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言葉を探す旅。ベストセラー『愛するよりも愛されたい』・『太子の少年』が生まれるまで|佐々木 良(作家、万葉社代表)

令和時代に読む、若者言葉の奈良弁で超訳した、『愛するよりも愛されたい』『太子の少年』で話題沸騰中の、作家で出版社・万葉社代表の佐々木良さん。前著は2023年9月現在、12刷14万部。今年7月刊行された、第二弾の『太子の少年 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集②』も5刷6万部で、売上増進中。美術館の学芸員を経て作家デビュー後、ベストセラーはいかにして生まれることになったのでしょうか?

2018年に『美術館ができるまで なぜ今、豊島てしまなのか?』(啓文社書房)で作家デビューして以来、幸いにも執筆のお仕事をいただくようになり、デビュー翌年には『令和は瀬戸内から始まる』(同前)という直島(香川県)についての本を出版しています。本を出したことで、雑誌への寄稿など、原稿執筆で忙しい日が続き、2020年中には、フランス絵画に関する書籍などの執筆依頼がきて、執筆業が軌道に乗りかけていました。

ところが、2020年の年初より新型コロナウイルスが蔓延し、フランスへの渡航が禁止になり現地調査ができなくなったことで、執筆の話は中止になりました。執筆家としての仕事が無くなり、同時に収入が無くなるという大ピンチでした。

すると、国から特別定額給付金という形で給付対象者に10万円が配られました。ここでふつうなら生活費に充てるところですが、私は仕事を立ち直らせようと、その10万円で出版社を起ち上げました。

万葉集との出会い

企業名は令和らしい社名にしようと、元号「令和」の引用元の『万葉集』にちなみ、「株式会社 万葉社」という名前にしました。そして、社名を万葉社にしたものですから、「まずは『万葉集』の本を出さなければならない」と思い、美術大学で培ったデザイン力と、美術館学芸員だった構成力を使って、全ページ和紙を使った『令和万葉集』という本を出しました。

この本をきっかけに、『万葉集』をもっと読みたいという声が上がり、おもしろおかしく現代語に訳してSNSに投稿したら、最初は身内で盛り上がりました。と言っても「いいね」が20件ほどでしたが。

そうしたら、「本になったら買う」という声もあったので、万葉社から「身内で読むくらいの少部数で刊行しよう」と出版することにしました。

ただ、やるからには真剣です。

『万葉集』を読んでいくと、恋歌が半数近くあり、「可愛い子を見かけた」とか、「初恋をした」とか、「あの子と結婚したい」とか、赤裸々に愛を伝える歌が多いことに気づきました。当時は結婚年齢が10代・20代が基本なので、そういった恋歌を歌う当時の男女は「かなり若いな」という印象を持ちました。

しかし、すでに刊行されている現代語訳の本を読んでみると、「我が恋人よ」「愛しき君よ」という訳ばかりです。現代語(令和の時代の言葉)に訳すときに、「令和の若者はもっと砕けた表現をする」、と思いました。自分の彼女に「我が恋人よ」なんて絶対に言わないです。だから、「我が恋人よ」なら、「オレの彼女」、あるいは、「うちの彼ピ」。「愛しき君よ」なら、「オレの好きな人」、「推しの人」と訳すという具合です。

また、奈良時代というだけあって当時の“首都”は、奈良でした。日本各地の歌が集められ、方言を使っている歌には「この表現は東国語(関東の方言)です」と補足が添えられていることもありました。要するに、奈良の言葉が、当時の標準語だったのです。

そこで、今度は「奈良で生まれた文学だから、令和の奈良の言葉で訳さなければならない」と感じるようになりました。それも、昭和の時代を生きたおじいちゃん、おばあちゃんが使っているような古い奈良弁ではなく、令和の今、まさに恋をする若い世代が実際に使っている奈良の言葉で訳そうと考えたのです。

だから、「我が恋人よ、私はあなたのことを愛しています」と堅苦しい標準語(東京の言葉)で訳すことに違和感があったので、「うちな、あんたのことホンマに好きやねん」という具合に、令和言葉・奈良弁で訳すようになりました。

けれども、私は、大阪出身、香川在住でした。奈良の言葉はネットで調べてもよく分かりません。そこで、「令和の生きた奈良の言葉」を探しに、高松から奈良へ旅に出ました。「緊急事態宣言」や「まん延防止期間」、その網を潜りながら、奈良の若い人の恋愛言葉を探すのは、とても大変な作業でした。

じっさい、2020年から2022年の間は、県外行くことは”大罪”でしたから、奈良に行っても白い目で見られ、香川に帰ってきても白い目で見られます。最悪でした。「言葉を探す旅とは、こんなにも過酷なことなのか……」と、何度も心が折れそうになりました。

それでもなんとか若者の言葉を探そうと、“ギャル雑誌”を読み漁りました。ひとくちに関西弁と言っても、例えば「来ない」という単語は、「きーひん、こーへん、きやらへん、きはらへん、こやん」などなど、人によって様々で、この微妙な言葉の違いを探しました。

『万葉集』を現代語にする時、研究者は『万葉集』の研究はしますが、現代語の研究はしません。コロナ禍にあっても、必死に“言葉を探す旅”を続けました。そうして、ついに完成したのが、『愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①』でした。

「まぁ、こんなふざけた本、買う人いるのかな」と思ったので、初版は500部。全国のどんなに小さい出版社でも、初版と言えば、最低2,000部くらいは刷るんじゃないでしょうか。それを500部。私自身、本当に売れると思っていなかったのです。

ところが、口コミでの話題が話題を呼び、2023年9月現在、12刷14万部。今年7月に出した、『太子の少年 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集②』も5刷6万部にもなりましたから、併せて発行部数20万部です。……大ベストセラーになりました。

“言葉を探す旅”をあきらめなくて、ほんとうに良かったと思っています。

文=佐々木 良

佐々木 良(ささき・りょう)
1984年生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。作家。大学時代は油絵を専攻。卒業後は地中美術館、豊島美術館の設立メンバーとなり、京都現代美術館の学芸員を経て、フリーランスで国内外の展覧会を手がける。2018年、『美術館ができるまで なぜ今、豊島なのか?』(啓文社書房)で作家デビュー。『令和は瀬戸内からはじまる』(2019年 啓文社書房)を刊行後、2020年に出版社・万葉社を起ち上げる。2021年に、造本・装幀にこだわり抜いた『令和 万葉集』、『令和 古事記』を刊行、2022年10月に出版した『愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①』がベストセラーとなる。2023年7月に第二弾となる『太子の少年 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集②』を刊行。
万葉社インスタグラム



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