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尾上松緑版「荒川十太夫」を観る!〜「壽初春大歌舞伎」

歌舞伎座では先月の「俵星玄蕃」に続いて、「赤穂義士外伝の内 荒川十太夫」が上演されている。どちらも、講談作品を脚色して歌舞伎に仕立て上げた。推進したのは、尾上松緑である。

「荒川十太夫」は一昨年に新作歌舞伎として上演されたが、私は観に行くチャンスがなかった。今年1月には脚本を手がけた竹柴潤一に大谷竹次郎賞が授与され、今月の「壽新春大歌舞伎」で再演となった。

念の為、大谷竹次郎は松竹の創始者である双子の弟(兄は白井家に養子に入った白井松次郎)である。

昨年末、恒例の神田松鯉の赤穂義士伝@新宿末廣亭で「荒川十太夫」を聴き、その上での観劇となった。1月23日昼休みに抜け出しての幕見である。

赤穂義士は、仇討ち本懐を遂げた後、切腹となり泉岳寺に葬られた。荒川十太夫は、松平隠岐守定直の家来、下級武士で、義士の一人である堀部安兵衛らの介錯人を勤めた。

切腹から一年の時が経ち、十太夫は泉岳寺に墓参する。そこを藩の重役に見咎められる。下級武士にも関わらず、上の位の物頭の出立ちだっかからだ。

神田松鯉の講談は、この場面から始まったと思う。一方で、歌舞伎座の舞台は、幕が開くと中央に白装束の堀部安兵衛が座る。演じるのは市川中車。彼の腹切、そして介錯の場面がセリフは無しで提示される。

そうして舞台が回り、泉岳寺境内へと移る。

歌舞伎「荒川十太夫」は、神田松鯉の口演をベースにしながら、歌舞伎ならではの形式に脚色している。泉岳寺境内で、重役(中村吉之丞)の追及を受ける荒川十太夫。彼がなぜ物頭の衣装で墓参しているのか、それは回想場面として提示される。再び、堀部安兵衛そして大石主税(尾上左近)らが連座する腹切の場面へと戻る。ここで、十太夫がなぜ物頭の格好をしていたかの種明かしがなされる。

場面は再び“現在“へと戻り、十太夫は松平隠岐守定直(坂東亀蔵)からの沙汰を受ける。それは、なんとも粋なものだった。

太平の世に赤穂義士という武士の鏡のような存在が現れ、彼らに刺激されて発揮された十太夫の美談。そして、彼の“良き嘘“をたたえる上司。人と人との関係はかくあるべしという話である。

エンディングは、梅が咲きほこる泉岳寺の境内に戻り、墓参に訪れた荒川十太夫。その姿を見かけた和尚長恩(市川猿弥)が一句読む。

「だまされて 心地よく咲く 室の梅」

赤穂義士には大高源吾のように俳人としても名をなした者もおり、講談「大高源吾」としても残っている。また各人の辞世の句や歌も多く伝わり、そうした義士に思いを馳せた素晴らしい幕切れである


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