見出し画像

AI翻訳の手直しを何か別のことに喩えてみる②(管理部門のAI助手編)

先日、AI翻訳の手直しを何か別のことに喩えてみる①(タクシードライバー編)という記事を書いたところ多くの翻訳者の方からポジティブな反応をいただきました。このシリーズに、トコ @TOCO_STELLAさんも別バージョンで寄稿してくださいましたので、以下に掲載したいと思います(見出し、太字、引用テキストなどの装飾については翻訳ジャーニーが手を入れました)。トコさんありがとうございます!

AI助手、登場

たとえば、あなたは企業の管理部門で働くベテランの契約社員だとします。
ある日、新ツール「AI助手」が導入されることになりました。平たく言うとAI搭載のアンドロイドです。経営者はこう言います。「AI助手は、人の代わりに入力をしてくれる。精度は95%ほどだが、慣れれば便利に使えるだろう

あなたはさっそく、社員の給与計算をAI助手にやらせてみました。これまでは、人が専用アプリケーションを操作してやっていた仕事です。AI助手は、同じアプリケーションに必要な項目をまたたく間に入力していきました。

※これは、現実のAI搭載ツールの話ではありません。もしもAI翻訳を一般のオフィスツールにたとえたらこんな感じ、というたとえ話としてお読みください。

おことわり

予測不能のミス

経営者は、AI助手の精度は約95%だと言います。それは一見、悪くない数字に思えますが、よく考えたら単純計算で20人に1人の給与計算を間違うということです。あなたはAI助手の仕事を軽くチェックしてみました。

すると、AI助手は人がやらないようなミスをすることがわかりました。ひと目で間違いとわかる値が入力されている項目もあります。あなたはAI助手に「このミスは、どうして起きたの?」とたずねてみましたが、返事はありません。AI助手は、出力結果の理由を説明してはくれないのです。

※ちなみに、AI翻訳では、機械が人間と同じように文章を理解できるわけではないので「なぜ、そう訳したかわからない誤訳」が発生します。

AIはブラックボックス

精度95%の実用性

理由がわからないミスがランダムに再現するということは、チェック作業も、20人のうち1人分の給与計算だけ確認するというわけにはいきません。AI助手が行った「すべての入力」を、人が最初から見直す必要があるということです。場合によっては計算しなおす手間もかかります。結局、AI助手の恩恵が受けられるのは比較的シンプルな作業だとわかりました。

AI助手で賃金カット

ほどなくして、経営者から「歩合制の賃金は、これまでの額から3割減額する」という通達がありました。あなたもその対象です。

経営者の言い分はこうです。「AI助手が入力作業を代行するので仕事が楽になるはずだ。従業員は、従来よりも多くの仕事を引き受けられるようになるだろう。より多く働けば、最終的にはこれまでと同じ金額になるだろう」

あなたは、上司にこう報告しました。「入力の手間が省ける部分もありますが、人が専用アプリを使うよりも精度が落ちるので、現在のAI助手の性能では、期待されているほどの効率アップはできません」。
それでも結局、AI助手を導入しているすべての部署で、賃金が一律に3割カットされてしまいました。

どこかにあるユートピア

経営者の話によると、あなたの部署ではない、どこか別の部署では、AI助手を便利に活用しているところもあるそうです。おそらくそうした部署には、AI助手の仕事をすべて人が見直し、修正することになっても、全体的な効率アップが期待できる仕事が存在するのでしょう。でも、あなたの部署は違います。AI助手の仕事には、向き不向きがあるのです

あなたは、かつて表計算ソフトが社内に導入されたときのことを思い出しました。もしも、20行に1行の頻度で計算ミスをするアプリケーションだったら? それは便利なツールとして定着したでしょうか?

新たなテクノロジーに、最初から完璧を期待するのは無理なのかもしれません。けれど、「すべての仕事がAIに向いているとは限らない」という事実は、軽視すべきではないでしょう。
AI助手の導入を急ぐあまりに、テクノロジーが人を支えるのではなく、人がテクノロジーを支える構図が生じていないか…?」あなたは、3割カットの給与明細を見ながら、そんなことを考えました。

たとえ話のまとめ

  • AI助手で効率化できる業務はある。ただし、AIの仕事には向き不向きがある。

  • AI助手のミスは予測不能(不測のミスをカバーできるスキルを持つ人材の確保が必要)。

  • AI助手のミスをカバーする人材は、賃金カットの対象になりがち。

  • AI助手の仕事を人がすべて確認して修正するくらいなら、従来の専用アプリケーションを最初から人が操作した方が早い場合がある。

現実世界のAI翻訳

実務翻訳の「AI翻訳」も、現在のところ「AI助手」と同様に、対応分野による向き不向きがあります。

どうなる、AIアシスト

「あと数年で翻訳者は全員失業する」と言われてから随分、長い時間がたちました。その間、分野によってはAI翻訳の品質が大幅に改善される一方で、「AIアシストなし」の従来の翻訳案件も、特に品質に厳しいと言われるお客様の案件を中心に存続しており、二極化の兆しが見えています。

「AIアシスト」の存在感が増す中で、特に「不向き」な分野でどう向き合えばいいのか、これまでに考えたことをいくつか共有したいと思います。

  • できれば受注前にAI翻訳の品質を確認する(あまりに低品質なものはいっそ断るか、可能なら条件を交渉する)。

  • 常に、より条件の良い仕事を探す(同業者との情報交換も大事!)。

  • AIアシストに求められる品質が「人が訳したのと同等レベル」である場合、それを下回るとレビュー時に厳しく評価される可能性があることを心にとめておく。

  • 円安時の新規開拓の場合、外貨で受注できれば「割に合う仕事」になる可能性あり(朗報!)

これに続く知恵を、誰かほかの人がつないでくれることを願っています。
リアル「翻訳こんにゃく」が登場する未来まで、まだしばらくかかりそうです。同業者のみなさんと連携して、情報を共有していけたらと思います。

トコ @TOCO_STELLA


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?