手術⑧|想定外の事象
「[ECMO(エクモ)]に乗せました...」
医師は俯きながら、絞り出すような声でそう言った。
(「えくも」…?)
この時点で、私たちは「ECMO」について、理解していなかった。
しかしながら、深刻そうな医師の表情と声のトーンで、 “ポジティブな状況ではない” ということだけはわかった。
さらに説明は続き、
「あと、『心室中隔欠損』もありました…」
と、先述した「完全大血管転位症」に関して、これまでの診察で息子は “心室中隔欠損がない「ⅰ型」” という見解だったが、いざ開胸してみたところ、小さな欠損があり、実は「ⅱ型」であったということが判明した。
ただ、これに関しては、本当に小さな欠損で、診断名としては「ⅱ型」となるが、手術及び今後の対応としては、これまで通り「ⅰ型」の対応で問題ないということだった。
そして、手術の全容はこうだ。
医療チームとしても、途中まではかなり順調で、低体重(手術当日も結局「2,000g未満だった」)にも関わらず、手術に耐えられており、早い段階で帰還できると踏んでいたとのこと。
ただ、人工心肺を外し、いざ帰還しようかというタイミングで、突如として血圧が低下し、「肺高血圧」「肺出血」が発症したということだった。
(これがちょうど “私たちが説明室で待機していた時” に裏側で起こっていたことである)
しかしながら、これは、
「自らの心肺機能で、生命活動をしようとすると “肺が耐えられない” 」
という状態であり、当然その状態が続けば、生命活動は終わり「死」を迎える。
また、 “蘇生処置” 含め、あらゆる対応を施したが、血圧は “0” にはならないものの、低水準で推移したまま一向に上昇が見られなかったという。
そして、最終的に「ECMO装着」の判断をしたということだった…
誕生から手術当日までの容態や検査結果を元に、医療チーム全体で「あらゆるリスク」を想定していたが、この事象は “想定外” であり、そして医師も、
「外科医を “25年以上” やっていて、『完全大血管転位症』の手術も何度も担当していますが、正直このケースは見たことない」
「完全大血管転位症の手術で、ECMOに乗せて帰還したケースは数例ありますが、全て『心臓が原因』によるもので『肺が原因』でのケースは “0” です」
「率直に言えば、『原因がわからない』という状態です…」
と頭を抱え、私たちに言葉を選びながら、何とか伝えてくれている感じであった。
そして、会話中に何度も出てくる「想定外」という言葉…
本当に「緊迫した状態」だったことがわかるし、ある意味、看護師への連携がスムーズでなかったのも頷ける。
理論的に考えられる可能性としては、
ということだったが、どの理由であったとしても、まずは「命が最優先」であり、このままでは “生命維持も危ぶまれる” との判断で、ECMO装着で経過を見て回復を待つということだった。
しかしながらこの時点で、医師の深刻そうな表情と比べ、私たちは落ち着いていた。
医師の思っている “深刻さ” を、私たちが正確に測れていなかったのである。