『志ん朝のあまから暦』 – 日めくり文庫本【12月】
【12月18日】
昔は、中元、歳暮に限りませんで、いつも買い求めている店の中には、カオで貸してくれるところもあった。で、支払いは晦日か、もっと先伸ばしにして盆暮、というのんきな時代。借金を掛といい、借金を受け取りに来る人が掛取。借金てェものは、その場で支払いませんから、ついつい、いい気になっちまって嵩が張ってくる。呑み屋さん、酒屋さんのツケと同ンなじようなもので、気がついた時には積もり積もって富士の山。大変な金額になっている。
熊さん、八つぁんの世界も同様で、
「八つぁん、ほら今年もまた掛取が来たよ。どうする?」
「む、そうだなァ。む、熊さん。横町のご隠居に教えてもらったように、あれでいこう」
「あれとは」
「酒屋の番頭は芝居が大好きだ。そこで近江八景に似た文句を盛り込んで、何とか掛取を追っ払っちまうのさ」
「ほらほら、おいでなすったよ」
「えー、お掛取さまの、おはいりィーッ」
「む、熊どの八どの、合わせて、このたび月々に溜まりし味噌醤油、酒の勘定。きっと受け取ってまいれとの主人の厳命ィー。上使の趣、む、かくの次第ィーッ」
「へへーッ。その言いわけは、これなる扇面」
「む、なにィ、扇の表に書かれしは、こりゃまさしく近江八景の歌。この歌もって言いわけとな」
「心やばせ(矢走)と商売にィ、浮見堂やつす甲斐もなく、膳所(銭)はなし、城は落ち、堅田に落つる雁がねの(借り金の)、貴顔(帰雁)に顔を合わす(粟津)のもォ、比良の暮雪の雪ならでェ、消ゆる思いを推量なし、今しばらくは辛崎のォ」
「む、松で(待って)くれろというわけか」
「へへェーッ」
「今は昔、掛取風景」より
——古今亭志ん朝、齋藤明『志ん朝のあまから暦』(河出文庫,2005年)276 – 278ページ
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