月が綺麗ですね、って夏目漱石さん、そんな遠回しに言ったって伝わるわけないじゃない。
また彼が「やっぱり忘れられない」って言って戻ってきてくれることを心のどこかで期待している自分がいる。そんなこと言われたって、「今更だよ」って言って、戻るつもりもないけれど。
彼のことをこれ以上好きになりたくないから、思い出なんか美化されなくていいのに、だんだん美化されていく。楽しかった思い出だけが、色濃く蘇る。
彼と会った最後の夜は、月がとても綺麗だった。そんな月を見て、涙が流れた。綺麗な月を見る度に、彼との最後の日を思い出して、悲しい気持ちなんかになりたくないのにな。
彼が夢に出てくる。何回も何回も。そして、朝目覚めて悲しくなる。勝手に出てこないでよ。もう記憶の中から忘れたいって、願ってるんだから。
彼もこうやって私のことを思い出してくれる時があるのだろうか。二人で過ごした日々を懐かしんで、戻りたいと思ってくれる時があるのだろうか。もしそうなら、嬉しいんだけどな。
彼に彼女が出来てから、私が知っている彼ではなくなった。彼はもっと優しくて、もっと素直で、もっと真っ直ぐだった。いつも目と目を見ながら向き合ってくれる、そんな人だった。世界中どこにいたって、私のために駆けつけてくれるような、そんな人だった。世界が敵になっても、彼だけは味方でいてくれるような、そんな人だった。スーパーマンみたいな人だった。そんな彼がもういない。
彼は優しい人だった。素直な人だった。真っ直ぐな人だった。でも、今は違う。勝手に期待して、勝手にそんな人じゃなかったって言うなって言われるかもだけど、期待なんかじゃない。私はそんな彼を実際見てきたんだ。この目で、一番近くで、そんな彼を見てきたんだ。期待でも、妄想でも、何でもない。
最後の日、何で彼は泣いていたんだろう。何で来世では一緒になろうって言ったんだろう。何で強く抱きしめてくれたんだろう。考えても、考えても、分からない。去り際に一瞬だけ、過去の感情が蘇ってきただけのことだろうか。
彼は変わった、って思っていたけれど、彼が変わったんじゃなくて、私は彼の一部分しか見ていなかったのかな。今の彼も、本当の彼で、でも本当の彼の側面を私は見ていなかっただけなんだろう。十年以上一緒にいたから、彼のことを知り尽くしているつもりだったんだけどな。まだ、知らない部分があったなんて。
松田聖子と郷ひろみ、貴乃花と宮沢りえ。好き同士だったんだろうな。でも、周りの反対があったんだろうな。今ではそれぞれが別の家庭を持っている。そんな中でも、彼らがお互いのことを思い出す日はあったりするのだろうか。どうか、あってほしいな。
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