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手術⑧|想定外の事象


「[ECMO(エクモ)]に乗せました...」

医師は俯きながら、絞り出すような声でそう言った。

■ECMO(エクモ)
Extracorporeal Membrane Oxygenation(体外式膜型人工肺)の略で、人工肺とポンプを用いた体外循環による治療法。
重症呼吸不全や循環不全などの生命維持が困難な場合に、治癒・回復するまでの間、呼吸と循環の機能を代替する。

鳥取大学医学部

「えくも」…?)

この時点で、私たちは「ECMO」について、理解していなかった。

しかしながら、深刻そうな医師の表情と声のトーンで、 “ポジティブな状況ではない” ということだけはわかった。


さらに説明は続き、


「あと、『心室中隔欠損』もありました…」

と、先述した「完全大血管転位症」に関して、これまでの診察で息子は “心室中隔欠損がない「ⅰ型」” という見解だったが、いざ開胸してみたところ、小さな欠損があり、実は「ⅱ型」であったということが判明した。

ただ、これに関しては、本当に小さな欠損で、診断名としては「ⅱ型」となるが、手術及び今後の対応としては、これまで通り「ⅰ型」の対応で問題ないということだった。


そして、手術の全容はこうだ。

・ジャテーン手術の肝である「大動脈・肺動脈のスイッチ」は順調に成功

・しかしながら、前述の「心室中隔欠損」を発見
(ただ手術の進行に影響はなし)

・予定通り処置終了とし、人工心肺を外し、ICUへ移動しようとした際に急遽血圧が低下。以降血圧が極端に低い状態で推移

・「肺高血圧」「肺出血」などの発症を確認 ※多分他もあった
(心臓は全く問題なく、 “肺機能” だけが著しく弱く、この時点で原因不明)

・いくつか処置を施すも、血圧が上昇せず

・“生命維持困難” と判断し「ECMO」装着を決断

医療チームとしても、途中まではかなり順調で、低体重(手術当日も結局「2,000g未満だった」)にも関わらず、手術に耐えられており、早い段階で帰還できると踏んでいたとのこと。

ただ、人工心肺を外し、いざ帰還しようかというタイミングで、突如として血圧が低下し、「肺高血圧」「肺出血」が発症したということだった。
(これがちょうど “私たちが説明室で待機していた時” に裏側で起こっていたことである)


しかしながら、これは、

「自らの心肺機能で、生命活動をしようとすると “肺が耐えられない” 」

という状態であり、当然その状態が続けば、生命活動は終わり「死」を迎える。


また、 “蘇生処置” 含め、あらゆる対応を施したが、血圧は “0” にはならないものの、低水準で推移したまま一向に上昇が見られなかったという。


そして、最終的に「ECMO装着」の判断をしたということだった…


誕生から手術当日までの容態や検査結果を元に、医療チーム全体で「あらゆるリスク」を想定していたが、この事象は “想定外” であり、そして医師も、

「外科医を “25年以上” やっていて、『完全大血管転位症』の手術も何度も担当していますが、正直このケースは見たことない」

「完全大血管転位症の手術で、ECMOに乗せて帰還したケースは数例ありますが、全て『心臓が原因』によるもので『肺が原因』でのケースは “0” です」

「率直に言えば、『原因がわからない』という状態です…」

と頭を抱え、私たちに言葉を選びながら、何とか伝えてくれている感じであった。


そして、会話中に何度も出てくる「想定外」という言葉…

本当に「緊迫した状態」だったことがわかるし、ある意味、看護師への連携がスムーズでなかったのも頷ける。


理論的に考えられる可能性としては、

・誕生後2週間の入院時の負担による機能低下
・手術自体の疲弊による機能低下
・早産のため肺機能が未熟(生きれる機能を備えてない)

ということだったが、どの理由であったとしても、まずは「命が最優先」であり、このままでは “生命維持も危ぶまれる” との判断で、ECMO装着で経過を見て回復を待つということだった。


しかしながらこの時点で、医師の深刻そうな表情と比べ、私たちは落ち着いていた。

医師の思っている “深刻さ” を、私たちが正確に測れていなかったのである。


つづく


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