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『饗宴』 – 日めくり文庫本【12月】

【12月24日】

 太古の昔、俺たち人間は、現在のような姿はしておらず、それとはまったく異なる姿をしていた。
 第一に、人間には三つの性別があった。すなわち、現在のような男性と女性の二種類だけでなく、第三の性別が存在していたんだ。これは、男性と女性をあわせもつ性別で、いまでもその名称は残っているんだが、この性別自体は消滅してしまった。これを〈アンドロギュノス〉といい、太古の昔には、これも一つの種族であった。このアンドロギュノスは、姿も名前も、男性と女性という二つの性が一緒に合わさってできていた。しかし、それはもはや存在せず、人を侮辱するための言葉として残っているだけだ。
 第二に、それぞれの人間の体は球体をしていて、背中も脇腹も丸かった。手は四本あり、足も同じく四本あった。そして、丸い首の上には、うりふたつの顔が二つついていた。一つの顔の正反対の側に、二つの顔があったのだ。耳は四つ、生殖器は二つ。それ以外の部分については、いまの話から類推してほしい。
 太古の人間も、いまの人間と同じように直立して、どの方向にも好きなように歩くことができた。また、早く走りたいときには、軽業師が足をまっすぐ伸ばして、くるくると倒立回転をしていくように、当時は八本あった手足で体を支えながら、くるくると早く移動することができた。
 ところで、なぜ、このような三つの種族が存在していたのか。それは、男性は太陽を起源として生まれたものであり、女性は地球を起源として生まれたものだが、両性をあわせもつアンドロギュノスは、月を起源として生まれたものだからだ。なぜ月からかといえば、月は太陽と地球の性格をあわせ持っているからね。また、彼らの体が球体で、回転しながら移動していたのも、彼らの生みの親である天体の姿を模倣してのことなんだ。

「第5章 アリストファネスの話」より

——プラトン『饗宴』(光文社古典新訳文庫,2013年)78 – 80ページ


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