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『ひと喰い介護』を読む

書きかけだったツイッターが全部消えたので、noteで改めて読書感想を綴ります。タイトルに惹かれ、正しくジャケ買いした作品でしたが、期待を裏切らぬ内容でした。

期待=この本は胸糞の悪い話だろう、という期待です。
人間としての品性がひどい。
私はフィクションの中では何でもありだと思っているので、胸糞の悪いお話でも大丈夫です、というかむしろ好きです。求めています。
この手の一見すると下世話な内容だったり、俗に言う『イヤミス』って、書店でもとても人気あるんですよね。だから大丈夫、私だけではないぞ。

さて、本題。

「豊かな老後」に忍び寄る、甘く昏い罠──
快適な高級介護施設での仮住まい。それは、逃れられない恐怖の始まりだった

ホテルのような設備と接遇を誇る高級老人サロン、〈クラブ・グレーシア〉。
施設を取り仕切るケアマネージャーの新海房子は娘のような献身的な態度と巧みな話術で
老人たちの心をつかんでゆく。聖母のように見える彼女だが、冷酷で悪意に満ちた素顔を
隠していて──。孤独で裕福な高齢者の財産を狙う巧妙な罠。
その果てに待つ、恐ろしい最期とは。介護ビジネスに潜む悪を描く社会派ホラー。

公式あらすじより。
社会派”ホラー"!!確かに、おばけも呪いもないけれど、とても怖い話でしたね。

主人公は武田清さん。
一言で表すと、古き良き日本の権威体質が服を着て歩いている人。日本人なら誰もが知っているような大企業でバリバリと働いていたことが誇り。
口癖は、「今どきの若いもんは」(想像)。
妻に先立たれ、娘も幼い頃に亡くしている。気難しく、プライドの高い彼は、老いによる不自由を抱えながらも、誰かに助けを求めることも頭を下げることも出来ず、貯金はたっぷり抱えながら孤高の一人暮らし中。
そこにつけ込んでくるのが、株式会社ゆたかな心。名前の胡散臭さよ。
弁当の宅配サービスに始まり、そこでまさしく”目をつけられて"しまった彼は、どんどんとゆたかな心に絡め取られてゆきます。
わしゃ絶対老人ホームなんかの世話にはならんぞ!とばかりに赫灼としていた武田は、いつしか彼らの術中に。
このハマり方というか、ハメ方が見事。
もし仮に、武田生存ルートがあるのならば、どこまでさかのぼったらいいのか……と考えてみたのですが、最初に弁当届けてもらった段階からやり直さなきゃ無理、とまで思う。
武田はまんまと彼らに囲い込まれ、そりゃぁもうひどい目に合わされます。最初は、武田があまりに”典型的な嫌なおじいさん”だったのでちょっといい気味だなくらいに思っていたのですが(ひどい)、途中からもう応援しまくりでした。武田!がんばれ!負けるな!諦めるな!……まぁね、ハナから負け戦だったわけですが。相手が悪い。
第一章は、武田がハマるまでをきっちりと描き、閉幕。
そこから5年後の世界として、第二章が始まります。
地銀で支店長として勤め、定年後「ゆたかな心」に再就職を果たした紀藤に視点が変わります。紀藤は「ここってなんかおかしくない?」と早々に気づき、「ゆたかな心」が行う腐った介護ビジネスの膿を出し切ってやろうと奮闘します。さてどうなるでしょうか(棒)

このお話、社会派ホラーとなっていますが、新海房子という新たなサイコパスヒロイン(?)を描くサイコホラーでもあるんですよね。
介護×サイコパスという、混ぜるな危険案件。嫌すぎる。
聡明で献身的な態度と二枚舌で施設内・施設外問わず人々を操ってゆく新海房子。聖母のようだ、とまで言われる彼女の空虚さが怖い。
これね、まだ新海房子のバッグボーンなんかに軽くでも触れられていたら(例えば虐待されていた過去があるとか)、(読者への)救いもある話になったと思うんですが、そうすると論点がぶれますからね。そこは徹底的に描ききってくださった安田依央さんに拍手。
新海房子の動機も目的も、まるでわからない。
そこでふと、この人何がしたいんだろう……あ、ひょっとして、こうやって人を弄んで、壊していくのが楽しいだけなのかも知れないって気づいた瞬間の恐ろしさったらなかった。
幼い子どもが、バッタの足をもいだり、トンボの羽をむしったりする感覚と同じなんじゃないかって。
絶対にエンカウントしてはいけない人っていうのが、この世にはいるんでしょうね。新海房子もその一人……。

彼女については余韻を残した終わり方だったので、私個人としては新海シリーズ第二弾を待ちたいと思います。

文庫化にあたり改題したようですが、ピッタリ内容にハマったタイトルで、インパクトもあって、仕掛け向けの本だなと思います。
『代償』などのイヤミス・サイコスリラー系が売れている本屋さん、新たな仕掛け銘柄として検討されてみてはいかがでしょうか。(いきなりの営業)
なんと改題前は『ある高齢者の豊かな生活』。
……ヒューマンドラマと勘違いして読んだ方がいるかと思うと、気の毒でなりません。そして読者アンケートで、「登場人物の誰にも共感できない」と書いた人がいるらしいですが(あとがきで語られている)、わかる、わかりますよあなたの気持ち!

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