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#55 文化人類学者・深田淳太郎「貝殻通貨が教えてくれるもの」(2022.5.20&27)

今回のBOYSはアカデミックであります。三重大学人文学部准教授の深田淳太郎先生との会議。

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深田先生は普段、文化人類学を学生に教えているのですが、そもそも文化人類学って何する学問なんでしょう?

僕はお金や経済に興味があるんですが、大学の人文学系の学問なので「人間とは何か?」「私たちが生きている世界はどういうものか?」を考えてるんです。それを探るにはいろんなアプローチがあるけど、文化人類学者がとるのは異文化や他者が生きてる世界観と比較する方法。フィールドワークで異文化の住人と一緒に生活して私たちの文化との差異がわかると、これまで当たり前に思ってきた私たちの世界がヘンに思えてきて。そうすると常識の枠組みが外れて、根本的な問いに向き合うことができるんです

つまり多様な文化を横断することで、人間の本質を探ろうとするのが文化人類学。文化人類学者って世界のあちこちを飛び回ってる印象ありますよね。

僕もパプアニューギニアに行ったし、僕の同僚はアフリカやアマゾンに行きました。けど最近は遠くに行かない文化人類学者も増えてて。たとえばお金でいうと、証券会社のディーラールーム。異文化って遠くにありそうだけど私たちの身近にも一般と違うルールで生きてる人がいて。「このディーラールームで人々が行動する原理は何か?」を研究すると、それが一般社会とは異なるシステムだったりするんです

なるほど「異文化=外国」ってわけでもないんですね。で、深田先生の研究テーマは「お金」。いろいろ著書も出されています。

僕はもともとお金に関心があったんですけど、インターネットで調べてたらパプアニューギニアの新聞の記事で「貝殻貨幣が法定通貨になる」っていうニュースを読んだんです。「貝殻が州の公式のお金になるんだ!」って。それでビックリして調べることにしたんです

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パプアニューギニアって……ここですか。パプアニューギニアに飛んだ深田先生は、そこで「タブ」と呼ばれる貝殻貨幣を知ります。タブは現地に住むトーライ人たちがヨーロッパ人が来る前から使っていたもの。それが今回政府公認の第2の法定通貨として認められた、と。貝殻がお金替わりって原始時代みたいな感じがしますが、そうではないと深田先生は言います。

タブを使ってる人って、市場経済に縁遠くて貝殻のお金を使ってるわけじゃなくて、むしろ先進的な人なんです。教育レベルが高くて、経済力もあるエリートが普通のお金と貝殻のお金を一緒に使ってるのが実態なんです

100年以上「タブ」と呼ばれる貝殻貨幣と「キナ」と呼ばれる現金が併存しているというフシギ。普通、文明が進んでいくと貝殻通貨は駆逐されそうですが、逆に法定通貨に昇進したというのが興味深いです。町では普通の通貨が使われ、ちょっとしたモノの売り買いは貝殻で行われているようです。

ちなみにその貝殻貨幣=タブってこんな感じ。深田先生が手に持ってるのがお金なんです!

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タブは貝殻を紐に通して数珠状につなげたもの。長さが単位で両手を広げた長さが1単位。子豚は紐10本、みたいな感じで使うそう。あ、下の紐が1単位で、それを束ねると上の自転車のタイヤみたいなものになるとか。

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で、面白いのがタブとキナの棲み分け。「現金で買えないものはあるけど、貝殻で買えないものはない」と言われるくらい、実は強いのは貝殻のお金。土地使用の権利や結納金は貝殻しか使えず、現地では「貝殻のお金は重いお金。現金は軽いお金」と言われているとか。

貝殻のお金は使ってもいずれ循環して自分のところに戻って来ると考えられてるんです。お葬式で配ったり、結納金として相手に渡したり。誰かに与えるといつか返ってくる。彼らの人生で一番重要なのはお葬式で、死ぬとき自分がどういう人間だったかはっきりすると考えられてて、お葬式ではその人が一生かけて貯めた貝殻を参列者に配るんです。現金は相続できるのに貝殻のお金は子供に相続できなくて、あくまで個人のもの。死んだら全部まわりに配らなきゃいけないんです
安心して死ぬためには貝殻を貯めなきゃいけないって気持ちがあるんです。貝殻を持ってないとちゃんとした葬式ができなくて、それに対する恐怖ですよね

日本でも2000万円問題とか「死ぬまでに現金を貯めなきゃいけない!」って気持ちがありますけど、そういう感じなんですか?

徳を積む、に近いかもしれませんね。貝殻のお金ってやりとりの中で信頼関係が生まれるんです。生活の面で不安がなくても、死ぬためには貝殻が必要。死ぬと貯まった貝殻通貨を使って親族が立派な葬式してくれて、みんなに還元されて「いい人だったな~」って思ってもらえる。お金を儲けるのは大事だけど、それを周囲に還元しないと強欲だと思われるんです

こうして「お金とは何か?」を考えていくと、原始的に思えた貝殻通貨と最先端の仮想通貨、ビットコインの共通点も見えてきます。

貝殻のお金ってモノだけど、それをやりとりした記憶の方が重要だったりするんです。「あのときあの人に与えたな」とか「その次に返してもらったな」とか。そこで残るのはお金自体より、やりとりした「記憶」、そこでつながった人間関係。一方でビットコインもモノとしてのお金はないけど、誰々にいくら渡したとか、やりとりした「記録」がブロックチェーンという技術を使ってインターネット上に残される。人と人の間の「記憶」や「記録」を残すという意味で、貝殻通貨と仮想通貨、暗号資産は似てるような気がします

それを元に「お金の未来」に想いを馳せます。

現金が入ったとき、貝殻のお金はいずれ消えると思われてたけど消えなかったわけです。それと同様、仮想通貨が入ってきたら紙幣やコインはいずれ消えるだろう、キャッシュレスになるだろうと考えがちだけど、そうでなくてもいいんです。貝殻通貨と現金が併存するように、紙幣とコインと仮想通貨が併存しても全然おかしくない。金もそうだけど、複数の貨幣システムが補完関係になっているのが通常なんじゃないでしょうか

ひとつ好奇心。ここまでお金について考えいたら、深田先生、もうお金について達観してたりするんですか? オレはお金なんていらねえ~、と?

いや、僕もこんな風に話してますけど、お金がないと苦しいです(笑)……ただ、貝殻のお金と付き合って思ったのは、単に消費して終わりではなく、お金のやりとりすることでいろんな人と人間関係を耕していたりするわけです。それは人生のセイフティネットにもなるし、豊かに暮らすことにもつながる。まあ、そうなったらそうなったで今度は貝殻に追われて生きていくのかもしれませんけど(笑)

金儲けがすべてではない世界がある? お金は貯め込めばいいのではなく、回して人間関係を豊かにするもの?……うーん、そう考えると仕事や暮らしに対する向き合い方も変わりそう。 タブの話はこちらでも詳しく語られているので、ぜひともご参考に!

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2022.5.16 on-line

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