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【サンヨーソーイング】日本屈指のコート専門工場が作る本格トレンチコート

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2020年2月号メイドインニッポン漫遊録より)

三陽商会が立ち上げた話題のブランド

 男には、いつかは似合うようになりたい憧れの服があるのだ。筆者の場合、それはトレンチコートだ。映画「カサブランカ」のボギーみたいに、トレンチコートの襟を立てて気障なセリフの一つも言ってみたい。TVドラマ「傷だらけの天使」でショーケンが演じた木暮修のように、トレンチコートのベルトをギュッと結んで格好よく着こなしてみたい。

 昔、作家の野坂昭如がイラストレーターの黒田征太郎と出ている三陽商会のコートの広告があった。あれも格好よかったなぁ。トレンチコートにボルサリーノハットを被ってサングラスに咥(くわ)え煙草。20歳そこそこだった筆者は、野坂昭如みたいにトレンチコートが似合うハードボイルドな男に憧れたものである。

 トレンチコートのトレンチとは、塹壕(ざんごう)を意味する。元々、英国軍が着ていた軍用のコートが起源で、英国の老舗コートブランドのものが元祖と言われている。

 日本にも、ずっと上質なトレンチコートを作り続けている工場がある。青森県の「サンヨーソーイング」だ。ここはあの野坂昭如のトレンチコートの広告の三陽商会が1969年(昭和44年)に設立して昨年50周年を迎えた、国内でも非常に珍しいコートの専門工場である。

 親会社である三陽商会は、ここで長年培ってきたモノづくりの技術を世界にアピールすべく、工場そのものを「サンヨーソーイング」というブランドとして新たに立ち上げた。この秋冬シーズンは、海外でも人気が高いデザイナーの吉田十紀人(ときひと)がデザインしたサンヨーソーイングの名前を冠したコートが作られて、話題になっているのだ。

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サンヨーソーイングのコート作りの技術を極めたトレンチコート。最高品質のギャバジン(織物)を使用。ライナー付きで3シーズン着用可。工場直販とネット販売による完全受注生産で、納期は約1カ月。紳士6サイズ、婦人11サイズを展開。70,000円(税別、送料別)

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コートの裏地に付く工場名と“匠”を冠した刺繍ロゴ

 そこで今回は、サンヨーソーイングを訪ねて青森県の七戸町(しちのへまち)を旅して来ました。ようし、筆者も今年の冬はトレンチコートが似合う男になってみせるぞ。

質の高いコート作りに欠かせない3つの技術

 サンヨーソーイングは、日本一新幹線の駅に近い工場と言われている。七戸十和田駅から徒歩で約1分。晴れた日の東北の空と同じ色をした青い屋根の素朴な建物がすぐ見えてくる。

 工場の玄関にあるショールームには、トルソーを使ってお洒落にコーディネートしたトレンチコートが展示されている。

 コートは衣服の中でもパーツが多くて製造工程が複雑で、生地の寸法も大きく場所を使い、非常に手間のかかるアイテムである。他の衣服工場と違って縫製や組み立てに時間がかかり、多くの専門の職人の手も必要とする。またシーズン物なので、サンヨーソーイングのように1年を通して100パーセントコートだけを生産している工場は他に類を見ない。

「年間3万6000着、コートを作っています。我々が作っているのは一点物の芸術品ではなく工芸品です。求められているのはたくさんの製品を同じクオリティーで作り続けることです。質の高いコート作りに欠かせないのは、まずCAD(キャド)を使って迷わず正確な型紙の作成・加工をする工業パターン技術、それから熟練の職人たちによる高度な縫製技術、そして特殊な仕上げ技術。この3つです」

 自信に満ちた顔でそう語ってくれたのは、サンヨーソーイングの社長の横井享(とおる)さん。

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「コートは機械だけではなく人の目と手がなくては出来上がりません」と社長の横井享さん(中央)

 コート作りは工場のスタッフだけでなく、近隣に住む内職の職人さんたちにも支えられている。釦(ぼたん)付けや一部のパーツ作りは外注もしているのだ。青森で操業を始めて以来、なんと40年以上の付き合いがある人も少なくない。こうした独自のネットワークを築いているのも、サンヨーソーイングの強みだ。

「工場を中心とするこの辺り一帯には、サンヨーソーイングの職人が多いんです。ゆくゆくは七戸がコートの町と呼ばれるようになりたいですね。目指しているのは、工場から職人まで村全体でファミリー経営をしているイタリアのラグジュアリーブランドのような会社です」

 地元の七戸に密着したモノづくりこそが、工場の名前を冠してブランドとして使えるクオリティーの高いコートを生み出しているのだ。

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ベルトの穴は、菊穴といって、布端がほつれないように糸でかがる

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各パーツの縫製やアイロン掛け、製品検査などパートごとに分れて作業する。一人ひとりが職人だ

出来上がるまでに約400工程

 工場を案内してくれたのは、工場長の和田秀一さんだ。サンヨーソーイングで作っているトレンチコートの話をしだしたら、薀蓄(うんちく)が止まりません。

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工場長の和田秀一さん

「トレンチコートはコートで最も専用のパーツが多い衣服なんです。出来上がるまでに約400工程を要します。釦だけでも1着で20個使っています。使う箇所によって種類も大きさも違い、例えばフロントには天然の本水牛釦の中でも希少な半透明タイプを採用しています」

 丁寧に釦を縫い付けている職人さんの作業を見学させてもらう。仕上げに糸を何周も巻いて釦を生地から少し浮かす。

「これは釦の掛け外しがし易くかつ丈夫に保(も)つように、釦と生地の間に程よいスペースを作る縫製方法で、その技術の高さは当社を代表するものの一つです」

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専用の釦と釦付け作業

 面白いのは、コートを吊るした状態でアイロン掛けをする空中プレス仕上げ。広い場所がなければできないコートの専門工場ならではの作業だ。熟練の職人さんが馴れた手つきでアイロンを掛ける姿は、まるで鮟鱇(あんこう)の吊るし切りをしている料理人みたいである。和田さんに「面白い喩えですね(笑)」と言われてしまった。 

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空中プレス仕上げ。一枚一枚、裏地からゆっくり時間をかけて熱を通して、表地を傷めずにシワを伸ばす

 他にも日本で唯一のここにしかない特注のラグラン袖専用のプレス機や、絶妙なテンションで糸を引っ張りながらミシンを掛ける引き縫いなど、さまざまな専門技術を駆使してサンヨーソーイングのトレンチコートは完成するのだ。

 ショールームで出来上がったばかりのトレンチコートを試着させてもらった。うーむ……似合わない。コートじゃなくて、筆者の出来が悪いのね。トホホ。

いであつし=文 阿部吉泰=写真

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
◉株式会社サンヨーソーイング
本社:青森県上北郡七戸町字荒熊内67-18
☎0176-62-2011
https://www.sanyocoat.jp/​

出典:「ひととき」2020年2月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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