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『あなたにオススメの』を(途中まで)読む

半年くらい前だろうか。
私はとあるドラマにどっぷりとハマり、人生で初めてスマートウォッチを購入するに至った。
購入したスマートウォッチはかなり安価で、せいぜい時計型の万歩計くらいの機能しか持ち得ていなかったけれど、文字盤に当たる部分が小さな液晶画面になっており、パソコンやスマートフォンと連動することでどんな画像も映し出すことができた。
そこに、推しの俳優さんの画像を映し出したのだ。
生徒手帳に好きなミュージシャンの写真を挟み込んだ青春時代。生徒手帳を開くよりも気軽に、さっと腕をかざすだけでいつでも微笑みかけてくれる御推し。一日の中で時計を見る回数が飛躍的に増えた。一息つきたい、疲れた、辛いことがあった、うれしいことがあった、イラっとした、すぐに腕をかざす。けば立った心が、すうっと撫でられる。
いい時代になったものだと友人と喜び、そして語り合った。「もういっそのこと、目の裏でずっと推しの映像が流せたらいいのにね」と。
『あなたにオススメの』は、まさに、そんな時代の話だった。
そんな時代になってしまった、という話だった。

音声チップを耳に、味覚チップを舌先に埋め込み、支払いは手の甲に埋め込んだ機器を、AIならぬ【ええ愛】に管理された無人レジにかざす。
脳が進化(?)し、一回り大きな頭部を持つ子どもたちは、「等質」に、ネット漬けにして育て上げるのが親たちの務めであり、性差も意味合いも持たない、出鱈目な記号のような名前を持つ。
まるで悪夢のような時代背景は、例えこのまま文明が進化したとしても、果たしてこうはならないだろうと笑い飛ばしたくなるレベルに滑稽だが、たまにピントが合うように現代と地続きに感じる瞬間があり、それが心底、薄気味悪い。

時代を受け入れ、そのように振る舞う推子に対して、GJ(原人)と陰口をたたかれる「こぴくんママ」はこの薄気味悪い時代になじめずにいて、幼稚園から「オフライン依存外来」を受けるように打診されている「こぴくん」の教育方針に頭を悩ませている。自身もマイクロチップを埋め込むことを拒絶し、【須磨後奔(すまあとふぉん)】にも頼らずに過ごす。この二人の対比を読み進めるうちに、いつしか視点が変わっている自分に気付いた。

「こぴくんママかわいそう」から
「こぴくんママ、早く楽になればいいのに」。

インターネットの恩恵に授かる母の元ですくすくと育った我が家の子どもたちも、当たり前のようにインターネットの恩恵を授かり続けている。SNSで、友達と、見知らぬ人と連絡を取り合い、テレビには興味を示さず、YOUTUBEの動画を飛ばしながら・あるいは倍速で流し見ている。そんなに飛ばして内容がわかるのかと苦い顔をしたら、長いんだから全部は見なくてもいいんだと当然のように答えた。
2時間の名作映画を1分で、小説や漫画の内容をたった数秒で解説する。もちろんそれらはネタバレを含み、ネタバレの無い動画には価値がないのだとすら言われた。箱の中身はなんだろなと逡巡し、胸をときめかす時間は無駄なのだ。寝落ちするまさにその瞬間まで、スマホを、タブレット端末を手ばさなさい。
きっと推子なら、うちの子どもたちを健全だと褒めてくれるだろう。
時代が変われば、価値観が変われば、黒かったものも簡単に白くなる。
「何もせずにぼーっとする時間が苦痛に感じるようになった」本書で推子はそう語っていたが、これは私も思い当たる。本を読んでいるか、スマホを触っているかで、最後に「何もせずぼーっとした」のはいつだろうか。「ぼーっとする」って、どうするんだっけ。そんな風に思う私は既に、推子側の人間なのかも知れない。

というわけで、続きが気になりすぎるので、早く買ってきます。

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