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担当アカウントにMTが導入されたときのこと

こんにちは/こんばんは

ふと思い立ったので書きます。けっこう前のことですが、チームリードとレビューを担当しているアカウントで、一部がMT(PE)になるという連絡を受けました。

そのアカウントでは、マーケティング翻訳、字幕、システムUI、プレスリリース、操作手順など、さまざまな仕事があります。そのなかで、ヘルプ記事だけをMTに置き替えることになりました。人間的な翻訳力が求められない dry なコンテンツだからというのが理由だそうです。

蓋を開けてみると、大変でした。

手順系の翻訳は平易なので、MTでも純粋な言語面ではあまり大きな問題は起こしません。しかし、MTはスタイルが苦手です。ずっと前からの問題ですが、この点はあまり議論されていないようですね。括弧の種類とか、全角半角の文字間にスペースを入れるとか、カタカナの長音とか、カタカナ複合語の表記とか、あと漢字もそうですね(用語周りも弱いですが、まぁPEとその後のレビューでリカバリーできる程度かと)。

せっかくそこそこまともなMTが出力されるのに、スタイル面でダメダメすぎたので、おそらく翻訳者がその修正に手間取っているだろうと予測しました。じっさい、レビューしているとスタイルをなおしきれていないエラーがじゃぶじゃぶ出てきました。

ヘルプ系の記事で大切なこととか、優先順位とか。

ヘルプ系の記事でもっとも大切なことは、読んだ人が手順を理解できることです。漢字の使い方とかは(コストを重視するなら)ぶっちゃけ適当でもかまいません。「ですます」と「である」や体言止め、句点の有無などが揺れていても理解に支障はありません。プロとしてはそのようなテキストにOKを出すことにためらいがあるかもしれませんが、クライアントの経営判断を尊重すべきでしょう。一方で、UIが正しく訳されていることは必須です。UIに違う訳があたっているとただしく手順を再現できなくなりますので。

で、どうしたか。

MTPEを担当してくれている翻訳者を集めて話を聞きました。案の定、スタイル系の修正に時間がかかりすぎているというフィードバックが得られました。そこで、MTPEの新しいガイドラインを作ることにしました。

スタイルエラーは直さない。

プロ翻訳者としては結構ドラスティックなルールです。たとえば、UI文字列が [] で囲まれていても 「」 で囲まれていても直しません。あえて統一することはやめました。箇条書きの文末が常体でも敬体でも、句点があってもなくても、同じ箇条書きの中でスタイルが揺れていてもスルーします。理解には支障がないからです。カタカナの長音が揺れていても、カタカナ複合語がスペースで区切られていても、中黒でも、何もなくても全部スルーです。

一方で、製品名やUI文字列はしっかりとチェックして直すことを絶対条件としました。そのアカウントでMTPEが何割オフになっているのかは聞きませんでした。良い条件でも0.8掛けでしょう。0.7もよくみます。さすがに0.6となるとケチケチすぎて唾を吐きかけたくなりますが、現実には存在するようですね。まぁとにかく、0.8掛けでもスタイルを直している余裕はないので、意味的な正確性やUIの正確性に全振りすることにしました。

MTPEのガイドライン・スタイルガイドを作成した

上記の方針を新たにスタイルガイドに盛り込むことにしました。言語面での正確性を担保し、UIをかならず調査することを条件とし、それ以外は「余裕があれば直してね」というレベルに格下げしました。

結果は三方よし

翻訳者はMTPEのディスカウントを受けても、スタイル面での修正から免除されたので、おそらくトータルでは通常のHTジョブと同じくらいの収入が得られているのではないかと思います。ヘルプ記事を読むオーディエンスも手順とUIが正確なので目的を達成できます。クライアントもコストを減らすことができて満足しています(あ、もちろん上記のスタイル修正の免除はクライアントに丁寧に説明して了解をとっています)。

メリハリが大事

ということで、これといったオチがないのですけども、メリハリが大事ですね。すべてのクライアントが、すべてのコンテンツタイプで、最高品質を求めているわけではありません。翻訳のコスト削減という経営判断はしっかり尊重すべきです。一方で、コストを削減すれば品質も落ちるということをわかりやすく説明してなっとくしてもらうことがリードやPMに求められるスキルです。ヘルプ記事では内容とUIの正確性さえ担保すれば、そのほかがイマイチでも目的は達成できるのです。オーディエンスもそのあたりを気にするひとは多くありません。

蛇足&補足

いわゆる「HT並の品質」が何を指しているのか定かではないのですが、通常のHTでやっているスタイル系の修正をポストエディターの仕事にしてしまうと絶対にペイしません。MTが翻訳市場に入ってきたのを見たのはおそらく20年くらい前のことです(当時はルールベースのMTで今よりさらに使えない品質でしたけども)。どうしてスタイル系のエラーがなくならないんでしょうね。日本語がマイナー言語だからか、日本語のスタイルが理解されていないのか、声を上げる人がいないのか、理由は分かりません。言語系のリードをしている皆さん、もし dry なコンテンツタイプにMTが導入されるようなことがあれば、上記のようなスタイルエラーを無視するという対応も一考の価値ありです。

今日のところはこのへんで。アディオス!


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