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アルゲリッチ/クレーメル@サントリーホール(その2)〜奇跡の時

(承前)

休憩中、妻とアルゲリッチの弾く曲を予想した。妻「シューマン」、私「ここはバッハ」、妻「それもあるね」。

そしてアルゲリッチが再び舞台に登場した。そして弾き始めたのがシューマンの「子供の情景」から「見知らぬ国」。もうピアノを弾いているというより、アルゲリッチは音と戯れたいるかのような演奏である。

間髪入れず続けたのが、J.S.バッハ「イギリス組曲第3番」より“ガヴォット“。300年以上前の音楽とは思えないほど、新鮮でリズミカルな音が奏でられる。

続いてはスカルラッティのピアノソナタK141、これも音楽と奏者が一体になったようなパフォーマンスであり、楽器を演奏している感じが全くない。ミューズに愛された人というのは、アルゲリッチのような音楽家を言うのだろう。

こうして、夢のような、奇跡のようなひと時が流れた。そして、一段と盛大な拍手が鳴り響いた。

アルゲリッチ、クレーメル、彼の主宰するクレメラータ・バルティカのメンバー、チェロのディルヴァナウスカイテが舞台に登場。ショスタコーヴィッチのピアノ・トリオ第2番が始まった。 夢の後は、再び現実を直視するような音楽である。

私の中で、ウクライナの問題は日常になりつつあった。長く続くことで感覚は麻痺していく。始まった当初は、自分に引きつけて考え、免罪符を得るかのように寄付をしていた。今はどうだろう。当事者にとっては長く続くことは、苦しみや悲しみが大きくなることであり、慣れて楽になるものではない。

ショスタコーヴィッチの音楽は、そんな私の心を見透かすように、突き刺してくる。第4楽章の主旋律は、私を追いかけるように、駆り立てるように迫ってくる。これも、三人の名手の演奏であればこそかもしれない。

大きな拍手の後、アンコールだが、ここでサプライズ。6月5日はアルゲリッチ81回目の誕生日。ヴァイオリンとチェロによる、“Happy Birthday!“が演奏された。

そして、シューベルトの“君はわが憩い“。元は<あなたは安らぎ、優しい平和、あなたは憧れ、そして憧れを鎮めるもの。(藤井奈生子訳)>と始まる歌曲のピアノ三重奏曲版で優しく包む。

最後は、最初に演奏された作曲家ロボダの手による“タンゴ「カルメン」“で華やかにコンサートを閉じた。

その後は、この時が永遠に続いて欲しいと願うかのような拍手が、長く長く続いた


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