見出し画像

“サラリーマンをやりながらゲーム翻訳者になる方法を教えてください”に対するわりと本気の回答

お世話になっております翻訳姫です。

翻訳姫さんはおもにゲームのテキストやUIのローカライズという形でオタクコンテンツに関わらさせていただいている中日翻訳者のひとりなのですが、珍しく学生の方から「翻訳者になるにはどうすれば良いのですか?」みたいな質問をいただいて、そんでその回答をしたので、その内容を備忘録として晒しておくかと考えた次第です。
同じような悩みを抱えているけれど相談する相手がいない、という人に届けばよいなと思っています。

ところで翻訳姫さんはいちおう現役の中日翻訳者ではあるのですが、翻訳者としての広報アカウントでデカパイフェルンにいいねするといった公私混同を日々行っているので、こういったわりと真剣めな質問をいただくことは非常に稀です。

ではなぜそんな翻訳姫さんに質問が送られて来たのかというと、これは数週間前の話になるのですが、『ブルーアーカイブ』さまと『とある科学の超電磁砲』さまのコラボ企画に対する翻訳姫さんのあるツイートが微バズしたことが原因かと思われます。
そのツイートとは以下のような内容でした。

このツイートを行った動機は単純で、「なぜ『ブルーアーカイブ』はいまさら『とある科学の超電磁砲』とコラボする必要があるのか?」というネットの論調に対する自分なりの考えを言語化するためでした。

『とある科学の超電磁砲』は原作初出が2007年なので、『ブルーアーカイブ』をプレイしている若い年齢層のファン(10~20代)は普通にこの作品については知りません。
2007年というとapple社が変な携帯電話を販売し始めて、それがアメリカでちょっとブームになってるらしいで、という噂が流れ始めたとか、まだそんな時期です。
コンテンツ自体は非常に根強い人気があるので、ほんの2~3年前にも新作がリリースされているのですが、おそらくファン以外はほーんで流して記憶にもないでしょう。

このため、今回のコラボ企画は一部の想像力豊かな人々を刺激することになりました。
要するに、飛ぶ鳥を落とす勢いの『ブルーアーカイブ』が今さらそんな古い作品とコラボするなんておかしい、だってブルアカ側にはなんのメリットもないじゃないか……というわけです。
このため、『ブルーアーカイブ』がコラボ企画を予告した当初は、ホロライブとのコラボ説が濃厚とされていました。「一軍女子は一軍男子と交際するもの」というクラス内ヒエラルキーに近い思想がそこにはあったのでしょう。

今回の記事の本質とはほとんど関係がないので、翻訳姫さんの考えをここに再びまとめる意義はあまりないのですが、ひらたく言えば「『とある科学の超電磁砲』を見て青春時代を過ごしたオタクがソシャゲ開発に携わり、そして結果を残しているから今だからこそ、そういったいわゆる懐かしい時代の作品がコラボ先として候補にあがりやすい環境が出来上がっているのだ」ということでした。

むろんこれは翻訳姫さんの空想です。
そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。『ブルーアーカイブ』はコラボ先コンテンツの名前を書いた紙飛行機を飛ばして、たまたま一番遠くまで飛んだ『とある科学の超電磁砲』とのコラボを決定した、というだけかも知れない。それはわれわれ部外者には分かりません。

で、そういった一連のツイートのなかで、翻訳者のスタンスについてふれたのが以下のツイートです。

『とある科学の超電磁砲』世代の中華圏や韓国語圏のオタクがソシャゲ開発に携わり、そして確かな結果を出している以上、そこには2000年代初頭に流行したオタクコンテンツの残滓というか、エッセンスのようなものが反映されているはずです。

聖書を知らない人間がブッシュ大統領の失言を理解できないように、ナンジャモSARの価値を知らない警官がヨドバシカメラの前でケンカする転売屋の動機を解明できないように、2000年代初頭を青春と共に過ごしたソシャゲ開発者の作品を、2000年代初頭のオタクコンテンツを履修していない翻訳者が正確に翻訳するのは難しいのでは?つまりそれって、われわれ翻訳者にとってオタクコンテンツとは“教養”ってことだよね……というのが翻訳姫さんの論旨でした。

こういった一連のツイートが微バズして拡散された結果、ゲーム翻訳者とはなんぞやという悩みを抱える学生の元にまで翻訳姫さんのツイートが届いてしまったというわけです。

質問者のハンドルネームは、ここでは「ワイさん」としましょう。

DMでやりとりした結果、「ワイさん」は大学三回生で、中国語レベルはHSKだと5級、留学経験があるので日常会話程度であればこなせる人物ということでした。
中国語学習は進めていたものの、これまで翻訳には関心がなかった。けれど大学で翻訳に関する講義を受けて翻訳というものに興味が出て来た。なので将来的にはゲーム翻訳の仕事に関わりたいという希望がある。おりしも大学三回生というタイミングで、インターン期間も始まっているため、翻訳会社を選択しようと思った。しかし、インターン先には翻訳関連の会社が見当たらないので、現在はとりあえず中国語に関連した会社にインターンとして参加している。
というのが「ワイさん」の現状です。

では実際のやりとりを見ていきましょう。

“お忙しい中失礼致します。一つお尋ねしたいことがあってDMを送らせていただきました。 結論から申し上げますと、中日翻訳者になるにはどの様にすれば良いのでしょうか。また、必要な技能はどの様なものなのでしょうか。 私は現在就活中の大学3年生であり、春学期にとった翻訳の授業が面白かったため翻訳、特にゲームの業務に興味を持ちました。しかし、インターネットで調べてもサイトによって言うことが少し違っていたりと信憑性に不安があるため、ぜひ実際にゲームの翻訳業務に携わっている方の意見を知りたいと思い翻訳姫様に連絡をさせていただきました。”

これに対する翻訳姫さんの最初の返信はこうでした。

“こんにちは。私からワイさんにアドバイスできることは限られていますが、その前に確認しても構いませんか?大学3年で就活中ということはもう何件か内定を貰っていて、その中に翻訳会社が含まれているということでしょうか。それで新卒で翻訳会社に入るべきかどうか悩まれてる、ということですか?”

次がワイさんの返信。

“返信ありがとうございます。結論から言いますと、その通りです。新卒でそういった会社に入社するべきか悩んでいる状況です。しかしまだ一社も内定は持っておりません。ただ、中国語を生かした業務に携わりたいと考えておりまして中国と取引が多い企業を中心にインターンを受けている状況です。私が新卒で翻訳会社に入るべきか悩んでいるのは、一般的な翻訳者のキャリアがわからないからです。私が調べた限り、ゲームの翻訳業務に携われるようになる為にはフリーランスになるか、翻訳会社に就職するかのふた通りの道があるらしいのです。つまり、ある程度関係のない会社で業務経験を積んでから目指すべきなのか、それとも最初から翻訳会社に行くべきなのかと言うのが、結論としての質問となります。”

要するにワイさんの質問をざっくりまとめると、
「翻訳者になるためには翻訳会社に入社するべきなのか、それとも他業種の会社に務めながら翻訳者としてのキャリアを積む方法があるのか。あるとすればそれはどのようにするのか」
というものだったわけです。

これを踏まえて、翻訳姫さんは以下のように回答しました。

“結論から言うと翻訳者を目指すのであれば翻訳に関連する会社に就職するのがベストだと思います。私には翻訳会社に所属していた経験はありませんが、フリーかあるいは本業をこなしながらよりも素早く確実にスキルを身につけることができると思います。おそらく職業翻訳者としてのキャリアもこちらのルートを経由するパターンがより一般的だと思います。
普段利用されている就活サイトに翻訳会社からの募集が見当たらないとのことですが、これは複数の就活支援サイトに登録してみるとか、検索でヒットした会社に直接問い合わせるといった手法でアプローチ可能なはずです。
極端な話、『原神』のmihoyoなども常時翻訳者の募集をかけていたりするので、思い切ってmihoyoなどの大手企業にいきなり応募してみるというのもありと言えばありです。
ただ、今のワイさんを採用してくれる翻訳会社、あるいはゲームスタジオがあるとは正直思えないです。
HSK5級かつ日常会話が可能というのは決して低いレベルではないので、絶対にないとは断言できませんが、おそらく実務経験の有無を最大限優先するはずだからです。
そういうわけで、うまく状況が噛み合って翻訳会社に就職した場合はそれがベストですし、それでこの話は終わりです。
ここで私などのアドバイスを仕入れるよりも、新生活が始まるまでは一旦この話は忘れて、仕事が始まってから、就職先の先輩たちに一から指導を受けた方が良いです。職場で仕事をこなしていけばそれが自動的にキャリアになってくれるので。
問題は翻訳会社に採用されなかった場合の方です。
ワイさんは中国語に関連する会社でインターンをされているということですが、中国語を日常業務で使用する会社に勤めていたとしても、翻訳の実績は翻訳をすることでしか積み上げられません。
たとえば語学学校であるとか、貿易関係の仕事に就くことで社会経験や人脈を得ることはできると思いますが、それがそのまま翻訳業務につながる事態はちょっと考えられません。
「いずれ翻訳業務に就きたいから今は中国語を活かせる業種に就いておこう」というのは一見合理的に見えるけれど実はそれほど合理的ではない、というのが私の意見です。
特に今はゲーム翻訳というテーマに注意が向いているので、意識的にせよ無意識的にせよ中国語という条件で進路を絞り込んでいるのだと思いますが、中国語に関係する仕事なんて社会全体からみればごく一部です。
「中国語」あるいは「翻訳」に意識が向きすぎていると、貴重なチャンスを見落としてしまうことにもなりかねません。
「中国語」のことは忘れて進路をもう一度見直してみるというのも大事であると私などは思います。
さて、じゃあその場合、中国語とも翻訳ともぜんぜん関係ない会社に勤めながらどうやって翻訳者としてのキャリアを積み、ゲーム翻訳につなげていくのかという話になりますが、方法はふたつあります。

①中国語圏のACGコンテンツに触れる
ゲーム翻訳を目指しているということですが、ご自分が将来担当する(かも知れない)未翻訳ゲームタイトルがどのぐらいあるか把握されているでしょうか。台湾での留学経験があるということですが、台湾のインディーズゲームスタジオをいくつ挙げられるでしょうか。それらスタジオが運営しているSNSはチェックされているでしょうか。それで実際に遊んでみたことがあるでしょうか。
翻訳という行為はそれ単体では成立し得ません。
「ゲーム翻訳がしたい」ではなく「○○というスタジオの△△という新作を担当したい」みたいな具体的な発信ができて初めて翻訳という次の段階の話に進むことができます。
HSKの受験はどうでもいいのでまず中国語圏のゲームタイトルに触れまくってください。

②遊んでみた作品についてSNSで発信する
次に遊んでみたタイトルについてSNSで発信しまくってください。批判的な意見ではなく、ひたすら良かった点を挙げて、いかに自分が中華ゲームが好きかというアピールをしてください。これは日本語でも中国語でも構いません。しばらくすれば同じ嗜好を持つ仲間が増えて来るはずです。
コミュニティを形成できれば、人脈もできます。
SNSでのレビュー歴はそのままゲーム翻訳者としてのキャリアの端緒となります。SNSというのは翻訳会社に所属しない個人がキャリアを積み上げる一番手軽な方法のひとつです。
③①に戻る

これだけです。
これだけ、と言ってもサラリーマンをこなしながらこのふたつのサイクルを回すのは非常に大変です。おそらくすぐにイヤになると思います。
けれどこれはとても重要なことです。
ワイさんのアカウントを見て真っ先に感じたのが「何者なのか分からない」という印象でした。アイコンも地味でハンドルネームも曖昧、このアカウントを見て「ゲーム翻訳がしたいんだな」と思う人はいません。
それはゲーム翻訳の仕事を依頼する人がいないということと同義です。
実際に翻訳者になる前から翻訳者としてのキャリアなど積んでいても無意味なので、まずは「中華圏のゲームがめちゃくちゃ好きな人間」としてのキャリアを積み上げてください。
翻訳者としてのキャリアや能力を磨くのはその後でもじゅうぶん間に合います。 これを会社勤めをしながら10年続ける気持ちでまず1年やってみてください。”

最初に書いてある通り、結論としては「翻訳会社に潜り込めればそれがベスト」です。これ以外の回答はありません。おそらくどの翻訳者に訊ねてもだいたい似たような回答になると思います。

ただ今回に限っては、質問者が“将来的に翻訳者になりたいからとりあえず今は中国語関連の会社に入っておくか”という曖昧な理由で自らの進路を狭めているらしいことが気になったので、その辺の指摘を含めた結果、アナコンダみたいにだらだらと長い返信になってしまいました。

人生もポケモンカードもそうですが、なんとなく選んだ結果が正しいということは基本的にありません。

たとえば大学を出た後でニートをするのでも、「俺は働くのが嫌いだからニートをするんだ」とはっきりした理由に基づいてニートになるのと、「就職について相談する相手もいないし、そんな気力も湧かないし、なんとなくニートになりそうだけどしばらくこのままでもいいかな……」みたいな感じでなし崩し的にニートになるのとでは、雲泥の差があります。

前者ならニートになった理由をはっきり言語化できているので、改めて就職活動を再開するにしても、「働くのが嫌いだから、あまりハードな職場は続かないな。最初はフリーターでもいいから、とにかく自分の時間をしっかり確保できる職業を選ぼう。そのためには……」という具合に論理的に軌道修正ができますが、なし崩し的にニートになった場合では、そもそも自分がニートになった理由が理解できていないので、修正しようにも修正すべき軌道がどこにあるのかすら分からない……みたいな状況に陥ってしまいます。

今回質問をいただいた「ワイさん」も同じです。
ワイさんは恐らく真面目な方なので、将来的には間違いなくゲーム翻訳者になれると思います。

ただワイさんは「ずっと勉強を継続する」ことの恐ろしさをまだ分かっていません。YouTubeのしょうもないインフルエンサーとかが吹聴している社会人をやりながらスキマ時間で語学学習みたいな将来設計が、どれほど無謀なものか知らないのでしょう。
だから、ひたすら中国語学習を積み上げていけば、いつかゲーム翻訳者としての終着点に辿り着くのではないか。だったら、とりあえず今は中国語に関連する会社に入っておけばいいんじゃないか……みたいな発想が出て来る。

でも、違いますよね。

ワイさんが好きなのは、ゲームの方であって中国語じゃないはず……
中国語学習は……あくまで……オマケ……!
本当に興味があるのは……こっち(ゲーム)……!


翻訳の講義を受けて「面白い」と感じたのも、外国語を日本語に変換する際の知的かつスリリングな体験を「面白い」と感じたからでしょう。決して中国語そのものが面白かったわけではないはずです。

だったらいいじゃないですか、中国語に拘らなくても。そりより大事なのは、中華圏のゲームを好きになることです。
俺は中華圏のゲームが大好きだ!あっちの国には、まだまだ知られていないだけで、こんなに面白い作品が沢山あるんだ!
その発信をひたすら続けていくこと。それが一番重要なことです。

もちろん、中国語を日常的に使用する会社に進むのも全然ありです。
いや、本当に純粋に中国語が好きなんだけど……というひとがいるなら、それはそのままで全然良いです。

ただ大事なのは、「翻訳者という立場を目指すこと」よりも、「翻訳を通じて何をしたいのか」を常に言語化することです。それができていれば、どこかで回り道をしてしまうことがあったとしても、いずれはゲーム翻訳者に辿り着くことができるはずです。

かなり長くなってしまいましたが、今回はここまでにします。
読んでいただいてありがとうございました。
それでは。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?