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十八番を授けてくれた街|五代目 江戸家猫八(演芸家・動物ものまね芸)
各界でご活躍されている方々に、“忘れがたい街”の思い出を綴っていただく連載「あの街、この街」。第39回は、動物のものまねといえば思い浮かべる江戸家猫八の五代目。鶯、カエル、秋の虫などの江戸家伝統の鳴き声のほか、アルパカやヌーなど、あまり知られてない動物の鳴き声もネタにする猫八さん。十八番を授けてくれた街について綴っていただきました。
私にとっての忘れがたい街は、今から11年前の2013年に訪れた場所なのですが、恥ずかしながら番地どころか街の名前さえ覚えておりません。ただひとつ、何区なのかははっきり記憶しています。とても広大なマサイマラ国立保護区、アフリカはケニア旅のお話をしたいと思います。
首都ナイロビから小型飛行機に乗って、草原地帯につくられた舗装されていない滑走路に着陸すると、信じられない光景が広がっていました。目線の先にはシマウマとアフリカスイギュウ、その奥にはぱらぱらとインパラたち。飛行場の周辺がもうすでに動物たちの生息地であることに驚かされます。空港を出て宿泊ロッジの送迎車に乗るまでの短い道のりでは、ゆっくり土道を歩くカメレオンを発見。私がこれまで培ってきた動物を観察する距離感覚が通用しないというか、何というか、言葉を失いました。
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ケニアを訪れたのは雨季が明けて乾季に入ったばかりの7月上旬。日中の日差しの強さは肌をジリジリ刺激しますが、日が暮れると気温はみるみる下りはじめ、薄手のダウンジャケットが必要なほどの寒さになります。これが「生きる」ということなのかもしれません。人間を含め、生き物たちの営みは太陽とともに。
滞在中の日課は日の出前に出発して、サバンナをゲームドライブすること。東の空が朱色に染まり、大きな朝日を背にマサイキリンのシルエットが優雅に歩きはじめます。草原全体に太陽の光が届いたころ、アフリカゾウの家族と出会いました。空港ではあれだけ近くに感じた動物たちの存在でしたが、今度はキリンやゾウさえ小さく見えるアフリカの大地の偉大さを見せつけられました。
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旅の一番の目的はウシ科の動物、オグロヌー。鳴き声が名前の由来になっていると知ったので、どうしてもその声を聞いてみたい。タンザニアからケニアへと渡ってくる時期がずれてしまうと出会えない可能性があると聞かされていましたが、私の思いを聞き入れてくれたかのようにヌーはやってきました。国境沿いにあるマラ川の向こうが黒く見え、よく目をこらすと点の集合であることがわかります。そのすべてがヌー。先行してマラ川を渡ったヌーたちは川沿いを埋めつくし、ジープがゆっくり近づくとまるでモーゼの十戒のように群れが割れていきます。
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地鳴りのように響く鳴き声、念願叶って勉強することができました、土煙の匂いがする風を体中に感じながら。そして数年後、ヌーはついに十八番のひとつになりました。ばかばかしい展開のネタではありますが、私を支え続けてくれる大切なパートナーです。忘れがたい街、マサイマラ国立保護区で生まれたネタが、ひとりでも多くの演芸ファンの忘れがたいネタになりますように。あの日に感じたケニアの風とともに。ヌーッ
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文・写真=江戸家猫八
江戸家猫八(えどや・ねこはち)
1977年、東京生まれ。江戸家猫八(四代目)の長男。2011年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科を修了。同年、江戸家小猫(二代目)を襲名。2012年、落語協会に入会。2017年に国立演芸場花形演芸大賞の銀賞、2018年に金賞、2019年に大賞を受賞。2020年に浅草芸能大賞の新人賞を受賞。同年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2023年3月、江戸家猫八(五代目)を襲名。
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