリーをご紹介しましょう。以下長いので、目次つけました。


デュオとトリオの90年代


90年代のアダムと言えばなんと言っても前述のスター・ピアニスト、レシェク・モジジェルとのデュオ、そしてベース&ドラムとのサックス・トリオによるアルバムの数々。デュオのほうはアダムのオフィシャルYouTubeチャンネルで当時(1997年)の激レア映像があがっていましたので↓ごらんください。

レシェクと2人で残した3枚のデュオアルバム(すべてライヴ)はどれも傑作で、90年代のポーランドジャズの一つの到達点だと思っています。またレシェクとのコラボでは彼の大傑作「Talk to Jesus」(1996,GOWI)もこの時代のこの国のジャズを象徴する一枚でしょう。

レシェクとのデュオが90年代でいったん終了した一方で(近年は復活し時々2人で演奏しているようです)サックス・トリオはこれも90年代ポラジャズの傑作「Few Minutes in The Space」(1997,GOWI)を皮切りに、現在に至るまでメンバーや方向性を変えつつ、ライフワークのごとくこのフォーマットでのアルバムがコンスタントにリリースされています。「Few~」は本人がダイジェスト動画アップしています↓

ハードボイルドSFとワールドワイドのゼロ年代


2000年代に入ると、サックス・トリオ編成のアルバムを次々と発表する一方でワールドワイドなメンバーによる、刺激的なインプロヴィゼイションと独特の構築美を持った楽曲が詰まった作品をいくつもリリース。リーダー作/参加作を問わず、この時期で特に顕著なのがゲイリー・トーマスやルーマニアのピアニスト、ミルツェア・ティベリアンとのコラボ。

個人的にこの時期のアダムの作品群を「ハードボイルドSF期」と呼んでいて、エレクトロニクスやヴォーカル、チェロなども駆使して摩訶不思議な曲構成と浮遊感に満ちた音楽世界が繰り広げられているからです。ちょっと近未来感があるんですよね。発表当時の受け取られ方はどうだったのかわからないのですが、ポストロックやヒップホップとのミクスチャージャズが盛んな今のほうがむしろ響くのでは。

ルーマニアのティベリアンとのユニットではこんなレア映像↓が。リズムセクションはポーランドを代表するベース&ドラム・コンポーザーのオレシ Oleś兄弟ですね~。アルバムとしてはInterzone Jazzorchestra名義の「Transylvanian Grace」(2002,Not Two)がスピリチュアルな民謡ジャズで良いです。

ゼロ年代はリーダー作以外のレコーディングも増えましたが、ドラマーのヤツェク・コハン Jacek Kochanの「Monorian」(2001,Not Two)、ギタリストのマルチン・ボリス Marcin Borisとドラマーのアルトゥル・ドミニク Artur DominikのUltra Projectのヘヴィなプログレジャズ「Chromosomos」、オーストリアのギタリスト、アンディ・マンドルフ Andy Manndorffの「Up to Scratch」(2006,EmArcy)あたりがオススメ。

ゼロ年代のワールドワイドかつ、いちインプロヴァイザーという範疇を超えた個性的なサウンド・クリエイションを行う優れたコンポーザーとしての活躍はライフワークのサックス・トリオにもケミストリーを起こし「Busem po São Paulo」(2006,meta)という大傑作(ダイジェスト↓)を生み出します。

ちなみにこの頃のブダペストでのライヴを収録したDVD「Live at A38」(2008,S.P.)のカヴァーアートを担当したことがアダムと藤岡さんのコラボのはじまりだったと思います。

昨年4月の初来日時に、ポーランド・ジャズの専門家としてポーランド大使館のプロモイベントで軽く公開質問させていただいたのですが、その時に「私は旅の途中でインスパイアされて記録するように作曲することが多いんだ。今回の来日でもいろいろインスピレーションがわいて次のソプラノ独奏アルバム用に曲を作りはじめているところだ」と言ってました。
上記「Busem~」もブラジル・ツアーの経験が形になったものだそうです。同様に、メキシコ・ツアーの体験もフィードバックされやはりトリオの「Monte Albán」(2016,Jazz Sound)↓に結実。

さて、ここまでサンプル音源や動画をちゃんと視聴してきたみなさんはお気づきかと思うのですが、音楽性そのものはけっこうゴツゴツしたタッチなのですが、アダムのサックス自体はかなりやわらかな美しいトーンで、軽やかなんですね。ずっと彼の音楽を聴き続けてきて感じるのは、この絶妙なコントラストです。彼の音色やフレージングによる浮遊感がその音楽世界を包んでいるのです。そのサックス・マエストロぶりがテン年代以降の活動につながって行きます。

ソロと再びデュオのテン年代以降


テン年代になっても引き続きアダムは多彩な活躍をキープしますが、中でも目立つのがサックス独奏アルバムと、チェコの巨匠ミロスラフ・ヴィトウスとのデュオ。しかしそちらをご紹介する前に、彼のテン年代のはじまりを告げる傑作を一つ。
ジャズという領域を超えて、亡くなってから50年以上が経つ今もポーランド音楽に多大な影響を及ぼしている作曲家クシシュトフ・コメダ Krzysztof Komeda。アメリカで言えばマイルスみたいな人ですが、毎年コンスタントに発表されるコメダ・カヴァーの中でも特に光り輝く作品をアダムが創り上げました。
ゲイリー・トーマス、アンソニー・コックス、ネウソン・ヴェラスも参加した「Komeda - The Innocent Sorcerer」(2010,Jazzwerkstatt)です。ライナーに記された、コメダ世代のレジェンド、ズビグニェフ・ナミスウォフスキ Zbigniew Namysłowski御大の「乱発されているコメダ・アルバムはティピカルでもう飽き飽きなんだが、これは違う。すばらしい」という賛辞も納得のすごい音楽です。

ナミさん(ナミスウォフスキについてはこちらの記事もどうぞ↓)

テン年代前半に立ち上げられ、一時は90年代前半の各インディレーベルのように猛烈な勢いでカタログを拡充していたFor Tuneというレーベルがあります。アダムはここから立て続けにアルバムをリリースするのですが、その中の一枚がヴィトウスとのデュオでした。このコラボは一発もので終わらず、そのあと何枚もアルバムを作ることに。お互いに音楽的な充実感を感じたのでしょう、今でもコラボは続いています。中欧のレジェンドが組んだ名コンビ、ここに誕生。

ヴィトウスとのデュオ作の中では個人的には、藤岡さんがカヴァーを担当した「Live at NOSPR」(2019,Jazz Sound)の演奏がオススメです。一方で力を入れはじめたのがソプラノ・サックス独奏アルバムの制作。「The Planet of Eternal Life」(2014,Jazzwerkstatt)を皮切りに、昨年の初来日後に発表した「On The Way」(2023,Jazz Sound。録音は来日前。ジャケは東京での自撮りですねw)まで3枚リリースされていて、新たな彼のライフワークとなっています。

そしてさらなる進化と2年続けての来日公演

2020年代に入り、アダムは新境地を開拓します。ポーランドの国民的作曲家カロル・シマノフスキ Karol Szymanowskiのピアノ独奏曲を再解釈・再構築して演奏した「Szymanowski / X-Ray」(2022,ANAKLASIS)です。ネウソン・ヴェラスのギターと、今のポーランドジャズを代表する若き天才ピアニスト、ドミニク・ヴァニャ Dominik Waniaとのトリオ編成。
この作品については↓の記事でもご紹介しましたし、東京エムプラスからのリリースにつくライナーでもその音楽的背景について詳しく書いていますので、ご興味あればご覧ください。

上でも触れた昨年初来日時の公開インタビューでアダムは「私たちポーランド人にとってクラシック音楽は常に日常に寄り添っている音楽で、とても慣れ親しんでいるもの。それを自分なりに演奏するのはとても当たり前のことなんだ」とコメント。
また、同時に来日していた若手サックス奏者クバ・ヴィェンツェク Kuba Więcekはそれを受けて「誰もがクラシックの教育を受けてきている、というのがアメリカのジャズ・シーンと(ポーランドのそれとの)違いじゃないかな。そして、僕たち(ポーランド人ジャズ・ミュージシャン)はいつでもクラシック音楽に戻ることもできるんだ」と言っていました。
上記「Szymanowski / X-Ray」が生まれた背景には、そういう環境もあるんですね。ちなみにドミニク・ヴァニャとのコラボでは、ターンテーブル奏者も交えたこのライヴ動画がヤバい↓

前回の来日時はアダムのライヴをいくつか見て、その一つが日本の若手ピアニスト小沢咲希とのデュオでした。ハードボイルドで我が道をゆく彼の音楽をずっと聴き続けてきた身からすると、比較的メインストリームなデュオ・サウンドの中でもあの音色、あの浮遊感で吹きまくる様子を目の当たりにし「この人、こういう音楽でもすごいんだ!」という驚きがありました。使い古された表現ですが、ほんとうに、とめどもなくあふれる泉のように旋律が生み出されて行きます。

冒頭に張ったアダムのFBポストにも情報が少しありますが、今回の再来日ツアーではいくつものフォーマットで彼の演奏が楽しめるようです。それぞれの公演についての詳細は、お店のHPなどなどご覧ください。また、アダムのHPでも情報更新されるかもです。

5/15 w.須川崇志(B,Cello) 晴れたら空に豆まいて
5/16 w.須川崇志(B,Cello)、山崎比呂志(Ds) Jazz Spot Candy
5/18 サックス独奏 ポーランド・フェスティヴァル at 六本木ヒルズアリーナ
5/21 meets 関谷友加里(Pf) ドルチェ・アートホールOsaka

よく見たら、全部編成違うじゃん。これ、ポラジャズのディープなファンなら全公演追っかけしなきゃいけないやつだ。そういう方の登場、お待ちしております(笑)
個人的には、盟友藤岡さんのホーム大阪での初公演というのがなかなか胸アツですね。Way Out Westの15周年記念コンサートでもあります。デュオのパートナーもポール・ブレイに影響を受けたという関谷さんで、いったいどんな音楽になるのやら、ワクワクじゃないですか?

大阪公演については、こちら↓もご参考ください!

最後に参考までに、復活したレシェク・モジジェルとのデュオの最近のライヴ動画を載せておきますね。

というわけで、昨年は見逃した!という方はぜひアダムの演奏を聴きに行ってください。天才ぞろいのポーランド・シーンで何十年も先頭を突っ走ってきた彼のすごみを、ぜひ生で体験して欲しいです。ポーランド・ジャズを長年推し続けてきたライター、オラシオからの切なるお願いでした。

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