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『坂口安吾全集 15』 – 日めくり文庫本【1月】

【1月13日】

机と布団と女

 小説新潮の新年号に、林忠彦の撮影した私の二年ほど掃除をしたことのない書斎の写真が載ったから、行く先々で、あの部屋のことをきかれて、うるさい。しょっちゅうウチへ遊びにきていた人々も、あの部屋を知ってる人はないのだから、ほんとに在るんですか、見せて下さい、と云う。見世物じゃないよ。
 林忠彦は私と数年来の飲み仲間で、彼は銀座のルパンという酒場を事務所代りにしているから、そこで飲む私と自然カンタン相照らした次第で、このルパンでも、彼は四五枚、私を撮した筈である。小説新潮の太宰治の酔っ払った写真もこゝで撮したものだ。
 ルパンで撮した私の四五枚のうちに、一枚、凄い色男に出来上ったのがあり、全然別人の観があるから、私はこの上もなく喜んで、爾来この一枚をもって私の写真の決定版にするから、と林君にたのんで、たくさん焼増ししてもらった。
 私は写真にうつされるのがキライである。とりすますから、いやだ。それで、新聞雑誌社から写真をうつさせてくれと来るたびに、イヤ、ちゃんと撮してあるから、それを配給致そう、と云って、例の色男を配給してやる仕組みにしている。
 林忠彦は、これが気に入らない。あれは全然似ていないよ。坂口さんはあんな色男じゃないよ。第一、感じが違うんだ、と云って、ぜひ、もう一枚うつさせろ、私は彼の言い方が甚だ気に入らないのだけれども、衆寡敵せず、なぜなら、色男の写真が全然別人だというのは定説だからで、じゃアいずれグデングデンに酔っ払って意識せざる時に撮させてあげると約束を結んでいたのである。

——坂口安吾『坂口安吾全集 15』(ちくま文庫,  1991年)307 – 308ページ


1月13日は「たばこの日」とのこと。1946年1月13日に「ピース」が初めて発売されたことに因んで、愛煙家が制定した記念日らしいです。
坂口安吾の作家像を印象づけることになる、林忠彦が撮影したあの「書斎の写真」にも、ピース缶が転がっていますね。

/三郎左

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