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278 感情と内臓

内臓へのダメージ

 私は医者ではないし医学的なこともわからないから、これから書くことは、あくまで個人の感想です。感想でもないか。
 たとえば、なにかショックなことを耳にして「胃が痛い」と言うけれど、実際には胃が痛いときは、いろいろな病気が考えられるから要注意だ。でも、たとえば肝臓や腎臓や脾臓、小腸や大腸といったほかの臓器にどんな影響があるのだろう。
 肝臓が痛い、腎臓が痛いといった話はあまり聞かないので、この痛みを訴えることのない臓器は、なにか重大なこと(血尿が出るとか)が起きない限り、ダメージを把握しにくい気がする。
 今朝、ペットの犬の興奮、ムダ吠えなどが犬の内臓に悪い影響を与えると妻がネットを見て言うのだ。そりゃ、そうかもしれない。そう言われるとそんな気もする。どんな記事を見てしゃべっていたのかわからないけど。
 それはたぶん、人間も同じだと思う。
「いやあ、寿命が縮まりました」と笑って言うけれど、それだけのことがあれば、たぶん、本当に寿命は縮まっているに違いない。
 なにがいけないのか、と考えても、恐らく心当たりのないことで、私たちは内臓を痛めることがある。健康診断では引っかからない。あとから調べれば微かな兆候はあったかもしれないけれど、再検査まではいかない数値で推移しているうちに、ダメージが深くなっているなんてこともあるだろう。
 とはいえ、因果関係の判然としないことには、なかなか対処は難しい。だから、大雑把に「できるだけ心穏やかに過ごしましょう」ぐらいのことしか言えない。
 心穏やかに過ごせば、内臓へのダメージは少ないのだろうか。それもまた、よくわからない。

腸の健康とメンタル

 これは妻が経験したことだが、長く腰痛に苦しんでいた。そのうち、全身が痛くなる。その痛みは「窓から飛び降りて死にたいぐらい」。内科へ行っても原因不明。さまざまな治療、診断を仰いだが改善されなかった。鍼灸院まで行ったのだが、とても通えないほど悪化していった。
 あるとき、都立の病院にいい先生がいるとのことでそこを受診。心療内科である。そこでさまざまな検査と薬による治療を開始して、最終的には「腸内環境」によって引き起こされていたのではないか、となった。
 以後、腸内環境について地道な治療が続き、ほどなくしてようやく脱することができた。とはいえ、苦しんでいた時間はとても長く、辛いものだったらしい。食べられないし、楽しみもなく、元気も出ず、苦しむばかりだから。
「腸は大切」と、当たり前のメッセージになってしまうけれど、日々、腸の状態はトイレでお知らせが来る。お知らせが来ないときもある。こうしたリズム、不調に気を付けていることで、多少は予防できるかもしれない。
 ただ、精神的なダメージは人によってまったく違うものだし、置かれた状況によっても変わってくるから、予防しにくい面もある。そんなに日々、機嫌よく穏やかな気持ちでいられるはずはないから。
 大腸内視鏡検査をやると、大量の下剤(?)を飲まされて、白い液が透明になるまで何度も排泄させられる。昨年、私も思い切ってこれをやってみたのだがなかなか大変だった。毎年やっている人もいるらしいが、私はそれは遠慮したい。検査ではとくに問題はなかった。自分で見てもわからないけれど、「ああ、腸だなあ」と思った。ほかになにを思えばいいんだ。
 ところが、この検査のあとから調子がいいのである。いまは、検査後の調子に比べるとそれほどよくはないけれど、まさか、腸内環境をある意味でリセットしたのがよかったのだろうか? だったら毎年やった方がいいのか?
 健康診断をして調子がよくなるとはあまり聞かないけれど、検査によっては体調の変化に影響する可能性はあるだろう。それがいい影響ならともかく、なんとなく悪い影響の方が多い気がしている。
 それで思い出した。今年の健康診断を申し込まなければ。少し気持ちは沈むけど。腹の周りを図ってため息をつくことになるのだ。これは精神的に悪くないだろうか?

別のレイヤーを挟み込んで遊んでみた。


 
 
 

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