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土井善晴先生を魅了する“百万石の加賀料理”の真髄とは?

料理研究家・土井善晴さんが、郷土料理、食文化、道具や器、それらを支える各地域の歴史や熟達の手わざ等、日本の暮らしを豊かにしてきたモノ、コト、ヒトを、全国津々浦々を巡りながら紹介し、そこに宿る健やかさを独自の視点で掘り下げます。(ひととき2020年6月号「おいしいもんには理由わけがある」より)


伝統工芸の礎を築いた加賀の文化

 私にとって金沢といえば、伝統工芸の街でした。能登の輪島を含め、周囲にある山中漆器、九谷の焼物を訪ねて、幾度も足を運んだところです。

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土井さん、和の趣溢れるひがし茶屋街をぶらり散策

 20代の料理修業時代、北大路魯山人の著作集をよく読んでいました。魯山人によると「日本料理の勉強の半分は料理の着物である器の研究だ」というのです。魯山人は山代温泉の須田菁華窯(すだせいかがま)や山中漆器の職人に習い、自身が顧問を務めた料亭・星ヶ岡茶寮で用いる器を作りました。加賀金箔を生かして、太陽と月を、金・銀の円で表した「日月椀(じつげつわん)」も、ここ金沢で生まれました。

 魯山人は、大家の美術作品にとどまらず、文化人の住む家やその人物、あらゆる対象を酷評し、自ら生きづらくしたことはよく知られています。それでも「小生の作品は総て下手の横好き、むしろ小生は批評に長ずる自信がある」と嘯いていました。残された論評でも、ほとんど人を褒めることはしていませんが、茶(道)をふまえた日本人好みという立場にたった着眼点、洞察力は、その綿密な語りぶりからして、まんざら嘘ではないように思います。そんな魯山人が、古九谷青手(こくたにあおで)・色絵(いろえ)を、「豪快であり、すこぶる雅、世界中の焼物の前にだんぜん優越を感ずる。人間味に富んだ趣のある点が我が国産として大いに誇られる」と、手放しで褒めているのです。私は古九谷の名品を見るために、金沢市内にある「石川県立美術館」を、度々訪ねたものです。

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器と旬の素材を取り合わせるのも、金沢の食の楽しみ。グルマンたちが絶賛する鮨職人・荒川直紀さんが金沢の中心街・片町に今年開いたSushi直〈なお〉では、九谷の小皿で鮨を提供することも

金沢の気候が育んだ精神的風土

 アップル社の創業者スティーブ・ジョブズが大学で禅を学び、近代に活躍した仏教学者・鈴木大拙(だいせつ)から影響を受けたことは有名です。金沢に行けば「鈴木大拙館」に必ず足を運ぶという友人によると、ここは訪問者自身が考えることを意図して設計された建築が、気持ち良いのだそうです。

 鈴木大拙を生んだ金沢は、古代から大陸との交流が盛んで、白山(はくさん)信仰という豊かな精神文化を育む風土がありました。夏は高温多湿・冬は豪雪という厳しい自然にも感謝し、知恵を働かせ、自然の変化を味方にして豊かな暮らしを実現していたのです。そのため藩政期の金沢は、江戸、大阪、京都に次いで人口が多かったそうです。

 1583年(天正11年)の前田利家の金沢入城以後は、軍事的に各藩を厳しく監視していた幕府の挑発に乗らぬように、伝統工芸の礎を築き、学問や芸道を奨励する文化政策で、百万石の城下町を造ったのです。豊かな財政はなんと半数が武士という人口構成を作り、消費が奨励され、恵まれた海の幸、山の幸を求める客を招き、客をもてなす、という料亭文化が金沢に生まれました。

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香り高い金沢春菊(中央の葉物)や甘い太ねぎなど、金沢の伝統野菜は滋味深く、個性的。料理人も腕の振るい甲斐がある

 金沢は、今では美食のほかにアートの街としても知られており、2004年の「金沢21世紀美術館」の開館は、金沢の文化的街づくりの伝統を象徴するものでした。穏やかで美しい美術館の建築コンセプトは、活気を生み出す装置として、持続性のある強いインパクトを与えました。ちなみにここにある「タレルの部屋」はとても気持ちが良くて、私のお気に入りです。

加賀料理の真髄とは

 さて今回は、金沢の中心部、尾山神社近くにある、老舗料亭を代表する「大友楼(おおともろう)」にまいりました。大友楼は1830年(天保元年)創業、加賀藩の御膳所御料理方に代々務め、代々料理頭も務めました。趣深い虫籠窓(むしこまど)に赤壁を用いた茶屋建築の正面に立って眺めると、脇の梅の古木と緑の植え込みに映えて、なんとも良い風情で迎えてくれます。

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店は人目を引く、風格ある佇まい

 門をくぐるとステンドグラスを通した赤い光が艶っぽい。磨きこまれた檜の小上がりには御二階に客を上げる赤い毛氈(もうせん)が敷かれた階段。その脇には、館の奥へ導く、外露地のような石畳があります。粒そろいの黒い玉砂利に四角い敷石とアクセントになる丸石や大きな赤石の飛び石に、隅々まできれいに水が打たれ、内外の灯りを反射する美しい景色は、想像以上に長く続きます。

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奥には加賀藩の茶道の教授所で、250年前に建てられた茶室・一井庵〈いっせいあん〉もある

 奥の座敷に案内していただき、ご主人の大友佐俊(さとし)さんにお話を伺いながら、食事をいただきました。この頃、古九谷は伊万里だと言われますが、と話を向けると、「伊万里だとしても、古九谷は前田家の美意識、金沢で用いられた器です」と、どこで焼かれたかなんてどうだっていいと魯山人と同じことを仰る。

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ご主人の大友さんは、加賀料理に関する文献を数多く所蔵することでも知られ、その中には江戸時代の加賀藩料理人・舟木伝内〈でんない〉が残したレシピ帳「千賀羅久佐〈ちからぐさ〉」が。メニュー項目には「志゛ぶ」の文字も見える

 さてお料理は、ある程度型にはまった懐石料理かと思っていたらまったく違ったものでした。まずお膳に載せて運ばれたのは金沢の郷土料理「じぶ」。じぶとは、ジブジブと煮る台所の音。治部煮として知られているのは、わかりやすくする都合上、当て字をしたもので、かつて、献立はすべて仮名で書かれたものだと、前田家のハレとケの両方に及ぶ献立帳を拝見しながら教えていただきました。味わうと「じぶ」は、私の知る治部煮と違って、えらいおいしい。大友さん曰く、「そのとろみは小麦粉のホワイトソースの感じ」。なるほど、初めにじぶが出されるのは、懐石におけるご飯がわり、お酒の前の養いです。

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優しいとろみのじぶは、専用の蓋物(治部煮椀)で供される。春夏秋冬それぞれの季節によって具は異なり、取材時(3月上旬)は、鴨、しいたけ、ほうれん草

 大友楼らしい「鯛の唐蒸し」は九谷焼の大鉢に尾を跳ね上げて盛られ、取り皿に古九谷の絵皿が添えられます。まるまるした鯛の詰めものはおから。意外なほどの口当たりの滑らかさは、2時間以上の火入れによります。格の高い鯛と庶民的なおからという不釣り合いな取り合わせは、位の上の者から下の者まで皆が食べられるようにという、人々の暮らしの工夫に違いありません。鯛の皮が破れているのも「皮の裂け目は鮮度の良さの証、これが自慢です」(大友さん)

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老舗料亭・大友楼の加賀料理。古九谷の大鉢に盛られた鯛の唐蒸し。奥は、豪華な金蒔絵の盆に盛り込んだ前菜で、九谷色絵の小蓋物に生イカのわたあえ、赤絵の小鉢に卵黄味噌漬、手前にアスパラの鮭燻製巻き、バイ貝、そら豆、どじょう串焼きにからすみ

 金箔に象徴される加賀百万石を“雅と豪華”とばかりに捉えていたのですが、大友楼の料理から金沢の真髄が少し見えたように思います。加賀百万石前田家の料理は、京都や江戸の仕事を真似ることはなく、加賀武士の母親がこしらえたハレの日の料理をそのまま客にふるまったのです。豊かな恵みに支えられ、土産土法(どさんどほう)に徹したがゆえに、その素朴、その力強さを失わないのです。だから、あのゴッホの絵と並べて評される美術品、古九谷の大鉢に盛りこんでも、堂々として見事に調和するのです。加賀において、古九谷は飾り物ではなかったように思います。

「せっかく金沢まで来てくださったのだから、たっぷり食べなさい」とご主人は繰り返し仰る。料亭に限らず金沢の食べもん屋さんでは、昔の母親の手料理と同じ愛情を今も伝えているように思います。

文=土井善晴 写真=岡本 寿

◇◆◇ 土井善晴先生の新刊 ◇◆◇

おいしいもんには理由わけがある
土井善晴 著(ウェッジ)
2023年8月19日発売

本書は料理研究家・土井善晴さんがキッチンを飛び出して、全国の食文化を訪ね歩いた記録です。たとえば一子相伝の江戸佃煮を伝える職人や、濃厚な食味の牡蠣を育てる瀬戸内の漁業者、華やかな加賀料理の伝統を守る料亭の主人らに会い、出羽三山ではもぎ立ての山菜を山小屋の主人と味わう。
風土が生んだ食材と食文化を体感することで紡がれた土井さんの文章は、時に文化論的思索にもおよびます。
著者初の紀行書である本書は、「一汁一菜」とはまた違う視点から日本の食文化を見つめなおす書であり、土井さんが旅する様子を活写したカラー写真も豊富で、格好の食ガイドも兼ねています。

▼ご注文はこちらから

<本書の目次(一部)>
一子相伝、江戸の佃煮[東京都台東区]
赤福餅と伊勢参り[三重県伊勢市]
南蛮渡来の甘いもの[長崎県長崎市・平戸市]
豊饒の美味、琵琶湖[滋賀県大津市・草津市・近江八幡市]
吉兆と湯木貞一の美学[大阪府大阪市]
百万石の加賀料理[石川県金沢市]
日高昆布は万能昆布 [北海道幌泉郡えりも町]
瀬戸内・国産レモンの島[広島県尾道市瀬戸田町]
香気とうま味の奥八女茶[福岡県八女市星野村]
日生湾のふっくら冬牡蠣 [岡山県備前市、和気町]
古式作りの讃岐和三盆[香川県東かがわ市、高松市]
出羽、芽吹きの山菜[山形県西川町、鶴岡市]

土井善晴(どい よしはる):1957年、大阪府生まれ。料理研究家、十文字学園女子大学特別教授。テレビ朝日系「おかずのクッキング」、NHK「きょうの料理」に出演。『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)など著書多数

旅のひとコマ<石川県金沢市>

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大友楼から徒歩3分ほどの尾山神社は、加賀藩祖前田利家公と正室お松の方を祀る神社で、神門にはステンドグラスがはめ込まれている。夕暮れ時には赤、青、黄など色彩豊かに灯る(写真提供=金沢市)

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大友楼。7代目のご主人、大友佐俊さん【上段・左】は、舟木伝内を描いた2013年の映画「武士の献立」で、料理監修を務めた。講演活動も多く、金沢の食の奥深さを広めている

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よし村 【上段】加賀料理が評判の割烹。朱塗りのカウンターがいかにも工芸の盛んな金沢らしい。前出の「金沢の伝統野菜」はこの店の食材をお借りして撮影した 【中段】金沢春菊と能登のしいたけ、ふぐを昆布出汁で湯がく、金沢ならではのしゃぶしゃぶ 【下段】蓮蒸しは、加賀蓮根をすり下ろしてもっちりと蒸し上げた、胃の温まる料理

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約180の小売店が集まる近江町市場 【上段】よし村に野菜を納める北形青果は200種もの野菜を扱う 【下段】ワゴンで手作り和菓子を販売していた竹端商店のお母さん。土井さん、粒あんのおはぎを購入 

Information
◉尾山神社

☎076-231-7210 金沢市尾山町11-1 
[時]8時30分~18時(授与所・御朱印受付)
http://www.oyama-jinja.or.jp/

◉大友楼
☎076-221-0305 金沢市尾山町2-27
[時]11時~15時30分、17時~21時(完全予約制)
[休]無休
http://www.ootomorou.co.jp/

◉よし村

☎076-232-3001 金沢市大工町22
[時]11時30分~14時(要予約)、17時~22時30分
[休]日曜(祝日と重なる場合は要確認)
http://www.ajidokoro-yoshimura.com/

◉Sushi直

☎090-1394-2537 金沢市片町2-4-6
[時]11時30分~14時、18時30分~22時
[休]日曜、祝日
https://www.instagram.com/kanazawasushinao/?hl=ja

◉近江町市場

☎076-231-1462 金沢市上近江町50
[時]9時~17時
[休]年始(1/1~1/4) *[時][休]は店舗により異なる
https://ohmicho-ichiba.com/

出典:ひととき2020年6月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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