猫が可愛ければそれでいいじゃないか

「私はこれ、すごく好きなんですよね。いいなぁって思うんですよ」
出版社の営業さんは、それ以上言わなかった。
私の好みをすっかり熟知しているであろう営業さんのその一言で、私は何の先入観も、予備知識もなしに、いただいたゲラを読み始めた。
読んで思った。
「私も、これすごく好きです」

だからあなたにも、何の先入観も、予備知識も無しに読んでもらいたい。
(と言いながら、こうして本を薦めるレビューを書いてしまう傲慢さを、ヒックの可愛さに免じてどうか許して欲しい)

著者であるこの女性、アラサー、独身、定職なし。
大学→就職というレースに敗れてしまった彼女は、親からの「普通に幸せになって欲しい」という圧力から逃げるように毎日を過ごす。
懐かしの韓流ドラマで話題になった、済州島(すいません、私にはそれしかイメージが無くて…)の民宿で、住み込みでアルバイトをする彼女。
そこで日々を過ごすうち、彼女は一匹のノラネコ・ヒックに出会う。

最初は、餌をねだりに来る、いわゆる「外ネコ」の一匹でしかなかったヒック。
その後ひょんなことから保護され、彼女はヒックを「家ネコ」として飼うことを決めるのだが、その過程を、添えられた写真たちが雄弁に物語る。
ノラネコのヒックから、家ネコのヒックへ。
もう全然、顔が違うんだよ…!(猫好きならわかる…いや、猫好きじゃなくても分かってしまうかも)
保護された時から、ヒックはすっかり家ネコの顔をしているから、
彼らが出会うべくして出会ったのだと、もうそれだけで分かってしまう。

本当に先入観がなかったから(何なら、作者の名前すらしっかり確認していなかった。いやちゃんと読んで自分)、私はこの著者を、日本人だと思い込んでずっと読み進めていた。(そのくらい自然だった。そこは菅野朋子さんの翻訳のすばらしさなのだと思う)

でも違った。
彼女は韓国人だった。

韓国という国は、実はとても日本に似ているのかも知れない。
この本が、いわゆる覆面本として、作者も、場所も伏せて発売されていたとしたら、一体誰がこの本を「韓国人が書いた」と思うだろう。
彼女が悩まされているものは、私達が日々悩まされているものだし、
彼女が嬉しいと思うことは、私達が日々嬉しいと思うことだ。
【普通の幸せ】って何だろう。
いい大学に行って、卒業して、いい会社に就職して、そして素敵な男性を見つけて、結婚する。
両親がこの道を走れと示す道が、【普通に】走れない。
灼熱の砂漠に、心綺楼のように美しく浮かぶ【普通の幸せ】。
砂に足を取られながら懸命に進んでも、決してそこには手が届かない。
もがいて、苦しくてへたり込んだ時、彼女の足元にはヒックがいた。
あぁ【幸せ】は、こんな身近にあったのだ。
静かな日常と、存在してくれるだけで泣きたくなるほどの温かさがそこにある。
…でも猫は猫なので、特に何もしてくれないのだけど。

人が人に共感する。
私もそうだよ!と
あぁヒックがかわいいなぁと
こんな暮らしが素敵だなと、思う。
そこに、日本人だ、韓国人だ、は関係ない。
私は彼女と、膝を突き合わせて、ヒックの可愛さについて一晩中でも語りたいし、うちの猫も可愛いことを彼女に知ってもらいたい、自慢したい。
彼女が抱いている、両親に対する複雑な気持ちを、もう少し仲良くなったら聞いてみたい。
文学の前では、そして猫の可愛さの前では、人種だ何だは無力なのだ。
私達は文学でつながれるし、
私達は、「あなたの猫かわいいね」で簡単に笑顔になれる。
全てはそこからだ。

猫が可愛いから、それでいいじゃないか。




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