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希少な技法で作られる逸品スニーカー!「スピングルムーヴ」

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。そこに行けば、日本が誇るモノづくりの技と精神があふれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2015年12月号 「メイドインニッポン漫遊録」より)

メイドイン備後の逸品スニーカー

 健康志向もあいまって、いま世の中は老若男女、空前のスニーカーブームである。そんななか、お洒落な若者たちからシニア世代にまで人気があり、パリやミラノで開催される世界的なファッションブランドのショーにも使われる、知る人ぞ知るスニーカーがある。

 そのスニーカーはスピングルムーヴというブランドだ。柔らかなレザーを贅沢に使用したアッパーに、踵からつま先にかけてゴムのソールをぐるりと巻き上げた独特なデザイン。ソールの内側を見ると、ロゴマークの下には誇らしげに「bingo, japan」と刻印されている。ビンゴとはずばり、広島県の備後地方のこと。そう、このスニーカーの逸品はここで作られているのだ。それでは第一回の行き先は、こちらといたしましょうか。

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左が一番人気のSPM-110(税込18,360円)。右は牛レザーをビンテージ加工したSPM-115(税込17,280円)

 山陽新幹線の福山駅からローカル線の福塩線に乗り換えて、車窓からのどかな山景色を眺めながら小一時間ほど乗ると、府中駅に到着する。備後地方と呼ばれたこの地区は、古くは福山の備後絣(びんごがすり)、府中家具や府中味噌など、昔からモノづくりの町として知られている。通りを歩けば、古めかしいアーケードやレトロな建物、昔ながらの狭い路地など、どこか懐かしい昭和の薫りがする風景が、今もそこここに残っている。スピングルムーヴのスニーカーは、そんな町で作られているのだ。

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遭遇した昭和な路地

 「わざわざこんな遠くまで来ていただいてありがどうございます」と言いながら、笑顔でワレワレを出迎えてくれたのは、スピングルカンパニーで商品開発から広報までこなす企画部チーフマネージャーの鎌倉節子さんだ。

 いやはや正直なことを言うと、絵に描いたような、のどかな田舎の駅前風景の府中駅。鎌倉さんが出迎えてくれて、スピングルカンパニーの社屋の前にどぉんと建てられた巨大なスニーカーのオブジェを見るまでは、失礼ながら「本当にここでスピングルムーヴのスニーカーが作られているの?」と、いささか不安になってしまったのは確かであります。

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スピングルカンパニーの社屋。左には販売店も

 スピングルムーヴのスピングルムーヴの工場は、道路を挟んで社屋のすぐ目の前にある。最新ファクトリーといった感じはしなくて、TVドラマや映画に出てくるような昭和の町工場のあの雰囲気そのものだ。世界がうらやむジャパンクオリティー。そんなイメージが、この気取りのない庶民的な町工場の佇まいと、すぐには結びつかない。

 ちょうどワレワレがオジャマした時間は下校時刻と重なり、近所の小学生たちが歩いていた。実はスピングルカンパニーの親会社であるニチマンは創業八十四年になる老舗のゴム総合メーカーで、元々学校の上履きやゴム長靴を製作していた。しかしある時期、海外の安価な輸入製品や平成不況のあおりを受けて工場閉鎖の危機に陥ったのである。

今や希少なバルカナイズ製法

 「何としてでも自社工場を残したい! という一心で、八十年以上も続くゴム工場ですから何か宝物が眠っているはずだと工場内を見直してみたら、三台あるバルカナイズ製法の釜と、四十年前の体育館シューズのゴム底の型に目が留まったんです。これだ! と思い、これで何か作れないだろうかと試行錯誤しながら、流行に左右されず品質も良いスニーカーを作ることにしました。そして忘れもしません。平成十四年(二〇〇二)、スピングルムーヴが誕生したのです」

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ずらりと壁一面に歴代モデルが飾られているショールームで鎌倉さんと筆者のスニーカー談議

 一番人気のある柔らかいカンガルーレザーを使用した定番モデル「110」を手にして、そう語ってくれた鎌倉さん。まさにピンチはチャンスとはこのことだ。スピングルムーヴ誕生までには、こんな熱い復活劇があったのである。さっそくワレワレも鎌倉さんの案内で工場見学をさせてもらうことにした。

 工場内に一歩入るとゴム特有の臭いと熱気でムンムンしている。ここで熟練のゴム職人たちが生成したゴムを巨大なローラーで薄く伸ばして、スニーカーの様々なパーツに加工しているのだ。何といっても圧巻は、三台ある巨大なバルカナイズ製法の釜から、プシューッ! という熱気と共に仕上がってくるスニーカーだ。その光景はまるでタイムマシンから出てきた未来のスニーカーのようである。

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日本にもここと数台しかない今や希少なバルカナイズ製法の釜から出てきたばかりのスニーカー

 スピングルムーヴが世界に誇れるメイドインジャパンと言われる所以が、このバルカナイズ製法だ。硫黄を混ぜたゴム底と靴本体を接着して加硫(かりゅう)窯で熱と圧力をかける製法で、実は170年以上も昔にアメリカで発明されたスニーカーの基本製法である。しかしほとんどが手作業なので生産効率が悪く、今やスニーカーの本場アメリカは元より、日本でもスピングルカンパニーの他に数社しか行っていない。特にゴムとレザーを接着させる技術は、ここならではの職人技なのだそうだ。

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工場では熟練の職人にまじってたくさんの若い人たちが汗を流していた。ブランドが有名になり東京や広島などからスニーカー好きの若者が入社することも多くなったという

 そうやって作られているスピングルムーヴのスニーカーは、今や有名セレクトショップや名だたるファッションブランドからのオファーも数多く、この府中の小さな町工場に国内外からバイヤーやデザイナーが訪れる。

 「近所に美味しい府中焼きのお店があるんですよ、お昼がまだならご一緒にどうですか?」

 わざわざこんな遠くまで来てくれたのだからと、鎌倉さんは訪れる誰にでもそう言う。スピングルムーヴが世界に誇れるメイドインジャパンと言われる所以のもうひとつは、こんなおもてなし心なのかもしれない。美味しかったなぁ、府中焼き。ご馳走さまでした。

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府中のB級グルメ「お好み焼 さち」の府中焼き。広島焼きとの違いはミンチ(挽肉)入り。外側はカリッ、たっぷりのキャベツで中はフワッ

 いであつし=文 写真=阿部吉泰

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『 “ナウ” のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い? “イマどき” の賞味期限』(世界文化社)など。
●スピングルカンパニー
<所在地>広島県府中市府中町74-1
<URL>http://spingle.jp/

出典:「ひととき」2015年12月号
※この記事の内容は雑誌発売時のもので、価格など現在とは異なる場合があります。詳細はお出かけの際、現地にお確かめください。


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