望月峯太郎『ドラゴンヘッド』
※注意
以下は結末に関するネタバレを含みます。
未読の方はご注意ください。
また、あくまでわたしなりの解釈です。
生きていくのがしんどくなる度、わたしは漫画『ドラゴンヘッド』を読み返しています。
なぜなら、「この状況でどうやって生き残れって言うの?」とツッコミを入れ続けたくなるほど大きな災害に何度見舞われても、『ドラゴンヘッド』の主人公たちは懸命に生きようとするからです。
富士山の大噴火。
それに伴って降り続ける灰。
無情に幾度も襲いかかる大地震。
登場人物のうちの一人(通称「伊豆のおばちゃん」)は、津波の被害にも遭いました。
この世に生き残っている人間はごくわずか。
なのに、数少ない人間同士で手を取り合うかと思いきや…、むしろ狂って殺し合う始末。
そうしている間にも、雷や竜巻が襲ってきます。
富士山が無いはずの所からも、どんどん火柱が上がります。
この有り様では、新たに作物を育てることも、家畜を育てることも不可能。
安全な水や食料も、どんどん残り少なくなっていきます。
…全然違う作家の作品を例に出して恐縮なのですが、例えば漫画『アイアムアヒーロー』に出てくるZQNは地球上の文明を出来る限り破壊せず、あくまでも人間だけを排除しようとしている印象がありました。
それに比べて、『ドラゴンヘッド』の場合は、災害が全てを破壊し尽くそうとしている感じ。
まるで、人間だけでなく、全ての生き物を含むこの世のあらゆる物を無に帰そうとしているかのような…、何かの確固たる意思を感じます。
もしも現実世界で『ドラゴンヘッド』級の大災害が起きたら…?
と想像するとゾッとしますよね…。
『アイアムアヒーロー』や、海外ドラマ『ウォーキングデッド』のように、ゾンビが出てきたり危険な人間たちと遭遇するだけなら(だけ、という表現はおかしいですが)、生きるために試行錯誤のしようがあるのですが。
『ドラゴンヘッド』の場合はもう、サバイバルのしようが無い!
無理!
本当に無理!
ただ歩いているだけでも、足もとがビシビシと音を立てて地割れしてくるような世界で、どうやって生き残れと言うの?
…しかし、そんな絶望的な状況でも、『ドラゴンヘッド』の主人公たちは生きることを諦めません。
少しでも気を緩めたら、否、緩めなくたって命を落とすような世界なのに。
傍目から見れば、死ぬことそのものよりも、生きることの方がしんどそうなのに。
それなのに何故、主人公たちは生きようと懸命にもがくのでしょうか?
それを考える上でヒントの一つになってくるのが、『ドラゴンヘッド』というタイトルです。
『ドラゴンヘッド』に登場する人物たちの中には、脳手術を行い、扁桃体と海馬を切り取ることによって恐怖を感じなくなった「龍頭(りゅうず)」と呼ばれる人々がいます。
龍頭=ドラゴンヘッド。
龍頭の人々は、自分の体が燃えていても、腹部に異物が刺さっても、悲鳴すらあげません。
友達が目の前で殺されても無反応。
彼らのリーダーはこう言います。
ここから、少なくともリーダー自身が一番恐れていたのは「自分が死ぬこと」だったことが分かりますよね。
また、仁村は主人公たちに向かってこう言います。
仁村も、自分が死ぬことを恐れています。
では、主人公たちは?
主人公たちにとっての一番辛いことって何でしょうか?
生物としての本能を考えると、主人公たちだって自分が死ぬのは怖いはず。
しかし、おそらく、自分の死という恐怖を遥かに上回るほどの辛いことが、主人公たちには存在するのではないでしょうか。
きっとそれこそが、主人公たちが生きるのを諦めない理由。
自分が死んでしまったら、もう、大切な人を支えてあげられないから。
自分がいなくなったら、大切な人をひとりぼっちにしてしまうから。
そうしたら、大切な人が死んでしまうかもしれないから。
自分が死ぬことよりも、大切な人が死んでしまう方が、ずっとずっと辛いから。
だから、主人公たちは自分が死ぬかもしれないリスクを冒してでも、何度も命懸けでお互いに助け合ってきたのかもしれません。
だから、どんなに大きな災害に見舞われても、歯を食いしばるようにして立ち上がり続けるのでしょう。
大切な人と一緒に生きたいから。
大切な人に、少しでも長く生きて欲しいから。
その感情に名をつけるならば、それはまさに「愛」。
龍頭の人たちがそうだったように、恐怖は手術で取り除けるのかもしれません。
が、きっと愛は心から切り離すことが出来ません。
どんな障害をもっていても、愛は全てを超越していくのでしょう。
伊豆のおばちゃんが言った、
という言葉が全てを物語っています。
恐怖するのも心。
愛するのも心。
人間の心って本当に複雑ですよね。
わたしは心から恐怖を取り除いたことで完璧な存在になったつもりになるよりも、少しでもいいから誰かを愛せる人間になりたいです。
そうしたら、生きる意味を見つけられるかもしれません…。