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お地蔵さまは地獄まで救いに来てくださる──西山厚『語りだす奈良 1300年のたからもの』
2014年まで奈良国立博物館で学芸部長をつとめ、正倉院展など100以上の展覧会を運営してきた西山厚さん。その西山さんが、奈良の文化財や史跡、伝統行事などを手がかりに、仏教が根付いた奈良の真髄をやさしく解説した新刊『語りだす奈良 1300年のたからもの』(2024年5月21日発売、ウェッジ)よりお届けします。
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お地蔵さま(地蔵菩薩)はもっとも身近な仏さまだ。
奈良時代には虚空蔵菩薩とセットで造られていた。虚空蔵菩薩は虚空、つまり天を蔵にしており、地蔵菩薩は大地を蔵にしている。そして平安時代には「抜苦与楽」の仏として信仰されるようになる。苦を抜き、楽を与えてくれる仏さま。
やがて、地獄に堕ちた衆生でも救ってくれるという信仰が強くなっていく。
私たちは、生前にどのようなおこないをしたかにより、6つの世界(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)のどれかに生まれ変わるとされる。
前半の3つを「悪趣」というが、天も含めて、いずれも苦しみの世界(穢土)であることに変わりはない。もちろん、地獄が一番苦しい世界であるわけが、たとえ地獄に堕ちても地蔵菩薩は救いに来てくださるのだという。
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鎌倉時代の『沙石集』という本に、地蔵菩薩は「無仏の導師として、悪趣の利益を先とし給ふ事、諸の賢聖に勝れ給へり」と書かれている。
お釈迦さま(釈迦如来)が亡くなって、私たちの世界には仏(=如来)がいなくなってしまった。阿弥陀如来は極楽浄土に、薬師如来は瑠璃光浄土に住んでおられ、私たちの世界(穢土)にはいない。私たちの世界に、次に仏(=如来)が現れるのは、なんとなんと、56億7千万年後のことである。
その遠い未来に現れる仏は弥勒如来であるのだが、それまでの長い日々は地蔵菩薩がみんなの面倒をみてくれることになっている。「無仏の導師」とは、そういう意味。
そして、地蔵菩薩は「悪趣の利益を先」とする。地蔵菩薩は、地蔵菩薩だけは、地獄や餓鬼や畜生の世界に堕ちた衆生から、まず救ってくれるのだという。
キリスト教の考え方では、「最後の審判」で地獄に堕ちると、それはもう永遠であって、救われることはない。
仏教世界では、地獄の住人も、やがて寿命が尽きて亡くなると、またどこかの世界に生まれ変わる。地獄にいる間は悪いことをする余裕はないだろうから、たぶん地獄以外の世界に生まれることができるのだろう。
しかも、地獄で苦しんでいる最中でさえ、地蔵菩薩が救いに来てくださるのだ。
なぜ地蔵菩薩は「悪趣の利益を先」にするのだろうか。悪趣に堕ちたのは自分のせいであって、自業自得なのに。
それが仏教だ、というしかない。仏教は、苦しんでいる人や悲しんでいる人にやさしい。仏教は正義をふりかざさないし、正論で相手を追い詰めることもしない。
6つの世界のどこにいても地蔵菩薩は救ってくれるという信仰から、6体の地蔵菩薩を並べることも始められた。これを六地蔵という。
笠を売りに町へ行ったおじいさん。なかなか売れずに帰る道すがら、6体のお地蔵さまが雪をかぶって立っておられた。気の毒に思ったおじいさんは、頭の雪を払い、売り物の笠をかぶせてあげる。それを聞いて、よいことをしましたねと喜ぶおばあさん。そうして年を越そうとするふたりの耳に、誰かがやって来る足音が……。
この「笠地蔵」のお話に登場するのが六地蔵である。
ところで、もしも地獄に堕ちた場合には、耳を澄ましていることをお勧めしたい。
平安時代にまとめられた『今昔物語集』には、地獄から戻ることができた人々の話が収められている。地蔵菩薩は錫杖という杖をついている。この錫杖の頭部には輪っかが付いていて、動かすと鳴る。地獄でこの音が聞こえたら、地蔵菩薩が近くにおられるのだから、すぐに会いに行けばよい。
だから、地獄では耳を澄ませていよう!
(2020年12月9日)
文=西山厚
奈良で暮らし、奈良を愛してきた著者ならではの “奈良学” が満載の本書『語りだす奈良 1300年のたからもの』(西山 厚 著、ウェッジ刊)は、全国の書店およびネット書店にてお求めいただけます。
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西山厚(にしやま・あつし)
奈良国立博物館名誉館員、東アジア仏教文化研究所代表、帝塚山大学客員教授、半蔵門ミュージアム名誉館長。徳島県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。奈良国立博物館で学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。奈良と仏教をテーマに、生きた言葉で語り、書く活動を続けている。主な編著書に『仏教発見!』(講談社新書)、『仏像に会う 53の仏像の写真と物語』、本書シリーズ『語りだす奈良 118の物語』、『語りだす奈良 ふたたび』(いずれもウェッジ)など
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