【ココロコラム】できる人、やさしい人の落とし穴

このコラムの読者は、ある程度人間の心理について興味や関心がある方が多いでしょう。人間の心理に通じていると、周囲からは頼れる人とか、できる人、あるいはやさしい人という評価を受けることもあるのではないかと思います。それは、もちろんたいへん結構なことです。ただ、その評価が固定して、自分でも周囲にもできる人、やさしい人だというキャラクターを続けていると、知らないうちにココロの落とし穴に落ちていることもあります。一人でストレスをためこみ、ある日突然、爆発するということになったら大変です。いい人だけに、かえって気がつきにくいココロの落とし穴を知っておいて、ストレスを未然に防ぎたいものです。

いい人、やさしい人、できる人に共通する美点が協調性です。就職活動をはじめとして、社会人になってからもいたるところで出てくるキーワードです。たしかに、協調性は周囲との人間関係をうまく調整し、チームワークで仕事をやり遂げるのに必要な力ではあります。当然、できる人は協調性を持ち合わせているでしょう。多少自分の主張を曲げてでも、組織や集団の意志を尊重する。周りに気配りをする。みなのまとめ役になるなど、日常で協調性を発揮しているシーンも多々あるのではないかと思います。もちろん、これは基本的にはいいことです。

ところが、協調性が行き過ぎると、他人の頼みを断れない。その結果自分ひとりで仕事を抱え込み、オーバーワークになりやすい。また、人の話を聞いてばかりで自己主張できず、知らず知らずのうちに自分の言いたいことが言えず、うっぷんがたまっていくことがあります。気づいたら自分の仕事が明らかに他人より多いとか、何かと相談ばかりされるというポジションになっていたら、少し自分のメンタルヘルスに気をつけたほうがいいでしょう。協調性を重視しすぎるあまり、自分の人生を犠牲にしては、何にもならないからです。

協調性を持っている人の落とし穴は「自己主張すると他人は嫌な気分になるのではないだろうか」という思い込みです。実際には、そんなことはありません。不快な自己主張をする人は確かにいますし、そういう人が組織では目立ちますし、マスコミに露出しがちなのも自己主張が強いタイプです。それを嫌ってか、協調性のある人ほど、自己主張を嫌う傾向にあります。しかし、人間はある程度自分の意見を主張しないと、相手の意見だけが通っていきます。結果的に、どんどん自分の活動範囲が狭くなってしまいます。言うべきことはきちんと主張しないといけません。

といっても、協調性の高い人にいきなり自分の意見を堂々と主張しろといってもハードルが高いと思います。簡単にできるトレーニングは、少し人に頼まれたことを断る練習をすることです。いい人ややさしい人ほど、頼まれたら断りきれずに、何でも引き受けてしまい、損をしがちです。お人よしすぎるのです。練習だと思って、あえて意識的に断ってみるぐらいでよいと思います。

もう一つ簡単なトレーニングでお勧めなのが、自分の好き嫌いをはっきりさせることです。嫌いな人や嫌いなことなのに、周りに合わせて関わっていることがけっこうあります。そういう機会を減らしてみましょう。ぐっとココロがラクになります。一般的に、協調性が高い人ほど、嫌われたくない心理が非常に高いです。実際には、トータルで好かれていればいいのです。万人に好かれようとする努力は、自分に無理な負担を強います。

いい人ややさしい人、あるいはできる人。たまにはその殻(から)を破ってみましょう。それが、あなたのココロを少し楽にしてくれると思います。

(精神科医・西村鋭介)

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