見出し画像

翻訳者じゃない人に向けて、翻訳発注の側面から、人力翻訳、AI翻訳のみ、AI翻訳+人力修正の違いについて話すよっ!

こんにちは。なんか最近ずっとAI翻訳とかそういうテーマで書いています。翻訳者じゃない人とプロ翻訳者との間で認識の乖離がすごいので、ちょっと参考情報としてまとめてみたいと思います。ご意見ご感想はコメント欄にお願いします。

用語の定義:人力翻訳、AI翻訳のみ、AI翻訳+人力修正とは

人力翻訳とは、プロの翻訳者がゼロから翻訳して通常は別の翻訳者が内容をチェックするという作業工程です(細かい話は省きます)。以降は「HT」と書きます。Human translationの略です。

AI翻訳のみとは、Google翻訳やChatGPTなどに原文を投げて、返ってきたそのままの訳文です。以降は「MT」と書きます。Machine translationの略です。(厳密な定義とかは突っ込まないでね)

AI翻訳+人力修正とは、上記のAI翻訳結果を人間が見て修正するというもの。事後編集のことを Post-editing(ポスト・エディティング)と言い、「PE」と表記します。MTをかけたあとのPEなので、以降は「MTPE」と表記します。

翻訳ジャンルも求める品質もいろいろ

一口に翻訳と言っても、ジャンルはさまざまです。HT、MT、MTPEのどれを選ぶかを考えるときには以下の3つのパラメーターが重要になります。

予算、品質、コンテンツタイプ

予算

当たり前ですが、一般論として予算があれば良い翻訳ができます。期待通りの結果を得やすくなります。

品質

どのくらいのミスを許容できるのか。言い換えれば、どのくらいの品質を求めているのか、という指標です。質が良ければ良いに決まっていますが、ビジネスとして発注するなら妥協が必要です。

得意(コンテンツタイプ)

MTには得意なジャンルとそうでないジャンルがあります。得意なジャンルであればMTやMTPEでほしい結果が得られます。詳しくはこのあと見ていきますね。

ケース別の翻訳発注

ケース1:個人利用でビジネスや学術系の文章を読みたい場合

プロ翻訳者じゃない人なら、このケースが一番なじみがあると思います。仕事で必要な書類が英語などの外国語だったりすることはよくありますよね。

多くの人がMTを使って便利だと思う瞬間はこれ!

予算:予算は出ないか、出たとしたとしてもごくわずかです。
品質:自分が読むだけなので、誤訳があっても許容できます。ほとんどのケースで「だいたい何が書いているかをざっくり知りたい」というニーズが多いと思いますし。
得意:この種のドキュメントは、MTがそこそこ得意とするジャンルです。

ケース1ではMTがおすすめ

MTが得意なジャンルで、求める品質が高くないので、期待する結果を出せるでしょう。まぁ、そもそも予算がないのでその意味でもMT一択なんですけど。

この結果を見て「MTは使える!翻訳者はいらない!」と短絡してしまう人は多いかもしれません。一応書いておきますが、「予算はほぼゼロで、誤訳しててもいいから、ビジネス・学術のドキュメントを翻訳して」という依頼が人間翻訳者のところに来ることはありません。だって、それはMTかけておけば済むでしょう?

ケース2:商用目的でドライな情報を伝えたい

たとえば、ある企業が開発している製品のサポート記事なんかが該当します。

MTPEが使われることが多い

予算:商用目的なので、予算はありますが、潤沢というわけではありません。
品質:高いに越したことはないのですが、大きな誤訳がなければ(あるいは多くなければ)とりあえずオーケーとされます。
得意:コンテンツタイプはさまざまですが、サポート記事のようなものは結構得意です。

ケース2ではMTPEがおすすめ

こういうパターンだと、MTPEが活躍します。HTよりは安価で済ませられますので、予算が厳しい場合にも向いています。流ちょうさは求められないので、MTでも許容範囲の結果が出てくるし、PEの負荷もそこまで高くありません。

何度も書いていますが、特定のジャンルを除いて、HTだけで生活が成り立っているような翻訳者は好んでPEの仕事を請けません。そうなると、PEの仕事を請けるのはHTの仕事で予定が埋まらない人や新人翻訳者などになります。いくらMTが得意なコンテンツタイプだからと言って、安い&最高品質の両方を達成するのは無理があります。(とはいえ、HTで発注したからと言って最高品質のHT翻訳者が担当してくれるとは限らないのですよねーー)

ケース3:商用目的でマーケティング文章や顧客満足に直結するテキストを訳したい

はい、来ました。ここは私の得意ジャンルです。ウェブサイトのトップページや製品ページ、顧客に送るニュースレター、店頭に並ぶポップやポスターなどなど、マーケティングや顧客満足に関係する翻訳です。

予算:無条件では出してくれません。でも、良い翻訳は良い収益に直結するのがマーケティング翻訳なので、結果や効果に納得していただければ予算は引き上げてもらえます。
品質:けっこう高い品質が求められます。意味的な誤訳は許容されませんし、タイポもダメ(プロフェッショナリズムに傷が付く)。流ちょうさが低い翻訳もアヤシイ印象を与えてしまいます。
得意:MTはこの手の翻訳がかなり苦手です。MTは個々のセンテンスだけを見れば流ちょうに見えますが、パラグラフ、ドキュメントの中で見るとそうでもありません。コンテキストがわからないので。

ケース3ではHTがおすすめ。予算と品質を下げるならMTPEも視野に

まず、MTが苦手というところがネックです。MTが苦手な場合、出力される訳文は手直しがたくさん必要になります。そういう出力のMTPEは敬遠され、あまり良い翻訳者が集まりません。仮にHTと同等の予算まで引き上げたとしても、おそらく最終的な結果はHTの方が良くなります。つまりマーケティングや顧客満足アップの効果もHTの方が良くなるので、最初からHTを選んでおくのが賢明です。

言っときますけど、これはポジショントークじゃありませんからね(!)

HTと同等の予算は出せない、という場合には品質面で妥協できるかを考えてみてください。予算の縛りがあってそれを変えられないなら、品質面で妥協をしてMTPEにするというのはアリです。MTPEの価格でHTの結果が得られるということはありませんので、そこのところはよろしくお願い申し上げます。

ケース4:MTが超得意な一部のメディカル・特許の分野

産業翻訳/実務翻訳と呼ばれるビジネス系の翻訳のなかでもレアケースですが、メディカルの一部と特許の一部では、MTがかなり良い出力を出します。

予算:どの翻訳分野もそうですが、値下げ圧力というのはあります。それでも専門性の高いジャンルですので予算はしっかり組まれているはずです。
品質:高い品質が求められます。人命にかかる内容だったり、訴訟に関係する表現だったりしますので、誤訳が出た際の悪影響はかなりのものです。いわゆるマーケ的な流ちょうさは求められていません。(誤解のない表現は求められています)
得意:メディカルや特許の全部がそうではありませんが、その中の一部のコンテンツタイプではMTが大活躍します。おそらくHTで依頼してもHT翻訳者がMTを活用するのではないかと思うくらいです。

ケース4ではMTPEがおすすめ。MTだけでは品質を担保できない。

MTが得意なコンテンツタイプとは言え、高い品質や専門性が求められる翻訳です。専門の翻訳者がチェックするプロセスは必須です。

ケース5:商用目的で漫画を世界に発信しようず!

予算:あとで論じます。
品質:一定以上の品質が求められます。誤訳をしても人命が脅かされることはありませんが、原作者や読者はがっかりしますね。受け手側の期待値が高いというのは漫画翻訳の特徴だと思います。最低限、ストーリーの流れがつかめる程度の正確性は担保する必要があり、それだけでもかなり難度の高い翻訳が求められます。
得意:無理。無理無理の無理です。りーむーです。キング・オブ・ハイコンテクスト翻訳の漫画をMTが処理するなんて……。普通のマーケティング系ドキュメントですら許容可能なレベルで上がってこないのに。

ケース5ではHTがおすすめ。品質がどうでもいいならMTPEにするのもあり。

このケースでは予算が不明です。仮に潤沢にあったとしても、そもそもMTが超苦手とするジャンルのアウトプットが使い物にならないので、MTPEの作業内容は事実上の訳し直し=実質HTという結果になると思います。それなら最初からMTPEにせずにHTで発注すればよくないですかね?

それに、上でも書きましたが普段からHTだけで予定が埋まっている人はPEを請けません。HTで仕事が埋まらない人や新人翻訳者が請けるので、必然的にPE作業者の腕は専業HT漫画翻訳者より下になるのだと思うのです。

そもそも、漫画のHT翻訳も報酬が特に高いという話は聞きません。なりたい人が多いからでしょうか。それなのに、MTPEの発注方法にすることでその報酬がさらに3割、4割と引かれてしまうというのは持続可能ではありません。別のところで書きましたが、MTPEはHTとはまったく次元の違う仕事なので、PEを続けてもHTがうまくなりません。

漫画翻訳者が足りない?

そうですね。HTができる翻訳者の数と、翻訳されるのを待っている漫画の数にミスマッチがあるようです。しかし、だからMTPEという話にはなりませんよ。ケース5の条件では、MTPEを出しても事実上の割安HTになるわけですからね。

足りないのなら、新人漫画翻訳者を発掘し、育成し、普通以上のHT料金を出して、育てるのが持続可能で、読者の期待にも応えられて、文化の発信につながるんじゃないですかね。

まとめ

ということで、5種類のパターンを見てきました。HT、MT、MTPEのどれを選ぶかを考える際の一番のポイントは、MTが得意なジャンルかどうかです。

誰もいない高速道路をスムーズに運転できる自動運転車だからといって、歩行者が多く、路地が入り組んでいて、ラーメン屋の天下一品が立ち並ぶ街でも同じように安全な走行ができるわけではありません。

  • 個人利用であればMTで事足ります。MTが多少苦手でもいけます。

  • MTが得意なジャンルでも、品質を確保したければ予算を上げてMTPEにする必要があります。

  • MTが苦手なジャンルで、品質も確保したければ、MTPEは意味をなさないので、最初からHTにするべきです。

  • MTが苦手なジャンルで、品質も確保したいのに、HT翻訳者がいないという理由でMTPEするのは非論理的です。翻訳者がいなければ育成するしくみを作るのがベストです。

現場からは以上です。アスタ・ルエーゴ!

関連記事:
漫画のAI翻訳に29億円について
翻訳者じゃない人にAI翻訳の修正がいかに苦痛か説明するよっ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?