狭き門をくぐって占い師とお茶する(台南・窄門珈琲)|岩澤侑生子の行き当たりばったり台湾旅(8)
台湾で「ちょっとどこかへ旅行しようかな」と口にすると、必ずといっていいほど名前があがる、台南。台湾人の友人たちは週末に時間ができるとよく台南に旅行する。台南には台湾の歴史が詰まっている。オランダ、鄭成功、清国、日本、そして現在に至るまで、幾層もの歴史が色濃く残る都市。行き当たりばったり旅6日目、台湾人が愛する台南に降り立った。
ホテルを出て太陽がギラギラ照り付ける台南の街を歩く。最初に目に留まったのは「全美劇院」の大きな手書きの看板。ペンキのこってりとした質感が台南の空によく映える。「全美劇院」は日本でいうところの名画座(旧作を上映する映画館)だ。台湾映画の巨匠、李安(アン・リー)が学生時代に最も通った場所としても知られている。
地図を見ながら目的地にたどり着くよりも、直感的に動いて街をさまようことが好きだ。台南の街は生まれ育った京都のように路地が多い。網目状に張り巡らされた道は、かつて台南の地を繁栄させた鳳凰を閉じ込めるために造られたという伝承もある。
かたつむりの大きなイラストが目印の「蝸牛巷」に入る。普段はあまり汗をかかない私も陽気な台南の太陽を浴びると、まるでかたつむりの粘液のように汗がじんわり染み出てくる。ゆっくり歩くと本当にかたつむりになったような気分になってくる。
入り口に掲げられた「福犬黃金請帶走」という文字。なんだか縁起の良い言葉が書かれているなぁと思い、SNSに投稿すると、台湾人の友人から「これは、犬を散歩している飼い主に向けた張り紙だよ」と連絡が。日本語にすると「お犬さまの”黄金”をお持ち帰りください」……黄金とは、その意味だったのか!
午前中の早い時間だったからか、蝸牛巷にあるお店は空いておらず、静かだった。路地を抜けて、昨日十字路駅で出会った家族から教えてもらった台南美食グルメを食べに行く。創業1935年の老舗のイカ料理店「葉家小巻米粉」は、朝から地元の方や観光客が列をなす人気店。売り切れ次第閉店とネットに書かれていたので、どうか間に合いますようにと祈るように列に並ぶ。店員さんが手際よくお客をさばき、あっという間に順番がきた。
米粉麺入りのイカスープを注文する。麺は太く、切れ切れになっているので、お箸よりもスプーンのほうが食べやすい。スープを一口すすると、口の中いっぱいにイカの旨味が広がる。濃厚なイカの甘みとセロリの清涼感が朝のぼんやりした頭を目覚めさせてくれる。やっぱり現地の人に聞いたお店は間違いがない。
お店を出て歩いていると、また気になる路地を見つけたので入ってみる。表に看板は出ていなかったが、路地の奥の方に紫色の小さなドリンクスタンドがある。台湾の一般的なドリンクスタンドはいろいろな種類のドリンクが売られていて、いつも何を飲むか迷ってしまうが、このお店は紅茶一択。特徴的なのは、シェイカーを使って紅茶をいれること。
なぜシェイカー? と思って店員さんに聞くと、ここは元々、日本統治時代に日本人オーナーの飲み屋でバーテンダーをしていた、台湾人の張番薯さんが戦後に始めたお店なのだという。日本人オーナーが引き揚げた後、張さんはオーナーを追って日本に行ったが、台湾で仕事をするように勧められて帰国。そして、当時使っていた道具を手に、ドリンクスタンドを始めたのだとか。一杯の紅茶から見える、日本人と台湾人の物語。
今度は大通りを歩く。台南に行ったら必ず立ち寄るフルーツ店「莉莉水果店」へ。店頭には色鮮やかな南国フルーツが並ぶ。眺めているだけで香りが鼻腔をくすぐる。観光地の真ん中にあるので、ここはいつ来ても涼を求める人々でごった返している。
水果冰(フルーツかき氷)を注文する。オレンジとレモンだけのシンプルなかき氷なのかと思ったら、なかから色とりどりのフルーツが出てきた。宝物を探すように、ざくざくと氷の山を掘っていく。一口食べるごとに身体にまとわりついていた汗がひき、ようやくかたつむりから人間に戻れた。
賑やかな大通りを歩いていると、また路地に呼ばれた気がして立ち止まる。
打ちつけられた木の板に「窄門」の文字。「窄」は中国語で「狭い」という意味だ。奥にも同じ看板が出ている。こんなに狭いのに、不思議と恐い気持ちにならない。人ひとりがやっと通れる狭さの道を、白いワンピースが汚れないようにそろそろと歩く。
こんなところにカフェがあるなんて! 躊躇することなく階段をのぼり、ドアを開ける。きっと薄暗くて、マニアックなカフェなのだろうと思ったら、狭い路地にいたときは想像もできなかった空間が広がっていた。
店内は意外にも明るく、多くのお客さんで賑わっている。席に案内され、飲み物を注文し、写真を撮っていると、向かいの席に座っていたグループの一人から「良かったら撮りましょうか?」と声をかけられた。「まだ飲み物きてないよね? 僕のアイスカフェラテと一緒にどうぞ!」とか、「ちょっと窓の方見て!」とか、いろいろ演出していただいた。
誰かと待ち合わせしているの?と聞かれて、一人です、と答えると「よかったらこっちにおいでよ!」とグループに入れていただいた。旅人に気さくな感じが、とても台湾らしい。
「みなさんは普段何をされているのですか?」と聞くと「僕は不動産業と占いをやっていて」「私も」と、全員占いを生業にしていることが判明。「占ってあげるから生年月日と名前を教えて」と言われ、一瞬「声をかけたのは占いの勧誘だったのかな」と思いつつも、答える。占われている最中、ショートパンツ姿の髪の長い魅力的な女性が席に合流。その居住まいに、この方も占い師?と思ったら、ここ「窄門」の店主、Jessicaさんだった。
Jessicaさんからお店の由来を伺う。「窄門」はもともと日本統治期初期のころに建てられた古民家で、お医者さんが住んでいたそうだ。カフェは1990年にオープン。たびたび読書会やワークショップなどが開かれ、台南の街に住む文化を愛する人々が集まるサロンのような存在になっている。
“狭き門”という意味の店名は、聖書の一節に由来する。
「広き門は滅亡を引き寄せる。広き門に至る道は大きく、進む人も多い。しかし、永遠の命に続く門は狭い。そこに至る道は小さく、探している人も少ない。努力して、狭き門を通るべきだ」(中国語原文より筆者翻訳)
狭き門は探し出すのも、進むのも大変だけれど、見つけ出したときの喜びはかけがえがない。そこでしか出会えない人やできごとに触れて、ちょっと一服したら、また路地をさまよって、新しい門をくぐろう。
ちなみに、占いでどんな結果が出たのかは秘密です。
文・写真=岩澤侑生子
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