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霜葉紅|心に響く101の言葉(6)

奈良の古刹・興福寺の前貫首が、仏の教えと深い学識をもとに、古今の名言を選び、自らの書とエッセイでつづった本書愛蔵版 心に響く101の言葉(多川俊映 著)よりお届けします。

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老いてなお鮮やかに

 現在、ほとんど見向きもされないけれど、かつて中高の国語教育では、それなりに漢文が尊ばれた。ここに取り上げる杜牧(九世紀)の「山行」なども、そうして学ばれた七言絶句の定番だった。

遠く寒山にのぼれば、石径せっけい斜めなり。
白雲生ずるところ、人家あり。
車をとどめてそぞろに愛す、楓林ふうりんくれ
霜葉そうようは二月の花よりもくれないなり。

――晩秋の夕間暮れの一コマ。ふと、わびしい石畳の山道を登っていくと、何と人家があるではないか。こんな山中に住んでいる人もいるんだ。なお、しばらく行く。と、美しいかえでの林である。車を止めて、うっとりと見とれる。楓の葉は霜にうたれて紅く、その素晴らしさはもう、春の花なんかメじゃない……。

 秋の季節、紅葉こうようが美しい。目を凝らせば、その色づき方は一枚一枚違っていて、一つとして同じ色合いでない。楓にかぎらず落葉樹の山は、そうして綾なす絢爛豪華な錦そのものだ。が、そんな一枚一枚色合いが違う葉っぱも、青葉若葉のころは、どれもみな同じだった。それが、晩秋になると、こうも違うのだ。

 これって、人間の一生を暗示していやしないか。老いるにつれ、――二月の花よりも紅なり、といきたいものだ。

老院99の言葉2

多川俊映(たがわ・しゅんえい)
1947年、奈良県生まれ。立命館大学文学部心理学専攻卒。2019年までの6期30年、法相宗大本山興福寺の貫首を務めた。現在は寺務老院(責任役員)、帝塚山大学特別客員教授。貫首在任中は世界遺産でもある興福寺の史跡整備を進め、江戸時代に焼失した中金堂の再建に尽力した。また「唯識」の普及に努め、著書に『唯識入門』『俳句で学ぶ唯識 超入門―わが心の構造』(ともに春秋社)や『唯識とはなにか』(角川ソフィア文庫)、『仏像 みる・みられる』(KADOKAWA)などがある。

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