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”美しく書きやすい紙”とは―新春特別展 「書の紙」展|成田山書道美術館

国内外から年間1千万人を超える参詣客が訪れるという成田山新勝寺(千葉県成田市)。一千年を超える歴史があり、広大な境内に数々のお堂が建立されています。初詣に行ったことがあるという方もいらっしゃるでしょう。
ところで、この境内の奥に、国内有数のコレクションを所蔵する「書」の美術館があるのをご存知でしょうか。成田山書道美術館では、現在、新春特別展「書の紙」が開催されています(~2月18日[日]まで)。

皆さんは「書」と聞いて、どんなことを思い浮かべるでしょうか。「子どものころ書道教室に通っていた」「書初めの宿題が大変だった」「毛筆のきれいな字に憧れる」・・・などなど。

通常は「書」そのものについてだと思いますが、「書」が書かれた「紙」にどんな種類があり、それらがどのように作られて、書家の表現とどのように関係しているのか、ということまで思いをめぐらす機会となると、これまであまりなかったかもしれません。

成田山書道美術館は、日本史や古典の教科書で一度は見たことのある、著名な歴史的人物の「書」を多数所蔵しています。それらの「書」を彩るのが、様々な技法と加工工程を経て生み出された書のための「紙(料紙)」です。

ひと口に「紙」と言っても、「書道の紙なら、和紙でしょう」という声が聞こえてきそうですが、ではいったい何をもって「和紙」と言うのでしょうか。長い歴史を持つ中国の「書」が書かれた「紙」は「和紙」とどう違うのでしょうか。

成田山書道美術館は、成田山公園の奥にある。成田山新勝寺大本堂の東側後方へ進むと、四季折々の美しい景観が広がる。庭園内には高さ約20メートルの雄飛の滝があり、色鮮やかな鯉や水鳥が憩う三つの池もある。
三つの池の一つ「竜智の池」。右に浮御堂、奥に見えるのが成田山書道美術館。

本展は、奈良時代から現代までの古今の「書」の貴重な作品を展示するとともに、それが書かれた「紙」(専門的には「料紙」という)に施されている“加工”に焦点を当て、その「紙」がどのように作られたか、様々な加工の技術工程の一端を詳しく解説しています。

奈良時代から令和時代まで、珠玉の作品群が紙の加工の種別により展示されている。

文具店などで販売されている半紙のような無地の「白い紙」(この“白い”、も何をもって白いと言うかも大きなテーマですが)、また染料に浸けたり、それを刷毛で引いたり、紙を漉く過程で着色を施したりする「染紙そめがみ」、文様が刻まれた版木で摺られた「唐紙からかみ」、あるいは金銀の箔を撒いたり、継ぎ合わせたり、下絵を描くなどの装飾が施された紙、一部に違う色味の繊維を漉き込む「雲紙くもがみ」など、加工にもじつに多くの種類があります。

「染紙」の例。植物染料(展示は蘇芳、インド茜、矢車、黄檗、梔子)の種類によって、様々な色に染まる。
胡粉を刷毛で引き染める「具引き」、版木の文様を雲母で摺り出す「雲母摺り」などの技法を道具や版木とともに解説したコーナー。展示されている版木は、戦前の昭和時代に京都で活動していた唐紙師・宮田三郎のもの。宮田三郎については本展図録に詳しく紹介されている。”書の紙”としての唐紙は明治大正期には作例が少ないという。
伝藤原公任筆「石山切伊勢集」(平安時代 彩箋墨書 一幅)。白い具引きを施し、さらに白い雲母で「丸に唐草文」が摺られている「唐紙」。
伏見天皇筆「筑後切(手鑑『濱千鳥』のうち)」(鎌倉時代 彩箋墨書 一葉)。伏見天皇は鎌倉時代を代表する能書家の一人。料紙は、白色の紙料で一層目を漉き、その上に紺紙や紫紙などを叩解(こうかい:紙を切りほぐしたり押しつぶすこと)した繊維を波状に漉きかける「雲紙」の技法が用いられている。

また、墨で書くとき、その文字の“滲み”や、“かすれ”に手間取った経験はないでしょうか。それは単純に「墨のり方が足りなかった」、「筆に墨を充分に含ませていなかった」などではなく、その「紙」がどのように製造されたものかにも影響されるのです。

この“滲み”を止め、意図しない“かすれ”が生じないよう、滑らかな筆の運びを実現するべく、「紙」の平滑性を高めるのが「打紙うちがみ」と呼ばれる加工方法です。

ごく簡単に言えば、文字通り「紙」を木槌のような道具を用いて打ち、「紙」を構成する繊維の微細な“隙間”を減らしていくと、書きやすい滑らかな「紙」が出来上がります。こうした多種多様な加工方法が複合的に用いられて、墨で書くための「紙」が製造されてきました。

楮(こうぞ)紙の「打紙」の実例。紙の組成の顕微鏡写真を見ると、「打紙」のあり・なしで、繊維の詰り具合の差がわかる。展示ケース手前の2種類の「染紙」の「打紙あり」と「打紙なし」に触れると、「紙」の平滑の差異が実感できる。

今回の展示の見どころの一つは、一部の作品の「紙」の“加工の再現の試み”についての展示です。

伝藤原行成筆の「関戸本古今集」(平安時代 彩箋墨書)の「紙」の製造方法と加工の再現が試みられました。「関戸本古今集」の「紙」は紫、藍、茶、黄、緑などに染められていますが、当館学芸員の田村彩華さんが、「紙」の漉き方、染色の方法などを実際に「紙」を生成して検証しました。現物が展示されていますので、ぜひご覧いただきたいコーナーです。

伝藤原行成筆「関戸本古今集」(平安時代 彩箋墨書 一幅)と、その料紙の色の再現を試みた染紙の種類。本作品(紀貫之、詠み人知らずの2首が書かれている)の薄紫色に注目し、赤や紫に発色する、西洋茜、蘇芳、紅花などの植物染料を用いて浸け染めをし、媒染(染料を定着させる工程)で鉄とアルミの2種を用いたり、藍をかけたりして検証。検証内容は本展図録に詳しく収載されている。

「書」が書かれた「紙」の柔らかな色彩のバリエーションに、これまでは単に「きれいな色の紙だな」という印象で眺めていましたが、いにしえの人びとの知恵と卓抜した技術力によって生み出され、受け継がれてきた、その色の成り立ちを知ると、まったく違った印象になって見えてきました。何より田村さんの熱意が静かに伝わってきて、この特別展に込められた想いを感じます。

そしてもう一つの見どころは、本展の「図録」です。今回の展示の「書」の作品写真と詳細な作品解説に加えて、関連する「紙」の製造技法と加工工程が、多数の資料写真とともに収録されており、大変充実した資料集にもなっています。

「雲紙」を配した表紙が印象的な「書の紙」展の図録。

このほか、日本の紙、中国の紙についての論文や、“美しく書きやすい紙”にはどのような加工が施されているか、研究者の方々が豊富な写真資料とともに寄稿されており、「書の紙」の深遠な世界に惹き込まれました。

小山やす子筆「伊勢物語屏風」(彩箋墨書 六曲一双)より右隻。平成十五(2003)年毎日芸術賞。料紙制作は和紙文化研究家で料紙作家の大柳久栄氏による。紅梅で染められ、仔細に検討された箔の大きさ、砂子の色調や粒子の大きさが、繊細な表現の書と見事に調和する。紙面を平滑にするために、すべて打紙がなされている(右隻は1月21日までの展示、1月23日より左隻を展示中)。

改めて考えてみれば、その「紙」が書きやすいかどうかは、実際に書いてみないことにはわかりません。長い「書」の歴史のなかで、美しく書きやすい「紙」をめぐって、紙を求める人びとと、技術を担う人びとの創意工夫が重ねられ、墨と筆と紙の調和が最高の状態になったとき、唯一無二の作品が生まれる、とも言えるのかもしれません。

2月11日(日・祝)には、「唐紙」についてのワークショップも予定されています。また2月3日(土)には毎年多くの人が訪れる「令和6年 成田山節分会」が開催され、2月17日(土)からは「成田の梅まつり」も開催されます(~3月3日[日]まで)。早春のひととき、成田山へお出かけになってはいかがでしょうか。

展示写真提供=成田山書道美術館
文・写真=根岸あかね

「新春特別展 書の紙」
成田山書道美術館(千葉県成田市成田640)
☎0476-24-0774
[開催期間]令和6年1月1日(月)― 2月18日(日)
[開館時間]9時-16時(最終入館は15時半)
[休館日]月曜日(祝日の場合、翌平日が休館)
[入館料]大人500円、高・大学生300円、中学生以下無料
[ホームページ]https://www.naritashodo.jp/


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