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TENET/もう終わりにしようにみる「孤立」と「反復」というテーマ

TENETのこの考察記事がとても面白かった。


TENETを見終わった後、不思議と「もう終わりにしよう」という映画を思い出した。なぜか深く考えなかったのだが、上の記事で合点がいった。

「孤立」と「反復」というテーマが同じなのである。
そして、この孤立と反復は非常に男性的だ、と感じた。


TENETの主人公は世界を救う人間は一人じゃないという老婆に対して「自分が主人公だ」と言い切る。世界の中心が自分であるかのような言い方は、非常に妄想っぽい。

主人公には名前が無く、それも一人の人間の妄想っぽさを増している気がする。というのも、自己とは他者に呼ばれて立ち上がってくるものなのに、彼は名前を呼ばれないのだ。境界のない自己。まるで、世界全てが自己であるかのようだ。

しかも、結末で未来の自分が計画した作戦を自分で実行していた、ということが分かる。映画を通して描かれる彼は「未来の自分が計画した作戦の中で生きる自分」なのだ。非常に閉じた世界であり、世界全てが自己であるというのは強ち誤りではない。

ストーリーの中で友情は描かれるが、結局その友情も相手の死で終わり(救いは主人公を知らない相手ともう一度出会うことだが)、また閉じてしまう。

この主人公は何度も時間を往復して繰り返し、全てを知ることで自分を世界から疎外した位置におき、孤立する。

それから、主人公はスパイなのだが、スパイという職業は秘密を持ち、自分の全てを他人にさらけ出すことは絶対にできない。この仕事も、主人公の「孤立」を強調するかのようだ。


「もう終わりにしよう」は、ある男性の年季の入った妄想である。

「もう終わりにしよう」のメインキャラクターの男性は、人と関係性を持つことに苦労していた。過去にバーで「この人は…!」という女性に会うが、現実では声をかけることができず、自分の頭の中で「あの時、声をかけていたら……」という世界線を構築する。

映画の中で、彼女の名前が何度か変わること、男性の両親がだんだん老いていくことから、その妄想が何度も繰り返され、上書きされ、書き直されている、ということが察せられる。

当然のことだが、たった一人の男の妄想なので閉じている。現実での男は「孤立」しており、妄想の世界を生きている。

彼女が車の中で自作の詩を披露する、というシーンがあるが、それはその男性が過去に読んだ詩だった。自分の脳内をグルグル回っているような奇妙な感じがする。外に出る方法がないかのような。


一方の映画は007オマージュでパワフルな男と聡明な美女の世界観(スパイ映画らしくジェットボートで華やかに遊ぶ)、他方の映画は男女ともに海遊びは苦手そうで暗く不気味でほとんどホラーじみた世界観(映画のほとんどは暗雲垂れ込めた雪道を走る暗い車内)、全く違う映画に見えるが、どちらも映画も「男の反復する妄想の中に閉じて、孤立している」のだ。

「閉じて、孤立する」とは、非常に男性的である。孤独死の7~8割が男性である、ということを鑑みても男性的である、といえるのではないだろうか。


ただし、この二つの映画の「孤立」は同じようで、別種の「孤立」と言えそうだ。

TENETの孤立は、ある種ロマンなのである。
TENETの主人公は世界から疎外されるが、それは結果的に自分で仕組んだものだ。最初の記事にもあるように孤立するという美学の結果である。秘密の多いスパイに人が憧れてしまうように、その美学にロマンがある。

強者である主人公による選択的孤立と言えるだろうか。
だから、主人公はその孤立のロマンから出ることはない。遠巻きに自分が守った妻子を眺めるだけだ。そのシーンはどこか虚しい。その虚無感すらもロマンの一部といえるので、倒錯しているが……。

最後のシーンが車内というある種の狭い空間であるということが象徴的だ。

(ちなみに、同じ監督が撮っているインセプションも現実世界に戻ってくることができたのか微妙な終わり方をする。どちらにも共通する終わりの後味の悪さは、この監督が「男性的なマッチョな孤独のロマン」を全肯定できていない印なのではないか、とふと思う)


「もう終わりにしよう」の孤立は、選択的なものでは全くない。人とうまく関われなかったために、男性は止むを得ない事情でそこへ追い込まれた。自分で仕組んだものでは断じてないし、声をかけることができなかったという悔いで「あの時ああしていれば……」を繰り返す世界なのだ。

その妄想は一種のセーフハウスのはずで、自分を疎外する外の肌馴染みの悪い世界から男性を守っているんじゃないかと思う。

それでも、映画の最後で、男性は妄想の中に自分と女性を閉じ込めることを終わりにして、外へ出る(しかも、この決意は恐らく彼の死を意味するのだろう)。自分を守るものと決別すること。これはとても勇気のいる選択で、素晴らしい心の強さであり、聡明さだと私は思う。

こちらの映画の最後のシーンは、今までの天候の悪さが嘘のように晴れ渡った朝がやってきて、とても清々しい。


同じ「孤立」と「反復」を描きながら、全く違う結末を迎える。どちらも素晴らしい、いい映画だ。

最後まで読んでくれてありがとう。