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銀座のブリューパブが、小規模でもできるビールづくりのロールモデルに【HOPPIN’ GARAGE ブリュワー紹介 BREWIN’ BAR 主水-monde- 武蔵昌一さん】

伝統と流行が入り混じる街、銀座で30年続いたオーセンティックバー「MONDE BAR」をリニューアルし、2015年12月にオープンしたのが「BREWIN’ BAR 主水-monde-」(以下、主水)です。地下へ続く階段を降り、お店に一歩入ると、薄暗さと落ち着いた洋楽によって都会の喧騒を忘れられる空間がが広がります。

店主の武蔵昌一(むさし・しょういち)さんは、学生時代からバーテンダーの仕事を始め、そのキャリアは40年以上になるベテラン。「どうでもいい話を一生懸命できる“バー”という場所が好き」と笑顔で語る武蔵さんは、「自分たちの手でビールをつくりたい」という夢を2017年に実現しました。

「ビールの民主化」を掲げるHOPPIN’ GARAGEでは、全国でビールづくりに取り組むブリュワー・ブリュワリーをご紹介していきます。今回は武蔵さんに、ブリュワーとしての想いや「ビールの民主化」について聞きました。

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銀座初のブリューパブを開店

主水が自家醸造を開始したのは2017年。銀座で30年続いたBAR「MONDE BAR」のパーティールームを改装して醸造所を作りました。

「前身のMONDE BARは、僕が学生時代から勤めていたバーでした。師匠が30周年を機に店を閉めると言ったことが、ビールづくりのきっかけです。

ずっと『自分でビールをつくりたい』気持ちはありました。日本でビールをつくるには免許の取得、設備の導入などさまざまな条件をクリアする必要があります。そのため新規参入のハードルが非常に高いのですが、幸いにもビールづくりをしたいという飲食業界の知り合いが多かったので、同志を集めることができたんです」(武蔵さん、以下同)

2017年、バーテンダーやソムリエ、シェフ、エンジニア、クラフトマン、デザイナー、ブリュワーというさまざまな職種の人が集まり結成されたチームBREWIN’ BARによって、クラフトビールづくりがスタートしました。

「僕たちがビールづくりを始めると言ったとき、周囲からは『銀座でビールづくりは無理だろう』と言われました。銀座には醸造するだけのスペースがなく、ビールづくりの免許もなく、ブリューパブ(※)の前例もないことから、そうした否定的な声があったんです。

(※)お店と同じ場所でビールづくりを提供する形態

MONDE BARでパーティールームだったスペースを醸造所にするには、コンパクトな設備を海外から取り寄せる必要がありました。今では比較的簡単に入手できるようになったコンパクトな醸造設備も、当時日本メーカーの販売実績があまりなかったんですよね。

そこで、自ら海外のメーカーから取り寄せをすることにしたんです。導入には税務署の方も立ち会ったのですが、「こんな方法でビールをつくれるのか」と驚いていました(笑)。

設備だけでなく、ビール用の麦やイーストなどの原料でさえ、5年前は簡単には集められませんでした」

ウイスキーから感じた「色気」をクラフトビールで追究

困難に直面しながらも銀座初のブリューパブを完成させ、独自のクラフトビールづくりを開始しました。長年、バーテンダーとしてさまざまなお酒づくりに携わってきた武蔵さんがクラフトビールづくりに情熱を注ぐ理由とは。

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「40年近くバーテンダーをしていると、時代と共にお酒も変化していることを実感します。時代に合わせてて移りゆくお酒も魅力的ですが、昔のお酒にはもう少し『色気』があったんですよね。

僕が好きだったウイスキーの香りを嗅ぐことができない寂しさを感じていたときに、クラフトビールの中にその懐かしい香りを見つけたんですよ。クラフトビールを突き詰めることでその香りの正体を見つけられるんじゃないかと、興味が深まったきっかけでした。

40年近くお酒に携わってきた身としては『あのお酒のあの魅力は何だったんだろう』を知っておきたいし、伝えていきたい。未来のブリュワーのためにもその秘密を特定できるのであればしておきたいんです。『仕事』というよりお酒ファンとしての『探究心』に近いのかもしれません」

アメリカで流行していた、自宅のガレージやキッチンの片隅で行うホーム・ブリューイングをイメージした武蔵さんたちのクラフトビールづくりは、「コンパクトさ」も魅力のひとつです。

「狭い場所でつくれるのもクラフトビールのいいところです。アメリカではホームブリュワーたちが手軽にビールをつくっています。同じように、銀座の狭いスペースでもビールづくりができる、これを僕たちが見せることで、日本でもビールづくりが広がればうれしいですね」

独自の空冷システムで、「生」クラフトビールを実現

主水の特徴に独自の空冷システムがあります。ビールのタンクを丸ごと冷やすことで本当の意味での『生』が提供できるようになったと武蔵さんは言います。

写真3ビールサーバー上に、独自の保冷システムがある

「日本の場合、常温保存のビール樽から瞬間的にビールを冷やして提供する手法が一般的ですが、クラフトビールの場合、10℃程度で保存される状態が好ましいんです。クラフトビールは味が変化しやすい繊細なものなので、たとえば夏の炎天下で保存するには向いていません。

しかし、空冷システムを導入したことで本当の意味での『生ビール』(酵母が入ったままの状態)を提供できるようになりました。業界で空冷システムが増えると、飲めるビールの選択肢が増えるので、クラフトビール業界は大きく変わってくると思います」

インタビュー中、武蔵さんにオススメの商品を伺ったところ「種類が多いことも、うちの特徴のひとつだからなかなか難しい……」とのこと。そこで、ビールにあまり親しみがない人にイチオシの商品を伺いました。

数あるクラフトビールから武蔵さんが選んだのは「マンゴーヘイジーIPA」。

写真4写真提供:BREWIN’ BAR 主水-monde-

苦みが弱く、マンゴーの香りが口いっぱいに広がるさわやかな味わいでした!

「マンゴーヘイジーIPAはアメリカンスタイルなので、アメリカ人の気分になってつくったビールなんです。緻密にやりすぎず、考えすぎずに、オリャー! と大胆につくったビールです。味は大胆ではなく、飲みやすくてさわやかですよ(笑)」

銀座の一角から、ビールづくりの可能性を発信し続ける

武蔵さんはビールづくりをもっと身近に感じてもらうために、ワークショップの開催や醸造所見学の機会も提供しています。

「醸造所を実際に見学した人は、麦汁の変化を見ると興味深い表情をしてくれます。面白いのは、いろいろな人に麦を混ぜてもらうと、僕たちが混ぜるときよりもが糖化率が上がっているんです。とても不思議なんですが、麦も喜んでいるのかも……なんて僕たちは考えていますよ(笑)」

HOPPIN’ GARAGEがテーマとして掲げる「ビールの民主化」。最後に「ビールの民主化」のために武蔵さんが果たす役割を聞きました。

「大きな工場でなければビールがつくれないと思われがちですが、本来ビールは家でつくられていたものなんです。多くの人に自宅でもつくれると伝えることで、ビールづくりを身近に感じてもらいたい。

そのためにも、いちからビールをつくる姿勢を見せることが重要だと思っています。独自のビールづくりを見せることで、やればできることを伝えたい。

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日本でもいつかホーム・ブリューイングが解禁されるときが来るかもしれない。ブリュワーもバーテンダーも消費者も、みんなが平等にビールをつくれるようになればビールを評価できる人も増えてくる。その中から起業する人が出てきて……その世界こそビールの民主化ですね」

クラフトビールづくりへの熱い思いを話してくださった武蔵さんから、ビールの民主化に対する使命感を見ることができました。みなさんも、武蔵さんやチームBREWIN’ BARの方と話しながらビールを楽しんでみてはいかがでしょうか。

次回のブリュワー紹介もお楽しみに!

HOPPIN' GARAGE(ホッピンガレージ)は、「もっと自由にビールづくりができる世界」を目指し、お客様とサッポロビール醸造技術者(ブリュワー)の共創によるビールづくりを中心に、ビールを学べる講座やビールでつながる交流会などの体験づくりを行っています。